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118.問い



「……今日呼んだのは君の気持ちを聞きたいからだ。君はルイスとの婚約を拒まなかったそうだが……それは間違いないかい?」

「はい、間違いありません」

「何故? 君はルイスと仲がいいわけではないだろう?」


 理由を聞かれても困る。

 思わずルイス殿下の方へ視線を向けると、彼は少しも変わらない笑みで私に言った。


「怖がる必要はない。素直に答えていい」


 素直にって、それは以前話したことを言えばいいのだろうか。


「……私の婚姻に関しては全てお父様の決定に従うつもりです」

「クラウス公爵は公爵位以上かつ、マリアが嫌がらない相手であることを条件として提示していた。そしてそんな相手がいるのなら反対するつもりはないと言っていたな」


 そんな条件を出すなんてお父様は私を結婚させる気がなかったんだろうな。

 そういえば陛下は私をルカと結婚させたがってたっけ。その条件だとルカもダメだけど。


 お父様の表情は変わらない。


「陛下は私が決めた相手なら反対しないと以前から何度も仰られてましたね。マリアには恋人も婚約者もいません。法的にも道義的にも問題ありません」

「問題があるだろう。彼女はフランツの元婚約者だ」

「ですが今はもう何の関係もありません。それにもともとあの婚約は幼児の約束です。五歳児と四歳児の約束など問題にするべきではないでしょう」

「だが、フランツの立場はどうなる? 婚約解消直後にお前と婚約するなんて、婚約者を奪われたと周囲に思われるだろう」

「ええ、今正式に婚約をするのは難しいでしょう。ですので婚約はマリアが十六歳になってからで構いません」


 あくまでも婚約すること前提で話すルイス殿下とどうにか説得したい陛下。

 どれだけルイス殿下が望んだところで陛下が駄目だと言えばそこで終わるのだけど、これからどうするつもりなのだろうか。

 というか馬車の中で許可を貰ったと言ってなかったっけ。それなら何故今こんな問答をしているのだろうか。


「陛下、いや、父上。ここまで反対するということは皇帝としての発言を撤回するおつもりですか? 俺が愛した女性と結ばれることは許されない事なのですか?」

「そうではない。だがどうしてマリアなんだ?」

「先日もお伝えしましたが、好きになったからです。俺が今まで会った女性はみな俺の顔色を窺い、気に入られようと必死でした。何を言っても肯定しか返ってこない会話は無駄としか思えませんでした。けれど、マリアだけは違ったんです」


 ルイス殿下は陛下と会話しているはずなのに、いつの間にか私の方を見つめていて、しかもその眼差しが優しくて、なんだか本当に愛されているのではないかと勘違いしてしまいそうだ。


「マリアは俺に興味がないようでした。当時はフランツの婚約者だったのですから当然ですが。俺の言葉に媚びることなく素直に応えてくれた女性はマリアだけでした。その笑顔に俺は惹かれたのです。……もちろんこの気持ちは諦めるつもりでした。けれど、マリアがフランツとの婚約を解消したと聞いて……反対されるとはわかっていましたが動かずにはいられなかったのです」


 実際ご機嫌取りどころか鉢合わせしないよう隅っこに避難してたからね。

 というか好きになった理由が軽すぎる。

 もう少し運命を感じられそうな理由をつけることは出来なかったのか。

 いやもう会話したのが片手で足りる程度なんだから無理なんだろうけど。

 


 陛下は大きなため息をついた。

 罪悪感で胃が痛い。

 でもルイス殿下のこれは嘘だから大丈夫です。全てを明かせるようになったら土下座して謝るので許してください。


「…………マリアは本当にそれでいいのかい?」


 ずっと無言だったお父様がようやく口を開いた。


「はい」

「私はマリアが幸せになれるのなら誰と結婚しても構わないと思っている」

「でも条件が……」

「そうとでも言っておかないと婚約の申し込みが後を絶たなくてね。マリアが選んだ男性なら、それで幸せになれるのなら、伯爵でも男爵でも……それこそ平民でも構わない」

「平民は行き過ぎじゃないか。お前は平民の暮らしを知らないだろう?」

「知らないな。だが平民ならうちの屋敷で一緒に暮らせばいい。爵位も領地もないからどこへでも行けるだろう?」

「それはさすがに……」


 お父様、平民にも大事なお仕事があるんです!

 といいたいけれど、話が脱線してしまうだろうからスルーしよう。


「大事なのはマリアが幸せになれるかどうかだ。その意味で私は二人の婚約に反対だ」

「何故だ?」

「今はルイス殿下の片思いなのでしょう? 好きでもない相手との婚姻などマリアには必要ありません。それにマリアにはまだ好きな人がいますから」

「それは……もう過ぎた話です」

「私にはそう思えないが……。いずれにしても今はまだ婚約は難しい。もう少し二人で話し合いなさい。その上で婚約したいというのなら私は反対しない。フェルもそれでいいね?」

「よくないと言ってもお前は聞かないだろう。…………マリア、落ち着いてよく考えなさい。誰を選ぶのが君にとって最もいい選択なのか、どうすれば君の望みが叶うのかを」




*****





 陛下の執務室から出て二人でいつもの図書館へ向かった。

 ここなら誰も来ないしお互いに干渉せずに時間を潰すのに困らない場所だからだ。



「お前は好きな人がいたのか? 前に会った時はいないと言っていたじゃないか」


 図書館に着いてルイス殿下は真っ先にそう言った。

 声色がいつもの冷たい感じに戻っている。

 けれど、少しだけ困惑しているような、焦っているような、そんな表情だ。


「あ……その、以前お伝えした通り他に好きな人は……いません。私が好きなのは……」

「……フランツか。だが婚約は解消したんだろう? ならフランツに他に好きな人ができたのか……」

「いえ、そうではないのですが……」


 フランツ殿下は未だにマリアを好きだし結婚したいと思っているはずだ。

 そんなことを聞くということは、私とフランツ殿下の間のことを知らないのか。

 皇宮中でも色んな憶測が飛び交っているだろうし、婚約解消したという話は知っていたから全く知らないわけはないだろうけど。


「ならどうして……。何か問題があったのか? 喧嘩でもしたのか? …………まさかとは思うが、フランツもお前のことをまだ好きなまま、なんてことはないよな……?」

「も、申し訳ありません。その、まさかです……」


 ルイス殿下は口元を引き攣らせた。

 あ、これ本格的に何も知らなかったやつだ。


「俺は……こんな時期に婚約解消したからお互いそんな感情がないのだと……。確かに噂話は耳にしたが……お前は……結婚したくないようだったから……てっきり……」


 なるほど。噂話を真に受けずに本人に確認した結果誤解しちゃったわけか。

 これは私が悪いな。


「結婚したくないのは事実です! フランツ殿下のことは確かにお慕いしておりますが……その、結婚は……できません」

「それはフランツに不満があるという事か?」


 ルイス殿下の声が少しだけ低くなった。


「違います。私の事情です。今回のルイス殿下との婚約のお話は、もし本当にそんなことが出来るのならば、結婚についてとやかくいわれるようなことがなくなりますし……それにフランツ殿下との関係も本当に終わらせることができます」


 彼が私に拘っているのは関係を修復できそうに見えるからだ。

 私は彼のことがまだ好きだし、恋人も婚約者もいない。

 だからあんな風に私に近寄ってくることができるし強引に迫っても誰も何も言わない。


 けれど他に婚約者ができれば状況は変わる。


 公然と私に触れることはできなくなるし、今までのような関係でいることはできない。

 そうすればきっと私は彼を諦められる。

 少し前まではこんなことしなくてもすぐに彼のことを忘れられると思っていた。

 でも未だに私は彼のことが好きだし一緒にいたいと思ってしまう。


 自分でどうにもできないのだから、彼を諦めるしかない状況にしなければならない。


 だからルイス殿下との婚約は渡りに船というやつだった。

 三人にとっては最良の選択だと思う。

 それと同時に、お父様や陛下にとって最悪な選択ではあるだろうけど。


「たとえこのお話がなかったことになっても、フランツ殿下と再び婚約することはありません」

「何故だ?」

「それは……」

「嘘偽りなく全てを話せ。お前にはその義務がある」


 目が怖い。

 これは本気で怒っている気がする。


 でも全てを話すことなんてできるわけがない。

 私はマリアじゃなくて別人なのだと白状することは、つまり皇族を騙した罪に問われるということだ。

 陛下がそうしなかったのは、きっとルカが私の味方をしてくれたからだ。

 でもルイス殿下相手ではそうはいかないだろう。


「フランツ殿下と結婚できない理由は……」


 どうしよう。

 どうやって誤魔化そう。

 私がフランツ殿下と結婚できない尤もな理由。何があるだろう。

 下手な言い訳をすれば疑われてしまう。


「理由……は……」


 ダメだ。何も思いつかない。

 


「あまり虐めるな。怖がってるじゃないか」


 後ろから声がした。

 その声は私のよく知っている人の声で、ここに来れるはずがないのにどうして居るのだろう。


「ルイス、お前の聞きたいことには全部答えてやる。だからこいつをこれ以上問い詰めるな」


 ルカは後ろから私を優しく抱き締めた。


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