116.噂のエルフ2
目の前のエルフは私たちを値踏みするように見ている。
今まで会った精霊のように睨まれないだけマシだ。会話する余地があるかもしれない。
以前精霊を見せてもらった時のようにリリーの力をわけてもらったわけではない。
もしかして他の人にもエルフが見えているのだろうか。
背後のクリスたちを確認する。
彼らは何事も起きていないかのようにそこに立っていた。
恐らくルカがいつも使っているような、特定の人間にだけ見えるような魔法を使って私たち以外の人間に見られないようにしているのだろう。
でも男性のエルフか。
そもそもエルフといえば女の子だと思っていたから当然のように女の子が出てくるものだと……。
エルフにも男性がいるのはわかってたんだけどね。でもやっぱり女の子がよかったな。
いやいやいや、そんなことを考えている場合ではない。
エルフが現れたのだ。ここで何としてでも元の世界に帰る方法を聞き出さなければ。
それが叶わなくともそこそこ仲良くなって協力してもらえる関係になりたい。
とにかく何かしらの進展が欲しかった。
「あの……」
「珍しい組み合わせだな。精霊師と壊れかけのガラクタか」
初対面の人に向かってガラクタ呼ばわりか。
ルカも最初の方は酷かったけど、一応敬語で話しかけてくれてたのに。
…………いや、ルカはルカで有り得なかったな。そもそも最初は人間扱いじゃなくて物として扱われていたような気がする。
人外はそんなものなのかもしれない。
気にしていても仕方ないし反発して情報を貰えなくなっても困る。
必要ない言葉は聞き流そう。
「当代の精霊師にはこんなおぞましいものを従えるような卑しげな趣味があったとはな。こんな人間を選ぶとは神の目も曇ったものだ」
私だけでなくリリーまで貶しはじめた。
ぶん殴ってやりたいけど、そんなこと私には絶対に無理だしエルフ相手に喧嘩を吹っかけたら間違いなく二人揃って死んでしまう。
リリーは精霊に愛された特別な女の子だけど、彼女自身は普通の人間なのだから。
リリーは半歩ほど後ずさった。
こんな蔑むような言葉を投げかけられることなんてそうないだろう。
怖いのかもしれない。
目の前の男の視線から隠すようにリリーの前に立った。
この不躾な男に礼儀正しく振る舞うのはなんだか癪だけど、お願いする立場である以上失礼な言動は慎むべきだ。
「私はマリア・フォン・クラウスと申します。今日ここを訪れたのは貴方に」
「これはどうやって作った? 魂を混ぜるなど世界の理を犯すような真似はそうできることではない。誰の手を借りた? まさか君一人でやったわけではないだろう?」
目の前のエルフは私の言葉を遮って、まるで私のことなど目に入っていないかのようにリリーに話しかけた。
ああ、もう、か弱い女の子に話しかけるときはちゃんと敬意をもって優しく話しかけてほしいんだけど。
尋問してるんじゃないんだからそんな矢継ぎ早に質問するんじゃない。
ムカつくしなんか勘違いされているけれど私が話しかけてもきっと無視されるだけだ。
ここは大人しく引き下がっておくべきかも。
ちらりと背後のリリーを見ると少し怯えているようだが、ちゃんと相手の方を見据えている。
大丈夫……かな?
リリーが男の顔を見て話せるように少しだけ横にずれた。
「わ、私はリリー・フォン・グレーデンと申します。彼女は偶然このような状態になってしまったのです。元の状態に戻す方法を知っていたら教えてください」
リリーの声は少し震えていた。
エルフの男はリリーの言葉に少し思案するように顎に手を当てた。
「……リリー、君はこれの状態をどの程度把握している?」
「…………彼女の肉体に別の人間の魂が入っていて……拒絶反応を起こしているために魂に亀裂が入っています」
「ふむ、精霊師でもそこまでしかわからないのか」
男は面白くないとでもいうかのようにため息をついた。
「そんな状態に偶然なるなど有り得ない。誰かが意図的にそうしたのだ。元に戻したいのならその誰かを探すべきだ」
「そのようなことができる方について何か心当たりはありませんか?」
リリーの問いかけに男は嗤った。
「それに答える義理はない」
そして現れた時と同じように一瞬で居なくなってしまった。
花畑に穏やかな風が吹いた。
もう何も見えないし声も聞こえない。
エルフからはこれといった手がかりは得られなかった。
いや、誰かが意図的に私の魂をマリアに入れたということは新しい情報だ。だがそれを知ったからといって何がどうなるわけでもないし、何よりこの先どうすればいいのかわからない。
最悪ではないけれど、悪い結果だ。
「……何にもわかんなかったわね」
「ごめん、マリア。何も聞き出せなくて……」
「リリーのせいじゃないわ。それに次の目標がわかったから大丈夫。私をここに呼んだ犯人を探せばいいのよ」
肝心のその誰かを探すための手がかりは全くないのだけれど。
「大丈夫、きっと何とかなるわ。そんな顔しないで。暗い顔してると幸せが逃げて行っちゃうよ」
笑顔でリリーを励ました。
落ち込んでも仕方ないのだ。泣いても悔やんでも状況が変わるわけではない。
それならまだ笑っていた方がマシだ。
「さ、みんなの所へ戻ってお昼にしましょう。クリスが美味しいお茶を淹れてくれるわ。それに焼き菓子も持ってきたの。みんなで食べましょう」
しかし今日の護衛は五十人もいる。
ちゃんと全員分の食料を持ってくるようには言ってあるけれど、交代で食べてもらうにしても大の大人が何十人も座ることの出来る場所なんてあるだろうか。
こんな時こそクリスに頼るべきでは。
近くのピクニックに適した場所を知っているのではないだろうか。
振り返るとクリスと目が合った。
なんか見つめられてる……?
リリーに魔法を解除してもらってクリスのもとへ近寄った。
「もういいのですか?」
「ええ、満足したわ。だからお昼にしましょう。みんなでお昼を食べれるような場所、近くにあるかしら?」
「でしたらあちらの方に開けた場所があります。そこへ行きましょう」
やっぱりクリスは何でもよく知っている。
もしかしたらここにも一度来たことがあるのかもしれない。
ふと気になって後ろを振り返ってみた。
先程と変わらず首塚の岩は静かに佇んでいる。
呪いなんてないはずなのに、さっきまでは何も感じなかったはずなのに、なんだかその岩が恐ろしいもののように思えて私は咄嗟に顔を逸らした。




