114.リリーの誕生日6
部屋は真っ暗だった。
窓から差し込む月明かりを頼りにサイドボードにあるランプの灯りを付けた。
クリスはよく眠っている。
あまり明るくできないから顔色を確認することはできないけれど寝顔は穏やかだ。
そっと額に触れてみると少し熱かった。
毒が体内に入ったせいで熱が出ているようだ。
目覚めたらお礼を言おう。嫌っている私に言われても嬉しくないかもしれないけれど。
リリーが帰る前に元気になるといいな。
そうすればきっとリリーも喜ぶだろう。散々な誕生日になってしまって彼女には申し訳ない。
私が買い物に行くなんて言い出さなければクリスは怪我をしなかったしリリーは楽しく誕生日を過ごすことができただろうに。
もう過ぎてしまったことはどうにもならないけれど。
「ごめんなさい……」
小さく呟いてランプの光を消し、部屋から出ていこうとしたその時、右手を強く引かれてベッドに倒れ込んだ。
「お姫様は俺のことが心配でここに来てくれたんだろ? ならちゃんと看病してくれないと」
「なっ、クリス! 起きてたの!? いつから……」
「最初から。いくらなんでも男の部屋に忍び込むのは警戒心が無さすぎるんじゃないか?」
先程ランプを消してしまったせいでクリスの表情はよくわからない。が、声はいつもの調子だ。
「ごめんなさい、その、ちょっとならバレないかなって思って……」
「はは。子どもの言い訳だな。姫様はいつまで子どもでいるつもりなんだ?」
「ご、ごめんなさい……」
「身体は大丈夫か? あの後倒れただろう? 怪我はしてないか?」
クリスは私の手のひらを優しく撫でた。
なんで私が心配されているのだろう。
触れているクリスの手が熱い。
「え、うん、私は大丈夫。あの場で怪我したのは貴方だけよ……心配するなら自分の心配をして」
「俺は鍛えているから平気だ。でも俺のお姫様は身体が弱いだろう?」
「今は弱くないわ」
「弱いさ。食事の量が少ないくせに甘いものばかり食べたがる偏食っぷりは昔から変わらないしな。そんなだから無駄な肉ばかりついて身体が弱るんだ」
「なっ、私の食事の内容なんて今はどうでもいいでしょう!?」
心配して見に来たのにどうしてこんなことを言われなければならないのか。
しかも無駄な肉って。確かにちょっと太ったし殿下にも言われてしまったけど、だからって今それを言う必要ある?
「アイス食べたかったんだろ? 食べさせてやれなくて悪かったな」
「……貴方が悪いわけじゃないわ。第一アイスなんていつでも食べられるもの。気にする必要なんてないわよ」
「いや、俺がもっと強ければ怖い思いもしなくてすんだ」
「何言ってるのよ。あれを二人で食い止めたこと自体凄いことだってお兄様が言ってたわ。二人のおかげで被害もほとんどなかったって。だからクリスが動けるようになったら勲章が授与されるんだって。よかったわね」
「勲章……ね。そんなもの貰ったって意味ない」
「学生のうちに貰えるなんて凄いことじゃない。誇れることよ」
「誰に誇るんだよ」
「えっと……同級生とか先輩? あ、それに帝都に住む人とか……」
「無意味だな。お姫様はもう少しまともな回答はできないのか?」
「悪かったわね。なら殿下に褒めてもらえばいいじゃない。皇子に褒められるのは名誉なことでしょう?」
「フランツに褒められても嬉しくねぇよ。俺あいつ嫌いだし」
「ちょっ、なんでそんなこと言うのよ。不敬よ」
「別にいいんだよ。あいつも俺の事嫌ってるし」
「そうなの……? じゃあお父様に褒めてもらう?」
お父様は宰相だし、私を守ってくれたクリスのことはきっと手放しで褒めてくれるだろう。
…………自分で言っておいてなんだが、この年齢になって他人に褒めてもらうだのなんだの言うのはなんかおかしいな。
「…………それなら姫様が褒めてよ。俺、今日は頑張っただろ? 姫様の友達の買い物手伝ったり魔獣と戦ったり……」
「えっ、私に褒められて嬉しいの……?」
謝罪でもお礼でもなく褒めるのか。
これなんて言えばいいんだろう。
「そりゃな。言っただろう? 俺はお姫様が一番好きだって。……それとも姫様に褒めてもらうにはまだまだ足りなかったか?」
「そんなことない、けど……。えっと、よく頑張りました……?」
「はは、心が全然こもってないな。……頭撫でて。昔してくれたみたいに」
その要求にぎょっとしたけどとりあえず言われた通りクリスの頭を撫でてみた。
……うん、頭が丸い。
ルカの時も丸いなと思ったけど、もしかしてこの世界の人は絶壁いないのかな。なんて羨ましい世界だ。
そんなことを考えてたらクリスに抱きしめられた。
というより、子どもがするように胸元にすがりついて来たというべきか。
え、これ怒るべき?
胸に顔埋めてるよね……? わざと……じゃないんだろうけど……。え、本当に??
これは新手の嫌がらせか何かなんだろうか。
減るもんじゃないし別にいいけど、なんだこの状況。
もしかして母親に甘えたいんだろうか。
クリスは事情が事情だから物心着いた頃からずっと母親に会っていないと聞いている。
大変な目にあったから母親が恋しくなったのか。まあ大人っぽいといってもまだ15歳の子どもだしそんなものなのかな。
だからといって決して親しいとはいえない同い年の相手の胸に顔を埋めるのは如何なものか。
…………まあクリスのおかげで死なずにすんだのだから許してやろう。
固まっているのもなんか意識してるみたいで気まずいので要求通り頭を撫でてみる。
汗もかいてるしお風呂にも入っていないはずなのにクリスからはいい匂いがした。
殿下と似た甘い匂いだ。シャンプーの匂いなのかな。
それともこの世界のイケメン達はこの甘い匂いが標準装備されているのだろうか。謎だ。
お兄様はどうだったかな。最近は抱き締められることもくっつくこともないからあまり覚えていないけれど、こんな甘い匂いではなかった気がする。
ルカの匂いは甘くはなかったはずだ。
もしかしたら顔の系統によって匂いが変わるのかも。なんだその変な体質。
そんなどうでもいい事を考えながらクリスの頭を優しく撫で続けた。
あれ、なんか前もこんなことあった気がする。
いつの記憶だろう。思い出せない。
マリアの記憶は七歳の夏以降の記憶しか覗けない。ここ三年の記憶はほぼ完璧に残っているものの、それ以前の記憶は断片的で抜けも多い。
だからマリアは昔クリスをこうやって褒めたことがあるのだろう。
本来の私が出来なかったこともこの身体では出来たりするから、身体に残っている記憶みたいなのがあるのかもしれない。
「…………最後、姫様が助けてくれたんだろ? ありがとな。俺、あれがなければ死んでたかも……」
「私は大したことはしてないわ。全部クリスとエリックのおかげよ」
「違う。姫様が居たからだ。じゃなかったから俺は…………」
言葉はそこで途切れた。
クリスは静かに寝息を立てている。
え、寝たの? この状況で??
私の胸を枕にして寝たの?
は?
次の更新は土曜日の予定です。
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