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13.ピクニックをしましょう!



 帰り道はアデルハイトに支えられながら、というか半分ほどはお姫様抱っこしてもらった状態だったがなんとか学園を後にして馬車で屋敷までたどり着いた。


 死ぬほど恥ずかしかった。

 というかいくらマリアが細身でも平気な顔してお姫様抱っこで歩くなんておかしすぎるでしょ。

 あの細い腕のどこにそんな力があるのか。


 そして次の日の朝、目を覚ました私は絶望した。


 身体が重い。

 ベッドから起き上がるだけで一苦労だ。少し身体をひねるだけでも全身が痛む。

 これまさか筋肉痛……?


 少し長めに歩いただけなのにこんなことってある??

 マリアの身体は貧弱だとは思っていたが予想以上だ。よくこんな身体で生きてこれたな。


 でもマリアが貴族令嬢でよかった。

 毎日馬車にのって学園に向かっているのだ。この屋敷の中と学園内の移動さえなんとかなればどうにかなる。

 でもどっちも移動距離が馬鹿みたいに長いんだよね。

 貴族ってどうしてこうなんでも大きく作りたがるんだろう。









「マリア様、具合がよくないようですが本当に大丈夫ですか?」


 今朝からいろんな人にかけられた言葉がリリーの口から出てきた。

 ちなみに、彼女がこれを言うのは本日三度目だ。


「ええ、ちょっと疲れてるだけですので大丈夫です」

「昨日何かあったんですか?」

「学園内のまだ見て回っていないところに行ってきましたの」

「あぁ、移動するだけで大変ですもんね」


 広大な敷地を巡回する乗合馬車も運行しているのだが、昨日は東棟に訪れたことを隠したかったので利用していない。

 次に訪れるときには何かしら用事を作って堂々と行くことにしよう。


「あの、マリア様、よければ中庭で一緒にお昼を食べませんか? サンドイッチ持ってきたんです」


 楽しげにそういってリリーはピクニック・バスケットを取り出した。

 疲れてはいるが中庭でのんびりするのはリフレッシュにもなるし、何よりリリーと話さなければならないことがあった。

 

「まぁ、それは素敵ですね」

「善は急げっていいますしさっそく行きましょう!」


 リリーに手を引かれて中庭に向かう。

 彼女はよほど楽しいのか鼻歌を歌いながらスキップをしている。

 それは貴族らしからぬ行動で、中庭に着いたら注意しなければと思ったがせっかくの楽しい時間を台無しにしたくなかったのでやめることにした。


 まだ時間はあるのだし、彼女の癖や行動を矯正するチャンスは十分にある。


「以前お会いした場所の、あの大きな木の前って少し開けた場所になっているでしょう? あそこでピクニックしたらきっと素敵だなと思ってたんです」

「確かにピクニックにぴったりな場所ですわよね。知らない人も来ることはないでしょうし」

「今のところあの場所を知ってるのは私とマリア様とフランツ殿下だけなんです」


 秘密の場所ですね、といたずらっ子のように微笑むリリーはとても可愛らしい。

 二人で他愛もない話をしているうちに目的の場所につく。


「用意するので少しだけ待っててくださいね」

「何かお手伝いすることはありますか?」

「いえ、すぐすむので大丈夫ですよ」


 侍女のサラほどではないが、手際よく準備を進めていくリリーに私は素直に感心した。

 庶民として生きていたからなのか、彼女は自ら率先して動くことになんの躊躇いもないようだ。

 これはいつも侍女が傍に控えているマリアにはない美徳だ。

 こういうところに殿下は惹かれたのかもしれない。


 いや今の殿下はこんなリリーの姿を知らないだろうけど。


「さあ、準備ができましたよ。こちらにどうぞ」


 促されるままレジャーシートの上に座る。

 ピクニックなんて何年ぶりだろう。もちろんマリアは初体験だ。


「今日のランチは、我が家のリズさんが手によりをかけて作った絶品サンドイッチです」

「まぁ、とても美味しそう!」


 リズさんが誰なのかはわからないが、きっと料理長なのだろう。

 バスケットから取り出された色鮮やかなサンドイッチは見ているだけで食欲をそそる。


「おすすめはこの玉子サンドです。玉子がふんわりしててとっても美味しいんです」


 それは厚焼き玉子のサンドイッチだった。これぜったい美味しいやつだ。


 リリーからサンドイッチを受け取り、お礼を言って一口食べてみる。

 ふわっふわなパンに挟まれた玉子は甘くてジューシーで、まさに絶品。



 ……あれ、これだし入ってる????


 近所のパン屋さんの厚焼き玉子サンドと同じ味だ。

 一時期通いつめて食べまくったから間違いない。


「マリア様、お口に合いませんでしたか……?」

「そんなことないわ。とても美味しくてびっくりしてしまったの」


 にっこりと笑顔を繕い、何事もなかったかのように食べ進める。

 懐かしい味は思った以上に心を癒してくれた。






「マリア様、本当にありがとうございます」


 食後のまったりとした空気のなかリリーはそう切り出した。


「お礼をいわれるようなこと何もしていませんわ」

「いいえ、マリア様のおかげで私はこうやって楽しく学園で過ごすことができるのです」



 庶民として生きてきたリリーはクラスの中で浮いていた。

 マリアがそうであるように、貴族として育ってきたクラスメイトは同年代の子息令嬢のことを把握している。

 すでに大半は社交界デビューしているのだ。

 当然顔見知りもいるし懇意にしている友人だっているだろう。

 少し前まで存在していなかったグレーデン男爵令嬢がどういう出自なのかなんてすぐに察しが付く。


 もちろん建前上だとしても平等を謳っている学園で表だったいじめはない。

 それでもほとんどの人がリリーに話しかけるどころか近付こうとさえしなかったのだ。

 私がリリーと親しく話すようになるまでは。


 最初は私もリリーを遠巻きから眺めるだけの立ち位置でいようと思っていた。

 友人になると言ったものの相手はヒロイン。

 何事もなく仲良くなるわけにはいかないと思ったからだ。


 当然リリーからも話しかけられることはなかった。


 このまま距離を縮めることなく、周囲と一緒になって彼女を苛めてしまえばいい。

 クラスメイトが私とリリーのどちらにつくかなんてわかりきっている。

 決定的なことをせずとも、私が彼女を貶める発言を一度だけすればいいのだ。

 そうすればリリーには『苛めてもいい人間』のレッテルが貼られるだろう。その後はクラスメイトが勝手に私の意を汲んで全てをやってくれる。

 だって私はこのクラスで一番の権力者なのだから。


 簡単なことだ。

 私はただ彼女に『庶民の分際でなぜここにいるのか』と言えばいい。

 たったそれだけで私は悪役令嬢になれる。



 簡単なことなのだ。悩む必要すらない。






「リリー様、よければ一緒にお茶でもどうですか?」


 口から出たのはそんな言葉だった。

 公爵令嬢がリリーを認めたことで、彼女は貴族としてクラスのみんなに受け入れられることとなった。





「……私は何もしていませんわ。学園が楽しいと感じるのであれば、それはリリー様のお人柄の賜物。私だって貴女に惹かれてこうやって一緒にいるのですから」

「ひ、惹かれるだなんてそんな……私にはマリア様が眩しくて、こうやって一緒にいてくださるだけで幸せなんです」

「まぁ、そんなこと仰っても何も出てきませんわよ?」


 そのままなし崩し的に私とリリーは本当の友達になった。

 出会いから二日後の出来事である。

 あまりにも早すぎる。そこにドラマはなかった。


 まぁ仲良くなってしまったのは仕方がない。

 しかし私はリリーを苛めるのを諦めるつもりはなかった。

 悪役令嬢なので。


「そういえば、マリア様が最近つけてきてるバレッタ、とても素敵ですね」


 よし、予定どおりにリリーが食いついた。

 私はこのときをずっと待っていたのだ。


「これは殿下にいただいたものなのです。街で選んでいただきましたの」


 その日のことを多少盛って説明する。

 殿下が私に似合うと言ってくれたこと、バレッタにあわせてネックレスとイヤリングもいただいたこと。

 そして何より殿下がたくさん誉めてくれたこと。


 リリーの殿下への気持ちがどのようなものなのかはわからない。

 だが殿下は可愛くて美しいので一度話せばちょっとは好きになるだろう。

 そこで大いに惚気て嫌な気持ちにさせるのだ。

 殿下は私のものなのだ、リリーの出る幕はないのだと言外にほのめかす。


 このために前々からバレッタを身に付け周囲の令嬢にアピールしてきたのだ。

 リリーと仲良くなったときからずっと。このときのためだけに。



 少女漫画なら、これで心がざわついて恋心を自覚してヒロインは傷付くのだ。

 私は友達の体を保ったうえでリリーに嫌な思いをさせられる。


「お二人はラブラブなんですね! どこまでいったんですか??」


 満面の笑みで恋バナに食い付いてくるリリーはとても傷付いたようには見えなかった。

 日本のJKかな?

 というかノリノリでそんなふうに聞き出すのは駄目よ、貴族なんだから。

 もっと慎みを持って!!





 どう見ても作戦は失敗だった。

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