113.リリーの誕生日5
目が覚めるといつもの私の部屋だった。
リリーが泣きながら私の顔を覗き込んでいる。
「リリー? なんで泣いてるの……?」
状況が飲み込めなくてリリーに問いかけた。
なんで寝てるんだっけ。
リリーの誕生日のパーティー、まだやってないんじゃないっけ。今何時だろう。
ゆっくりと身体を起こした。
何処にも痛みはないしだるさもない。
記憶を辿る。
確かリリーの誕生日のプレゼントを買うために街に行って、そしたら噴水広場に黒い魔獣があらわれてクリスが……。
「クリスは!? クリスはどうなったの?」
「っ、クリス様は……今は治療を受けて眠られています。傷は大したことはなかったのですが、魔獣の爪に毒があって……幸い命に別状はないそうです」
「そっか……よかった」
ほっと胸を撫で下ろす。
無事ならよかった。
「あれ、私なんで寝てたの?」
「マリアは魔力を使いすぎて倒れたの。今は私の魔力を注いだのと休んだことで動けるようにはなってると思う」
「そうなんだ。リリーありがとう」
いつも魔力を使い切るようにしてはいたけど使いすぎると動けなくなるんだな。今度からやり過ぎには気をつけよう。
「私、人を呼んでくるね」
「ううん、クリスの様子が気になるから後から自分で声掛けにいくよ。リリーは大丈夫? 怖かったよね」
「私は大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
大丈夫だという割には顔色が悪い。
「無理しないで。今日は部屋でゆっくり休むといいわ」
窓の外は真っ暗だ。時計を確認すると21時を過ぎていた。
クリスも怪我したしもうパーティーどころじゃないな。
リリーを部屋まで送り届けた後お兄様の部屋に寄って状況を確認した。
オルトロスがあらわれてから私が倒れるまで五分もかかっていなかったそうだ。
なんだか三十分くらいかかったように感じてたけれど全然そんなことなかったようでびっくりした。
もともとオルトロスは特殊な剣を使って退治する魔獣で、本来ならあんな少数でどうにかできるような相手ではないのだそう。
今回被害がほぼ無かったのはエリックとクリスが奮闘したおかげだった。二人には勲章が授与されるんだとか。
学生で勲章を貰うなんて滅多にあることでは無
い。最近だとルイス殿下が二年生のときに戦争を勝利に導いたとかで授与されて以来か。
……うん、皇族は活躍の規模が違うな。
比べる対象が悪すぎるが、なんにしても凄いことだ。クリスは一年生だから最年少記録になるんじゃないだろうか。
そのままクリスに爵位も授与されないかな。さすがに学生だから無理か。
「今回は場所が場所なだけに目撃者が多く誤魔化すことができない。そのためお前が魔法を使って魔獣を捕獲した功績はクリスのものになる」
「わかりました」
私が普通の魔法が使えないことを誰かに知られるわけにはいかないし仕方がない。
何よりあの場面で私も捕獲に関わったなんて話になればクリスの功績を横取りした最低な女に思われてしまう。クリスが婚外子で私がクラウス公爵に溺愛されている末っ子だから、私を信じる人などいないだろう。
そんなことになったらただでさえ少ない友達がいなくなってしまう。死活問題だ。
第一普通の令嬢が魔獣の捕獲に貢献したなんて普通に考えて有り得ない。
そう考えるとむしろ全てをクリスとエリックの手柄にした方が収まりがいい。
「……不満ではないのか?」
「その件はお兄様やお父様が決定されたことなのでしょう? でしたら私に異論はありません」
それにクリスの功績が増えるのは喜ばしいことだ。
もしリリーがクリスと結ばれるとしても、功績があれば爵位を授かれるかもしれないし周囲に認められればクリスも肩身の狭い思いをしなくて済む。
そう考えると今回の私はかなりいい仕事をしたのでは。
魔力の使いすぎで倒れるとかいうとんでもない醜態を晒してしまったけれど、成果を考えたらトントンだな。
「真実を知っているのは俺と父上、フランツ、皇帝陛下、現場にいたエリックだ。クリスには目が覚め次第俺から話す。……お前には辛い思いをさせるだろうが我慢してくれ」
「それに関して思うところは何もありません。それより、明日の出かける予定は……」
「中止だ。……と言いたいところだが、予定通り行くといい。今回のことがあるから護衛はいつもより多く付けるがそこは我慢してくれ」
「はい、ありがとうございます」
よかった。
明日はエルフの首塚に行く予定だったから禁止されたらどうしようと思っていたのだ。
今回の件は陛下も知ってるみたいだから口添えしてくれたのかな。
皇宮に足を向けて寝られないな。
もともと向けてなかったけどさ。
お兄様に礼をして部屋から出た。その足でクリスが眠っているという部屋に向かった。
寝ている人の部屋に無断で入るのは絶対に良くないけど、顔を見たらすぐ戻るし、眠っているならバレないから少しくらいならいいよね。
念の為小さくノックしてクリスの返事がないことを確認し、静かに部屋に入り込んだ。




