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111.リリーの誕生日3



 クリスのおかげで四人で楽しく食事ができた。

 人がいるせいなのか嫌味も言われなかったし、クリスは博識で流行にも詳しく、どんな話題も拾って話を広げてくれた。

 これは本当に感謝しなければ。

 後日改めてお礼をしないと。


 でも嫌っている相手からのお礼って嬉しくないよね。

 お兄様に相談してみるか。


「クリス様、本当にありがとうございます。お化粧品やドレスを選ぶのを手伝っていただいた上にこんな素敵なレストランも予約していただいて……」

「喜んでいただけたようで何よりです。リリー様はお嬢様の大切なご友人ですのでおもてなしするのは当然のことです。困り事がありましたら何でもお申し付けください」


 クリスは今日は護衛のはずだけど、なんか執事みたいな物言いだ。

 いや、手伝いの内容的には侍女か。化粧品に詳しいから化粧もできるんだろうか。髪の毛も綺麗に結い上げられるのかな。

 

 そんなことより、午前中はクリスに全てを持っていかれてしまったので午後は挽回しないと。

 リリーは私の友達で、私がリリーの誕生日を祝うためにこうやって外出しているのに完全にクリスの添え物になってしまっている。

 もちろんリリーが楽しむことが一番なんだけど、でも私だってリリーともっとお話したいしリリーにありがとうって言われたい。


「リリー、次は万年筆を見に行きましょう」

「うん、えっと、ごめんね。なんだか色々買ってもらってしまって……」

「気にしなくていいのよ。…………本当はね、お父様が服飾品を買うためのお金を毎月用意してくださってるのだけど全然使い切れなくて困ってたの。だから今回リリーのドレスや化粧品を買えて助かってるのよ」


 帝都に来てからの四ヶ月、予算を使い切ったことが一度もなく、ひたすら溜まっていくお金に頭を抱えていたところだった。

 今後のために教会に賄賂を贈ろうかと本気で思っていたところだ。


「そうなんだ。でもそのお金ってマリアのためのお金なんでしょう?」

「私のために用意されたものではあるけれど、一番大切なのはちゃんと使い切って経済を回すことだから。それに今回買い揃えたものでリリーが私と一緒にパーティーに行ってくれるのなら、それは私のためでもあるのよ」


 私、友達いないから。

 リリーがいてくれないとすごく寂しいことになってしまうし。


「そっか。……ありがとう」


 リリーが納得したところで大通りの中で一番大きな文具店へ入る。


 この世界において万年筆はとても重要だ。メールがないしプリンターもない世界だからやり取りは大抵手紙で行われる。

 つまり字を大量に書かなくてはならない。

 使いやすい万年筆は必需品だし、インクだって種類が豊富だ。

 私もリリーも字を書くのが得意ではない。だからこそ愛着のある万年筆を用意して少しでも字の練習を楽しめたらと思ったのだ。

 だから二人でお揃いの万年筆を購入する。これが一晩悩んだ末に決めたリリーへの誕生日プレゼントだ。


 店内の一角には万年筆がずらっと展示されたスペースがある。

 その隣にはインクが並べられている。インクの瓶は丸っこくてオシャレで可愛い。それに黒だけど微妙に色味の違う黒が何種類も並んでいたり、赤や青や紫といった鮮やかなインクも置かれていた。

 これはインク沼にハマってしまう人の気持ちもわかるな……。ちょっと欲しくなってしまった。


「わぁ、すごく沢山あるね。どれがいいかな」

「リリーの好きなものを選ぶといいわ。よく使うものだから本当に気に入ったものにしてね。そうすれば手紙を書く時間が楽しくなるわ」

「うん…………あ、これにする」


 リリーはあっという間に決めてしまった。

 彼女が手に取ったのは赤い薔薇の模様が入った万年筆だった。そう高価なものではない。


「本当にこれでいいの? もっとゆっくり選んでもいいのよ」

「これがいいの。これを見るとマリアと一緒に過ごした薔薇園を思い出せそうでしょ?」


 何この子可愛い。

 こんなこと言われると思わなかった。

 不意打ち過ぎてものすごくときめいてしまった。


 リリーが選んだ万年筆と同じデザインのものをもう一本追加して購入し、片方をプレゼント用として包んで貰う。

 それをリリーに手渡した。


「はい、これは私からの誕生日プレゼント。私も同じものを買ったの。たまにでいいから手紙を書いてね」

「マリア……ありがとう! 大事にするね。手紙もいっぱい書くよ」


 リリーは今日一番の笑顔でプレゼントを受け取ってくれた。

 もうそれだけで私の心は満たされた。

 午前中役に立たなかったことなんてどうでもいい。私のプレゼントでリリーが喜んでくれたことが本当に嬉しかった。



 そういえば殿下にはプレゼントを貰ってばかりで私から何かをして喜ばせる、なんてことは全くなかった。

 今更だけど彼にもっと何かをしてあげればよかった。そうすればリリーみたいに喜んでくれたかもしれない。

 もう遅いのだけど。





 お店を出て噴水広場の方へ向かう。

 今日のお買い物はもう終わりだけど、せっかくだからリリーと甘いものが食べたかった。

 クリスによると広場の角にアイスクリームを売っている人気のお店があるらしい。

 なんか遠回しに嫌味を言われた気もするけど聞かなかったことにした。

 冷たいものはカロリーゼロだから。

 それにバニラアイスは白いからカロリーゼロだ。

 なんの問題もない。

 カロリーゼロなのだから太ったりはしない。しないったらしない。


 お店のカラフルな看板が見えてきた。

 パステルカラーの可愛らしいお店だ。自然とテンションが上がる。

 少しだけ早足で歩く。今日は沢山歩いたからもう疲れてしまった。

 早く甘いものが食べたい。


 上機嫌で噴水の横を通り過ぎようとした時だった。



 バチッという静電気の音を大きくしたような、何かが破裂するときの音が響いた。

 音はちょうど噴水の上から聞こえた。

 見上げてみるとそこには赤く光る大きな魔法陣が空中に浮いていた。

 その中央に穴があき、黒い獣がゆっくりと出てきた。


「オルトロスだ……」


 クリスが小さく呟いた。


 それはいつだったか、図書館の本で目にしたことがある。

 私の知っているオルトロスとは少しだけ違っていたから記憶に残っていた。

 二つの頭を持つ狼で、尻尾に毒の棘を持つ獣だ。その爪や牙に裂かれたものは猛毒に侵され死に至る。

 そんな怪物がどうしてこんな帝都の真ん中にあらわれたのか。


 魔法陣の中央の亀裂からオルトロスの身体が吐き出された。

 動物園でよく見るライオンより一回りほど大きい。


「お嬢様! 私の傍から決して離れないでください」


 エリックが声をあげ剣を抜く。

 それと共に広場では悲鳴があがった。人々は怪物から逃げようと駆け出す。


 オルトロスは周囲を一度見回し吼えた。地の底から鳴り響くような音だった。


 そうして四つの赤い瞳が私を捉えた。

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