108.相談
パーティーと言っても今からだとやれることは限られている。
料理だって特別なものは用意できないし、人も呼べない。ドレスだって仕立てられないしリリーはそもそもパーティー用のドレスを持っていない。
だからどうやったって身内でささやかに祝うしかない。
その身内も、お兄様は明日家にはいない予定だ。お父様だってお仕事の都合もあるから早く帰って来られるかわからない。
そもそも私達もでかける予定だったのだ。それをいきなり変更して誕生日を祝うなんて無理がある。
お兄様の予定ずらして貰えるかな。無理だよなー。
一応相談してみるだけしてみるか。
そう思い立って夜お兄様の部屋に相談に向かった。
「リリーの誕生日? 明日が? ……どうしてもっと早く言わないんだ」
「う、その、私も今日の昼に知ったばかりでして……」
知っていたら事前にちゃんと計画して盛大に祝っただろう。
まさかこんなことになるなんて。
「グレーデン男爵家ではなにもないのか?」
「事情が複雑で……、その、リリー本人は確実になにもないと言ってます。でもせっかく我が家に泊まりに来てくれているのでお祝いしたいのです」
「そうか。……マリアはどうしたいんだ?」
「誕生日のプレゼントを買いに行きたいです。準備する時間もありませんのでどうせならリリーと一緒に選びたくて……。なのでまた街に行ってもいいでしょうか? もちろん護衛は連れていきます。以前のような我儘はいいません」
前と違って今は事情を知っている。
でもできるなら前と同じようにお兄様にもついてきてほしい。リリーと仲良くなるために。
「そうだな……。今回は俺はついて行ってやれない。代わりにエリックとクリスを連れて行け」
「それは…………エリックはともかく、クリスも同行するのですか?」
二人は父方の叔父の息子なのだが、エリックはメイドとの間にできた子でクリスことクリスティアンはある貴族夫人との不倫の末にできた子だ。
エリックとマリアの仲は悪くない。
従兄弟と言えども使用人の子。母親に使用人として生きるよう言い聞かせられてきたからだろう。
マリアとは七つ歳が離れているせいもあり、保護者のような目線で甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。もちろん彼もお兄様と同じく剣も魔法もピカイチのクラウス公爵家の正式な騎士だ。
護衛としては申し分ない。
しかしそれに対してクリスと私の仲はあまり良くない。
「ああ。クリスはちょうど明日の予定がなくなったところだ。お前の護衛兼荷物持ちとしてちょうどいいだろう」
「でもクリスは嫌がりませんか?」
「問題ない。それにクリスとは同学年だしリリーとも面識がある。全く知らない人間よりは楽しめるんじゃないか?」
「そう……かもしれませんが……」
問題はリリーでは無い。私の方だ。
クリスは私に対してよく棘のある物言いをする。
血筋自体はそう変わらないのにマリアは誰からもお姫様扱いされクリスは腫れ物扱いされるからなのだろう。両親共に高位貴族でありながら貴族としてではなく使用人として生きなければならない鬱憤が私に向いているのかもしれない。
気持ちはわからなくもない。親の素行の悪さは子どもとは無関係だ。
十一歳までクラウス領の屋敷で一緒に暮らしていたのだから、いっそ養子に迎え入れてお父様の子どもとして育てればよかったのにと思わなくもないけれど、そこは大人の事情が色々あったらしい。
マリアも全てを聞かされている訳では無く、周囲の反応からもクリスに関することは気軽に尋ねることができないからよく知らない。
そんなクリスはリオンやアデルと同じように学園で私の護衛をしてくれている。
基本的にはアデルかリオンが、二人の都合が悪い時はアレクが近くにいてくれる。その三人の都合がどうしてもつかない時にはクリスが来てくれるようになっているらしい。
それは滅多にあることではなく、一学期中には三度ほどだったか。その時はひたすら遠回しな嫌味を言われ続けた。
しかしクリスとお兄様の仲はとても良い。
どういう理由かは分からないけれど、彼が憎く思っているのは私だけのようだ。
私とクリスの関係をお兄様が気付いていないはずがないのに買い物に同行させようとしているのはどうしてなのか。
何かお兄様なりの考えがあるのかもしれない。
……けど気は進まない。
せっかくのリリーの誕生日だから楽しい気持ちでいたいのに。
「そんな顔をするな。クリスは剣の腕も立つ。護衛を増やすよりいいだろう?」
魔法も剣もばっちりなのはお兄様と同じ。
いやでも何かあった時に本当に私守ってもらえるのかな。
見捨てられたりしない? それどころか肉壁扱いされたりして……。さすがにそれはないか。
「……でもクリスが嫌だと言ったら他の人にしてくださいね」
「わかった。明日の十時に迎えに来るよう伝えておこう」
今は二十一時だ。
手紙を送るような時間ではないから、きっと今から魔道具でそれを伝えるのだろう。
私は先週まで知らなかったが、この世界には通話ができる魔道具がある。
帝都には何ヶ所か魔力を飛ばす塔が立てられていて、そこを経由して音声を届けるんだそう。
日本の基地局みたいなものだ。そういう原理は意外と同じなのかもしれない。
なんでそんな便利な道具を知らなかったかというと、お父様の意向のせいだ。
殿下とこっそりやりとりさせたくなかったから十六歳になるまで存在を知らせたくなかったそう。
その魔道具はとても高価で、貴族といえども所有している人は限られる。ましてや学生なんかが触らせてもらえるものではないらしい。
だから学園に通うようになって友人が増えても私はその魔道具の存在を知らなかった。
で、なぜ私がその存在を知ってしまったかというと、前回皇宮に行った際に陛下に報告用としてその魔道具をこっそり渡されたからだ。
マリアではないから隠す必要はないんだって。
ついでに言えば私の護衛をしている人はみな持っているらしい。
いつ如何なる時も殿下の指示を仰げるように。報連相って大事だもんね。
でも私も殿下と毎日お話したかったな。
「あ、そうだ。お兄様、リリーはお花が好きなんだそうです。急すぎてプレゼントは用意できないでしょうけど、花束くらいは手配して渡してくださいね」
「あ、ああ…………。マリア、俺は本当にリリーと恋人のふりをしなければならないのか?」
「もちろんですとも。そうした方が色々と面倒なことが片付くと思いませんか?」
「他にも方法はあるだろう。別に彼女を巻き込む必要は無い」
彼女がある意味元凶なので必要あります。
もちろんそんなのはこじつけだけど。
リリーのような影響力のない令嬢が話した程度で噂が広がるなんて思えない。
どう考えても偶然だ。リリーのタイミングが悪かったのだ。
でもそんなことはどうでもいい。
大事なのはリリーがお兄様と恋仲になること。
リリーは小さくて可愛いしたまに空気を読まないおっちょこちょいな妹キャラだ。つり目でツンデレなマリアとはタイプが違う。
それに可哀想な事情もある。
関わっていくうちに健気で可憐なリリーに目が離せなくなってそのまま恋に落ちるはず。
と思ったものの六日間過ごして進展はなし。
二人の空気は未だぎこちない。
リリーは緊張してるしお兄様はたまに挙動不審になっている。
そんな二人を見るのはとても微笑ましいけど、今どき幼稚園児だってそんな恋愛しない。
今回のこれは決して恋愛ではないけれど。
さっさと手を繋いでハグくらいしてくれないかなー。
「いいですか、リリーは元平民で後ろ盾はなく、父親であるグレーデン男爵との関係もよくありません。派閥や家同士の利益なんてまったく考える必要のない相手なのです」
「たかが恋人のふりをするだけでそこまで考える必要は無いだろう」
「そんなことありません。何がどう未来に関わってくるのかわからないのですから少しでもリスクは排除するべきです。それにリリーが相手なら私もフォローしやすいので。ね、とってもいい相手だと思いませんか?」
頷いて。肯定して。
リリーは可愛くて彼女にピッタリだと認めて。
そして好きになって。
私の勢いに押されたのか、お兄様は口元を引き攣らせながらぎこちなく頷いた。
「そう……だな……。出来る限り努力はする……」
「お兄様、努力などいりません。必要なのは結果です」
「わ、わかった……」
二人が結ばれれば一応はゲームのエンディングを迎えることができるだろう。
それにお兄様がいればこの先リリーの人生が悪くなることはない。なんたってお兄様は権力も財力も持ち合わせた公爵家の次男だから。
この世界がゲームとは無関係だったとしても、リリーにとってはお兄様の庇護を受けるのが最も幸せになれる道だ。
……本当はリオンとくっついてほしかったんだけどな。
「それでは私は部屋に戻りますね。くれぐれもリリーの誕生日のこと忘れないでください。明日の夜、楽しみにしていますから」




