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106.脅迫



 リリーが屋敷にやってきたのは十時だった。

 華やかなオレンジのワンピースとお揃いの色のリボンで編み込んだ髪を結んでいる。


 うん、最高に可愛い!!


「いらっしゃい。屋敷にいる間は我が家だと思ってゆっくり寛いでね」

「ありがとう! 話には聞いていたけど、クラウスのお屋敷って凄いのね。帝都にあるのにこんなに広いなんて……」

「公爵家ですもの。それより部屋を案内するわ。こっちよ」

「今日はレオナルド様はいらっしゃらないの?」

「ええ、今日は朝から皇宮に行ってるの。夜にはお父様と一緒に帰ってくるでしょうからそのときに挨拶するといいわ」

「じゃあそれまで二人で楽しく過ごそうね! マリアに話したいことも見せたいものもたくさんあるの」



 リリーの泊まる部屋に荷物を置いて、屋敷の中を案内して昼食を二人でとった。

 午後からは私の部屋で今後のことを話し合うことにした。


「うっ、この部屋すごく……なんていうか……精霊たちはここに来れないかも……」

「え、そうなの? 血の匂いがするとか?」

「それもあるけど……それよりも死の痕跡とあの人の魔力がこびり付いてるかんじ……。このお屋敷自体、色んなところに血の匂いっていうか気配が残ってるのだけどここは特に酷くて……」

「死の痕跡って、誰かがここで死んだってこと?」

「うん。あのベッドの上から感じる……」

「えっ」


 私が毎日使ってるベッドで誰かが死んだの??

 いつそんなことが起こったんだろう。

 私がここに来る前かな。それとも学園に行っている間のことだろうか。

 後からベッドを調べてみて、血痕だったり傷だったりがあったら丸ごと交換してもらおうかな……。


「あ、そういえばマリアの命が狙われてるって殿下が言ってたから、私がいない間に誰かが侵入したのかも」

「でもこれは…………。え? ど、ど、どういうこと!?」

「あれ、リリーには話してなかったっけ。私も詳しいことは教えて貰えてないんだけどね。こっちに来てからずっとそうなんだって」


 幸いにもまだ危ない目にあってはいない。

 だから命を狙われてる実感なんてないし、護衛が多くて少し……本当に少しだけ面倒だなって思うくらいだ。

 行動も制限されるし、地味に大変だ。

 でもここで誰かが死んだのなら、あの話は狂言なんかじゃないってことだ。

 一応気を付けてはいるけど、もっと気をつけて行動するようにしよう。


「命が狙われてるのに普通に学園に通ってたの? それ危ないんじゃ……」

「大丈夫よ。アデルもアレクもリオンも私の護衛をしてくれてるし、何よりルカ……学園の吸血鬼が私を守ってくれてるから」

「むしろその人が一番危ないと思うんだけど……」

「そこは大丈夫。さすがに私に危害を加えることはないから」

「そんなことはないと思うけど……」


 リリーは納得いかないのか不満げに口を尖らせている。

 ちょっと幼いその仕草もリリーがやると最高に可愛くなるのでさすがはヒロインだと賞賛を送りたい。


「それより部屋移動する? リリーが泊まる部屋だったら平気かな?」

「ううん、ここでいい。むしろここがいい。私の力で少しは浄化できると思うから」

「疲れちゃうんじゃない? 別に私は死の痕跡とか魔力とか気にならないよ」

「気にならなくてもこんな場所でずっと過ごすのは駄目だよ。このままだとよくないものを呼び寄せちゃうかも」

「よくないもの……? あ、悪魔とか?」


 なんとなく適当に思いついたことを口にしてみた。


「そう。悪魔という呼称は大昔のものだから、今は魔族って言う方がいいかな。まあ吸血鬼自体が魔族に近い存在だから今更かもしれないけど」

「えっ、そんなのがいるんだ」


 吸血鬼にエルフに魔族。

 なんというかファンタジーってかんじ。

 一応ドワーフも人魚もいるんだっけ。そのうち天使とか出てくるかな。

 リザードマンとか出てきたら泣いてしまいそうだから出てこないでほしい。

 獣人系ならいける。ガチな獣人でもケモ耳尻尾の獣人でもなんでもいける。

 気になってきたから今度調べてみよう。


「うん。でも大丈夫。私がいるから! 私がマリアを守るよ」


 ドヤ顔が可愛い。

 リリーにソファーに座るように勧めてお茶の準備をする。


「帝都の周りで強い精霊が居るのは三箇所。東のダールベルクの森の中にある大樹、南にある邪竜を封じているというデュマの大岩、水龍が住むというアーロンの泉。何処から行く? エルフの首塚も行くんだよね?」

「うん。……あのね、エルフの首塚について調べたんだけど……私が行って呪われたりしない?」


 首塚といったら平将門の首塚のイメージがある。

 だからなんだかよくないことが起こりそう。


「たぶん大丈夫じゃないかな。あの首塚のエルフって150年前の皇帝に首を斬られたんだっけ?」

「そう。一応マリアはその皇帝の子孫にあたるから近寄ったら悪いことがおきるんじゃないかなって不安で」

「さすがに遠縁すぎてわからないよ。それに何かあっても私がいるから大丈夫」


 リリーは自信満々に笑った。


「とはいえ不安だよね。だから他の三箇所を先に回ってしまおう。そこで何か手がかりが得られれば首塚に行く必要はなくなるし」

「そうね、そうしましょう。じゃあ……アーロンの泉、デュマの大岩、ダールベルクの大樹、エルフの首塚の順でいい?」

「もちろん。何か手がかりが見つかるといいね」


 こうやって動き回れるのは夏休みの間だけだ。

 今はリリーが来るという名目でルカは傍にいないけれど普段はそうもいかない。

 ここで何も手がかりが得られなければどうしよう。

 あまり大っぴらに探し回る訳にもいかないし、日帰りできないような場所や危険な場所はお父様やお兄様に反対されるだろう。

 もちろんルカにお願いすることもできない。


 学生の身分で気軽に遠出なんてできないし、かといって卒業まで待つ余裕もない。

 ゲームの本編の期間が終わってしまえばマリアもリリーもどうなってしまうかわからないからだ。


 できることなら今回で手がかりを手に入れたい。

 私は両手を握りしめた。




 悪い未来を考えるのはよくない。

 頭を切り替えよう。

 とにかく今日決めなければならないことはもうないはずだ。


 となればあとは楽しく雑談しても問題ない。

 ずっとリリーに聞きたかったことがある。


「……リリーは好きな人はいないの?」


 忘れそうになるけれど、というかちょいちょい忘れてるけれど、このゲームは乙女ゲーム。

 リリーの恋愛を成就させるためのゲームなのだ。

 だから彼女の意中の人を確かめなければならない。


 いやもうゲームに拘る必要なんてない気もするけど、最終的な辻褄さえ合えばどうにかなるかもしれないじゃん?

 だからやれることは全てやっておきたいのだ。


「え? 好きな人?? いないよ」


 きょとんとした顔で返され、なんとなく覚悟はしていたけれど少しだけガッカリしてしまった。


「本当に? 少しでもかっこいいなって思う人とかいない??」

「うーん…………。あ、アデルはかっこいいと思うよ!」

「あの子は女の子よ」

「うーん……ならマリアが好き」

「私も女の子よ」

「うん。でも好きな人でしょ。だめ?」

「好きってその意味じゃなくて……」


 そういう百合展開は乙女ゲームにはご法度だ。

 いやまあお互い名前がそうなんだけど、そっち行っちゃうとなんかバグりそうで怖い。

 ああ、うん、リリーが乙女ゲームの主人公として機能していない以上もうバグってるのかな。


 というか私の質問の意味がわからないはずないのになんではぐらかされてるんだろう。

 聞かれたくない事だったのかな。


「まあいいわ。それより、相談したいことがあるの」

「え、何?」

「お兄様と殿下に、あの噂を話してしまったんだけどどうしたらいいと思う?」

「…………え!?」


 リリーの顔が引き攣った。


「昨日色々あって、その、ぼかして話したつもりだったんだけど、えっと、問い詰められてしまって……」

「いやいや、何その展開。怒られなかった?」

「怒られはしなかったけど、この世の終わりみたいな空気でしんどかったわ。……そういえばあの噂ってどうしてあんなに広がったんだろうね?」

「あ……えっと、それは…………その、私が……広めました」


 リリーは気まずそうに顔を逸らしながら白状した。


「…………なんで?」

「二人が喧嘩したって聞いて、そのタイミングで殿下にアプローチしようとした子がけっこういたみたいで……なんとかしなきゃと思って、こんな噂があるよーって話してたら……いつのまにか学園中の噂になっちゃって……」


 殿下、犯人がこんなところにいました。


 思わず頭を抱える。

 どうしてそんな話を持ち出してしまったのか。せめてもう少し違う噂にできなかったのか。

 というか、なんとかしなきゃでそんな噂を持ち出すのはどういう了見なのか。


「ごめんなさい! そんな大事になるとは思わなくて!!」


 リリーはソファーから降りて土下座した。

 あ、こんな異世界でも土下座なんてあるんだな。

 私も何かやらかしたら土下座しよ。


「…………皇族を冒涜するようなデマを流したものは不敬罪として罰せられるのは知ってるわね? 殿下はもちろんのこと、お兄様も皇位継承権を持つ皇族に准ずる方。つまり、リリーは大罪人になるわけね」

「マリア……?」


 怯えた表情で見上げられてちょっとだけときめいてしまった。

 本当に小動物みたい。


「こんなことバレてしまったら大変よね。黙っていて欲しいわよね。だから、私のお願い聞いてくれる?」

「はい、喜んで……」


 コクコクと壊れた玩具のように何度も頷くリリーは可愛い。

 思わず噴き出してしまった。


「あはははは、そんなに怯えないでよ。ちょっと意地悪してみたかっただけだから」

「…………もしかしなくてもマリアってドS?」

「まさか。どっちかというとMだと思う。今のはリリーがあまりにも虐めてくださいって顔してたからお仕置きがてらからかってみただけ」

「してないよ? 私、そんなこと欠片も思ってないよ??」


 マリアはつり目だし真顔だと怒ってるように見えるからさっきみたいな冷たい言動は似合うかもしれない。

 ……でもやりすぎるとリリーに嫌われそうだな。適度にしよ。


「うん、他人からどう見られてるかなんてわからないわよね。わかるわかる」


 未だに床に正座したままのリリーの手を取ってソファーに座らせる。


「まあ半分冗談なんだけど、あの噂のせいでお兄様が結婚できなくなると困るから協力してほしいの」

「半分は本気なんだ!?」


 ぎょっとした表情をしたリリーにまた笑ってしまった。

 百面相ってこういうことをいうんだろうな。


「ねぇ、リリー。お兄様を誑かしてくれない?」

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