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104.言い合い


 今日二人は泊まっていくらしい。

 いっそ明日リリーが来るまでここに留まってくれないかなー。

 それでばったり出くわしてイベント起きないかなー、なんて。





 それはさておき、今日は殿下が来たせいでお兄様とあまり話せなかった。

 そのためにお茶会の途中で切り出そうと思っていたお願いが出来ていないままだ。


 なので応接室に誰もいないことを確認した後にお兄様の部屋へ向かった。

 もう22時だし三人とも部屋でのんびりすごしてるのだろうなんて思っていたら、なんとお兄様の部屋に集まっていた。

 いや、なんで応接室じゃないの?


「…………お邪魔してしまい申し訳ありませんでした。お兄様、お話はまた後日改めて……」

「だめだよ。マリア、こっちに来て」


 私の言葉を遮ったのはもちろん殿下だ。

 手招きしているけれど、明らかに私は入ってはいけない集まりだと思うんです。

 お兄様へ視線を向けると、お兄様も少し困ったように小さくため息をついた。


「さっきからずっとお前に振られたと煩いんだ。少しでいいから相手してやってくれ」


 いやいや、でも私は今キャミワンピの部屋着にガウンを羽織っただけの姿なんですが。

 お客様の前に出られるような格好ではない。

 というか殿下に煩いなんて言っていいの……?

 あと私まだ振ってない。断ろうとしたら断らせてもらえなかったから。


「ほら、レオもそう言ってるから早くこっちにおいで」


 振られたと嘆いていたわりにはご機嫌ですね。

 殿下の前にはワインのボトルとグラスが置かれていた。そして彼の頬は仄かに紅潮している。

 酔っているのかな。


「そこまで酔ってはいないはずだ。いつもより少し面倒になってはいるが……」


 だからといって妹に押し付けるのはどうなんだ。

 とは思ったけどまあいいか。

 だってほろ酔いになっている殿下が可愛かったから。お兄様もリオンもいるし、変なことにはならないだろう。

 それに酔ってルカのことについて話されても困る。

 だから仕方ない。うん。


 私は頷いて部屋に入った。


「今日はもう会えないと思っていたから嬉しいよ。マリアも僕に会いたかったからここに来たんだろう?」


 促されるまま殿下の隣に座ったら、更に上機嫌になった殿下に抱きしめられた。

 普段は人前でそんなことしない人だから、意外とかなり酔っているのかも。

 喋り方も若干間延びしてゆっくりしてるかんじだし。


 お兄様もリオンも殿下を止めない。

 これいいんだろうか。いいんだろうな。

 気にしたら負けだ。

 それよりめっちゃいい匂いがする。

 なんというか、甘くて美味しそうな匂い。

 男の人なのに臭くないのってなんかずるい。


「いえ、私はお兄様に話があって……」

「ああ、そう言っていたな。何かあったのか?」


 話を進めていいものだろうか。


 隣にいる殿下は私の肩に顔を埋めてきた。

 酔っているとはいえこれはどうなんだろう。

 目の前の二人はやっぱり何も言わない。

 何か反応して欲しいんだけど。


 けれど、この状態であれば何か言ってくることもないんじゃなかろうか。

 私は殿下とくっついていられるしお兄様に相談できるし。

 うん、大丈夫。むしろいいかも。


「新しいドレスが欲しくて……その、デザインを見てもらおうかと」

「そんなことわざわざ確認しなくてもいいじゃないか」


 持ってきたデザイン画をお兄様に渡した。


「サラに相談したら、一度お兄様に見せた方がいいと助言されて……」


 最近は露出の多いものが流行っているようだ。

 今手持ちのドレスは少し前の流行のデザインで、可愛いけれど少し野暮ったく見えるらしい。

 しかも殿下の隣に立つことが前提の色とデザインで、彼の好みの可愛らしいふんわりとしたものばかりだ。

 正直マリアにはもう少し大人っぽい色の綺麗めなドレスの方が似合うと思う。


 婚約を解消した今となっては殿下に合わせる必要はない。

 今までと違う傾向の、もっとマリアに似合うドレスが欲しかった。


 問題なさそうなデザインのドレスは既に注文している。

 今回持ってきたのはお父様が苦言を呈しそうなもの、つまり少し冒険しているデザインのものだ。


「これは……今までのドレスとは随分違うものを選んだな」

「ええ。ですので一度確認していただきたくて」


 持ってきていたデザイン画は二枚。

 一枚目は紫のレースのドレス。レースの上にレースを重ねるようなドレスで、足首のあたりがうっすら見えるようになっている。

 二枚目はスリットの入った紺のドレスだ。

 スリットが入っているといっても膝下だしフリルになっているのでそんなに脚は見えない。

 脚を出すことが忌避されるこの世界でこのドレスを出されたときは本当に驚いたけれど、せっかくスタイルのいい身体に憑依したのだからちょっとくらいは脚を出したい。


 あと単純に足元が軽くて歩きやすそう。


「…………まあ、いいんじゃないか」


 よかった。

 これでお父様とお兄様の二人から反対されることはない。お父様の説得はそれなりに時間をかければどうにかなるだろう。


「本当にいいのか……?」


 ちらりとデザイン画を見たリオンが渋面でお兄様に問いかけた。

 余計なことは言わないでほしい。

 脚が見えるといってもほんの少しなのだから。

 それに公式の場では着ないし、大きな夜会でも着るつもりはない。


「ああ。着ていく場所さえ気をつければ問題ないだろう」

「ありがとうございます」


 目的は達成出来たので殿下に見られる前にさっさと部屋に戻らなくては。


 そう思ったのに殿下は無言で手を出してお兄様は持っていたデザイン画を殿下に渡してしまった。

 ヤバいと思ったけど殿下の手から無理やり奪うわけにはいかない。


 殿下はデザイン画を確認した後にっこりと笑った。


「駄目だよ」

「……どうしてですか?」


 なるべく殿下の顔を直視しないように尋ねた。


「脚が見えるドレスなんて許せるわけがないだろう。それに背中も胸も出しすぎだ。風邪ひいたらどうするんだ」


 酔って私に抱きついていたわりにはしっかり喋りますね。

 というか魔法で涼しくも暖かくもできるのにドレスの布の過多で風邪なんてひくわけがない。

 なんでそんなことを言うのか。


「脚が見えるといっても少し見える程度です。それに背中が大きくあいたドレスが今の流行なんだそうです。今はどこで仕立ててもそのようなデザインをすすめられます」

「別に君がそれを着る必要はない。もっと肌の露出の少ない他のドレスでいいだろう」

「嫌です。流行のドレスが必要ないとどうしていえるのです? 古い流行のドレスを着て笑われるのは私です。殿下には関係ないことでしょう?」

「関係なくないし、君を笑えるような人間はこの国にはいない。こんなに背中を出したドレスを着ていたら変な男が寄ってくる。そんなの許せない」


 あ、脚が見えることよりもそっちの方が気になるんだ。


「言い寄ってくる男性は背中が出ているかどうかなんて関係なく話しかけてきます」


 きっと何を言っても反対されるんだろう。

 でもどんな理由があろうと私が着るドレスについて殿下がとやかく言う筋合いはない。


「君の肌が他の男の目に触れるのが嫌なんだ」

「どうしてそのようなことを仰るのです? 私と殿下はもう何の関係もありませんのに。婚約者でもなければ恋人でもありません」


 婚約者であっても恋人であっても相手を自分の思い通りにコントロールしようとするのはダメだけど。

 ほんの少しの苛立ちを込めて殿下を真っ直ぐ見つめると、彼は少しだけたじろいだ。

 あ、可愛い。


 ダメだ。喜んでるのはすぐにバレちゃうから怒った顔をしていないと。


「マリア、そんなこと言わないで。僕は君が心配なだけなんだ」

「心配だからといって私のドレスにまで干渉するのはおやめ下さい。私は殿下の着せ替え人形ではありません」

「そんなこと思っていない」

「ではなぜ反対するのですか? 私には私の好みがあって着たいドレスがあるのです」


 殿下のことは好きだけど、こういう過干渉なところは……いや、好きかも。

 こう、過保護が行き過ぎて一線を越えてしまっているところとか一周まわって可愛いと思えてしまう。

 それに困ったような表情になってるのもすごく可愛い。


「…………でもこのドレスは駄目だ。君はまだ15歳なんだから」

「年齢でドレスを決めるのではありません。顔立ちや身体、髪の色、それに好みや流行で選ぶのです。今回のドレスだって何度も私のドレスを仕立ててくれたデザイナーと相談した上で選びました。着られる場所は限られますが、どれも私に似合うドレスなのだと自信を持って言えます」

「だからってこんな……こんな肌を見せる必要なんてないじゃないか……。なんでそんなデザインが流行るんだ」


 殿下は完全に落ち込んでいる。


 これまでも言い返すことはあったけれど、いつもは私に非があったから言い負かされていた。

 こんな風に殿下を落ち込ませるのは本意ではない。

 でもこの件に関しては私のせいだけど、私は全く悪くない。

 だからしょんぼりしてる殿下を心置きなく愛でられる。可愛い。


 きっと酔ってるからだろうな。

 普段なら絶対に私が言いくるめられるのに。

 たまにはこういうのも悪くない。


「背中が見えるドレスはコルセットをつけることができません。ですので、スタイルに自信があって姿勢のいい方でないと着こなせないのです」


 だからこのデザインを避けるということはスタイルも姿勢も悪いということだ。


「このドレスを着るからには太ることなんてできませんし、背中のお手入れもかかすことができません。女性が美しくあろうとすることはよいことではありませんか?」

「え、でも……」


 殿下は何かを言いかけたがすぐに口を噤んで気まずそうに視線をそらした。

 一瞬不思議に思ったけれどすぐに彼が何を言おうとしたのかわかった。


「……………………私が太ったと仰りたいのでしょうか?」

「い、いや、そんなこと思ってないよ」


 動揺している。

 絶対に思ってたな。

 普段の殿下なら絶対にそんなこと表に出さなかっただろう。酔っている今だからこそポロっと本音が出そうになったのかもしれない。


 確かに私は太った。

 でもほんの少しだけだ。お腹周りにちょっぴりお肉がついただけだ。

 顔も多少丸くなったかもしれないけれど、でもマリアはもともとかなり細かったし、今の状態でもまだ細い方だ。

 サラにも毎日のようにもっと食べろと言われるし、今回招いたデザイナーにも細すぎると遠回しに言われた。

 だから太ったなんて指摘されるほどではない。


 というかそんな微妙な変化気付く方がおかしい。


 ちらりとお兄様の方を見ると苦笑していた。


「まだ失言したわけではないし許してやったらどうだ」


 お兄様はやっぱり殿下の味方なんですね。知ってた。

 リオンの方に視線を向けると、目を逸らされた。

 あ、貴方も私が太ったと思ってるのね。

 いや、間違ってはないけど。でもその反応は女性に対してどうなの?


「……別に怒ってません。怒る理由もありませんし」


 お兄様の言う通り殿下は何も言ってはいない。

 だから私が彼に対して怒るのはそれこそ筋違いというものだ。


「お話も終わりましたし、私は部屋に戻らせていただきますね」


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