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12.アデルハイト


 シュヴァルツ辺境伯家のアデルハイト。マリアの記憶には確かに存在するが私は知らない。


 つまり、モブだ。


 編み込んだ艶やかな黒髪を高くまとめ、透き通った水色の瞳が私を見据える。

 マリアと同じくつり目で性格キツそうだけど美人だ。

 細身ではあるが周囲にいる貴族令嬢たちのような触れれば折れてしまいそうな華奢さではない。

 まくられた袖から見える腕は、細いながらもしっかりと筋肉がついている。


 クール美女。この人絶対に強い人だ。

 数々の漫画やアニメを見てきたからわかる。


 黒髪で目付きの悪いチビは強い。


 それにしても、こんな美人で画面映えしそうな人がモブ。

 こんな顔してキャラの後ろにいる有象無象だなんて。


 まぁ美人だったとしてもアデルハイトは女性なのでどうやったってメインのキャラにはなり得ないんだけど。


 そんな現実逃避はさておき、問題は、この美人に私の公爵令嬢らしからぬ顔を見られたかもしれないということだ。


 やばい。


 第二皇子の婚約者が他の男の半裸を見て欲情してたなんて醜聞が広まったりしたらゲームのエンディングを目指すどころじゃない。

 序盤で婚約破棄、幽閉コンボを決めて颯爽と退場してしまう。


 それだけは避けなければ! どうする?


 後ろから回り込んで後頭部を殴打すればすっきり忘れてくれるかな?

 いやいや、見習いと言えど騎士の鍛練を積んでいる彼女の背後をとって殴るとか無理。


 公爵家の力で彼女が醜聞を広げる前に社会的に抹殺してしまうとか?

 いくら娘に激甘の父親でも、正当な理由なく(っていうかとても説明できないし)辺境伯家の人間を陥れることを許してはくれないだろう。


 つまり、詰んだ。


「あの、マリア様……? お加減が悪いのでしょうか?」


 俯いて固まってしまった私を心配してくれたのか、アデルハイトは優しく声をかけてくれる。


(貴方をどう始末するか考えてましたなんて口が裂けても言えない……!!)


 恐る恐る顔を上げると、眉尻を下げて困ったような表情のアデルハイトがいた。

 申し訳なさすぎて心が痛い。


「いえ、その、ごめんなさい……」

「? なぜ謝られるのでしょう?」


 その理由は言えないので謝罪だけ受け取ってください。


「練武場に勝手にお邪魔してしまい申し訳ありません。……少し興味があってこっそり見に来てしまいましたの」

「そうでしたか。間もなく放課後の訓練がはじまります。ここは少し危険ですのであちらに移動しましょう」


 促されるまま練武場の隅へ移動する。ここなら会話を聞かれることはないだろう。


「アデルハイト様のお噂はかねがね伺っておりましたが、まさか剣だけでなく魔法の才能もお持ちだとは思いませんでしたわ」


 こうなれば誉め殺し作戦だ。

 事実、あの場にいる生徒で私に気付いたのは恐らく彼女だけだ。だから魔法が解けた訳ではなく、アデルハイトが私の魔法を見破ったことになる。

 半分自棄ではあるが、誉めて誉めて誉めまくって懐柔してやる。


「ありがとうございます。マリア様、その……」

「今日のことは秘密にしていただけないでしょうか。お兄様や殿下に知られたくないのです!」


 言葉を遮るように頼み込んでアデルハイトの両手を握る。

 あの状況を尋ねられても答えられないし、答えるにはあまりにも貴族として不適切だ。

 できることなら、いや例えできないとしても今日の出来事は墓まで持っていってほしい。

 必死な私を驚いたような目で見て、アデルハイトはしっかりと頷いてくれた。


「わかりました。神に誓って今日のことは誰にも言いません」

「ありがとうございます!」


 よかった!!!! 本当によかった!

 安心してちょっと涙が出てしまった。このまま一人で退場なんてなったら笑えないもの。


「マリア様、よければこの東棟を案内いたしましょうか? 騎士となるために修練を積む場ではありますが、中央棟と同じく庭園も噴水もあるのです」

「でも悪いですわ。今から訓練がはじまると仰ってたではないですか」

「放課後の訓練は自主トレのようなものですので参加する義務はないのです」


 考えてみればそうか。放課後だもんね。

 用事ある人だっているだろうし。


 しかし案内を買って出てくれるというのは何か裏があるのだろうか。

 脅すつもり……なら今やってるだろうが、完全な善意とも思えない。


(まぁこっちも裏切られないように手綱を握っとかないといけないし、親しくなるのはチャンスかも)


 ということで案内をお願いすることにした。

 練武場周辺を詳しく知ることは今後役に立つかもしれないし、騎士養成学部に知り合いを作っていれば探りを入れるのに使えるかもしれない。

 それに、美人過ぎて忘れそうになるが、彼女はモブなのだから物語を大きく変える力はないだろう。


「練武場の裏から行きましょう」


 歩く姿は凛としていてモデルのようだ。

 本当に何故彼女がモブなのか。勿体ない。










「マリア様、大丈夫ですか…?」

「だ、大丈夫です……でも少しだけ休ませてください」


 マリアの体力のなさを舐めていた。

 ここまで体力がないなんて。


 今いるのは裏手にある噴水庭園だ。練武場の裏手から手入れされた庭を通り抜けると見えてくる。

 つまり、ほとんど案内は進んでいない。


(さっきは緊張で疲れを忘れていたけどこんな早く限界がくるなんて思わなかった……)


 足がぷるぷると震えている。

 アデルハイトに手を引かれながら近くのベンチに座らせてもらう。


「ま、まさかこんなに歩けないなんて思ってもみませんでした……」

「マリア様は身体があまり強くないと伺っております。配慮が足りず申し訳ございません」


 申し訳ないのはこっちのほうだ。

 まさか数百メートル歩いただけで限界が来るなんて思わなかっただろう。

 当然私もそんなこと思わなかった。


「いえ、全ては私が悪いのでアデルハイト様はお気になさらないでください」


 ベンチに座ると少しだけ楽になった。

 私は跪いたままのアデルハイトに、横に座るように促す。

 一瞬迷ったように目を泳がせたアデルハイトは、しかしすぐに失礼しますといって隣に座ってくれた。


 今日は授業数が少なかったおかげでまだまだ日が高い。

 ここでしっかり休憩しても日が沈むまでには帰れるだろう。


「アデルハイト様はどうして騎士養成学部に入られたのですか?」


 アデルハイトは噂になるほどに珍しい女性初の騎士養成学部、つまり無事卒業できれば正式な騎士となる人物なのだ。

 しかも騎士養成学部だけでなく領地経営学部にも在籍している。

 有力貴族の嫡男ならまだしも、女性でこれは異例中の異例だった。

 仲良くなる目的もあったけれど、単純に彼女に興味があった。


「父や兄達が剣を持っているのを見て育ちましたので、私も自然とその道を極めたいと思うようになっておりました。本来であれば辺境伯家のために他家に嫁がなくてはならないところを、このように許して貰えて……幸せな事だと思っております」


 ほんの少しだけ彼女の表情に翳りが見えた気がした。

 もしかしたら聞いてはならないことを聞いてしまったのかもしれない。


 貴族令嬢として生まれたからには家門を守ることが何よりも優先される。


 そう教えられてきた。結婚して跡継ぎを産み家と家の繋がりを作る。それはこの貴族の世界ではとても大切なことなのだ。

 令嬢達の多くは親の決めた相手と結婚をする。政略結婚というやつだ。

 恋愛結婚もなくはないが、そんなによくあることではない。


 いずれにしても貴族令嬢の価値は結婚と優秀な後継ぎを産むことにある。 


 もちろん、それは公爵令嬢のマリアとて例外ではない。

 殿下との婚約が決まったのはマリアが四歳のときだという。当然二人の感情など考慮されてない親が決めた婚約だ。

 それが貴族の娘として生まれてきたものの当たり前だ。


 そのレールから外れることは、高位の貴族であればあるほど難しい。


 だからこそアデルハイトは異例の存在なのだ。

 かっこいいと思うのだが、どうも本人はそう思っていないようだった。


「素敵ですわ。自分で自分の人生を決めることなんて、そうできることではありません」

「そうでしょうか……。私はただ、貴族の娘としての責務を投げ出しているだけです」

「そんなことはありません。騎士養成学部にいるのですから、将来は騎士になるのでしょう? 帝国とその民を守ることは貴族の義務ですもの。騎士を目指すアデルハイト様が貴族としての責務を投げ出しているだなんて誰が言えましょう」

「マリア様……」


 男社会の中に女が突然入り込んだのだから、きっと反発も大きいのだろう。

 それでも彼女には頑張ってほしい。

 

 だって女騎士とか最高じゃん。

 アデルハイトは本当に美人で殿下やお兄様の隣に並んでも見劣りすることはないだろう。

 どうして彼女がモブなのか見れば見るほどわからない。


 アデルハイトは私の励ましに少しだけ笑ってくれた。


 思ったことをつい口にしてしまったが、初対面なのにこんな偉そうなことを言ってしまってよかったのだろうか。

 おせっかいだと思われて距離を置かれてしまったらどうしよう。


「……お疲れでしょうから、東棟の案内は後日にいたしましょう。学園の馬車乗り場までお送りいたします」


 しかしアデルハイトはものすごく綺麗な微笑みで私に手を差し出してくれた。

 あれ、これエスコートするってことかな?

 女性なのに。あ、でも将来騎士だからそれでいいのか。


 少し恥ずかしい気もしたが、一人で帰れる気がしなかったから言葉に甘えることにした。

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