103.二人きり2
そのベンチは綺麗で、いかにもここでイチャついてくださいと言わんばかりに花や衝立で囲われていた。
確かにここなら誰にも見られない。
だからといって何をするわけでもないのだから慌てるだけ無駄だ。
殿下は思わせぶりなことを言って私をからかいたいだけなのだから。
ベンチの中央に座らされた。殿下を見上げると嬉しそうに笑っている。
「やっぱり抵抗しないね。期待してる?」
「してません。いつもそうやってからかうのでもう慣れました。どうせ何もしないじゃないですか」
「からかっているつもりはないんだけど……」
苦笑してるけど、彼が絶対に何もしないことは知っている。
どうせ今回も結婚前だから、だとか婚約者ではないからとか恋人ではないからとかいって何もしないのだ。
それは正しいと思うし本当に手を出されたら困るのだけど、弄ばれる私の気持ちになってみてほしい。
期待させられ、おねだりまでさせられたあげくにお預けをくらうのだ。
それを笑顔でやってくるので本当にひどい。
殿下は私の隣に座った。
肩が触れている。少し近すぎる気がするんですけど。
「大丈夫、今回は君の期待に応えることにするよ」
「期待なんてしてません」
「うん、そうだね。じゃあ、まずは先程の返事をもらおうかな」
「返事……?」
「僕と付き合うこと。今すぐ答えをだして」
やっぱり恋人じゃないから手は出せないってことか。
期待しなくて正解だ。
さっきは思わず先延ばしにしてしまったけれど、私の答えは決まっている。
殿下の恋人になるわけにはいかないのだ。
ごめんなさいと言おうと口を開いたけれど、その言葉は声にならなかった。
なぜなら殿下の唇で塞がれたから。
喋らせないようにキスで口を塞ぐなんてTL漫画かな。
「その答えは駄目だよ」
「っ……、まだ何も答えていません」
「うん、でも断ろうとしたのはわかるよ」
「…………それ、聞く意味ありますか?」
肯定しか許されないのであれば答える必要なんてない。
「君の口から恋人になると言ってもらわないと、僕が無理強いしていることになってしまう。それは不本意だからね」
「無理やり言わせたら無理強いしているのと同じことなのでは……?」
「そう? でも君は喜んでるじゃないか。駄目だと言っても追いかけてもらいたいんだろう? 」
「…………え、私、今喜んでます……?」
「うん、僕にはそう見えるよ」
だからこんなに強引なのか。
いや、喜んでないと言ったら嘘になるけれど、ちゃんと隠せてると思っていた。
「ちょっと待ってください。その、えっと……」
「ああ、無自覚だったんだね。なら曖昧な態度をとるのは僕を困らせるためかな? …………女の子を弄ばないでと言った君が僕を弄ぶなんて……本当に酷いね」
殿下は笑っている。
でも目が笑っていない。
「ご、ごめんなさい! 私、そんなつもりは……」
「じゃあどんなつもりだった? 僕のことを好きだと言いつつも婚約者にも恋人にもなれないのはどうして?」
私は殿下のことが好きだけど、殿下が好きな人は私ではないから。
でもそれは答えられない。
「…………君はいつもそうだ。肝心なことは何も言ってくれない」
殿下はため息をついた。
「ひとつ聞いてもいいかい? それはちゃんと理由がある? 単に僕が嫌だから拒絶してるわけじゃないよね?」
「理由は……あります」
「そう……。それをどうにかしたら君は僕と一緒になってくれる?」
どうにかできたら、きっと私はここからいなくなる。
ルカは無理だと言っていたけれど、もしこの身体にマリアの魂を戻すことができたのなら、マリアはどうするだろうか。
わからない。
そしてそれは私が答えられることではない。
「その問題を解決できたのなら、そのときは改めて考えます。でも…………理由を知って、もし受け入れていただけるのなら……恋人にはなれるかもしれません」
「………………わかった。なら君に振り向いてもらえるよう努力しよう」
自分でも無茶苦茶言ってるなと思ったけれど、殿下はあっさりと私の言葉を受け入れてくれた。
それが少し意外で、思わず殿下の顔を凝視してしまったら、いつもの優しい微笑みを返されて慌てて視線を逸らした。
「じゃあ続きをしようか」
「え?」
「君の期待に応えると言ってしまった手前、これで終わるわけにはいかないだろう?」
続き?
こんな場所で何をやるというのか。
えっと、さっきはキスされたんだっけ。その続き。
一瞬浮かんでしまった妄想を慌ててかき消して首を横に振った。
「い、いえ、終わりましょう! これ以上は……もうダメです」
「どうして? 嫌じゃないんだろう? 君は駄目だとは言うけれど、嫌だとは言わないからね」
だって嫌じゃないから。
好きな人だから何をされても嬉しい。
できるならいっぱい触りたいしくっつきたい。
「嫌ではないですけど……その…………やっぱりこんな場所ではダメです……!」
「外からは見えないよ」
「わ、私が……耐えられません……」
好きな人が目の前にいて、好きだと言ってくれている状況で、誰からも見られる心配のない場所。
そんなの我慢出来る気がしない。
ルカが目の前にいてもダメだったのだから二人きりなんてもう無理に決まってる。
うっかり襲ってしまったらどうするんだ。
「それは……あ、僕に触りたいってことかな。触る? 好きなところを触るといい」
「ちがっ、いえ、違わないですけど……じゃなくて…………」
え、どうしよう。
触っていいとか言われてしまった。
落ち着いて考えると、こんな風に二人きりになれる機会なんて今後訪れないかもしれない。
だいたい殿下の近くにはルカが居るし、そうでなくてもお兄様がだいたい隣にいる。
それに皇子なんだから当然どこへ行くにも護衛はいるし、侍従も控えているわけで。
それは私だって同じだ。
だからこれが最後のチャンスかもしれない。
「えっと、あの………耳朶……触ってもいいですか……?」
「えっ、耳朶……」
殿下は少し困惑したような表情になったけど、頷いて耳を差し出してくれた。
そっと触れてみる。
薄くて柔らかくて気持ちいい。ふにふにしてる。最高すぎる。
殿下のこんな場所、今後触らせてもらえる機会なんて訪れないだろうからこの機会に思う存分触っておきたい。
他人の耳朶ってなんでこんなに気持ちいいんだろう。
しかも好きな人の耳朶だ。最高すぎる。
「…………その、なんで耳朶なんだい?」
「ふふふ、好きなんです。ずっと触ってみたいなと思ってました」
にやにやしてしまう。
皇子の耳朶を触って喜ぶ公爵令嬢なんて誰かに見られたら大問題だけどここには誰もいない。
誰にも見られない。
殿下だって今は私の顔を見ることはできない。
思いっきりにやにやしてもドン引きする人はいない。最高だ。
そうやって楽しんでいるうちに、何故か殿下の耳が赤くなってきた。
「恥ずかしいですか?」
「……こんな風に耳だけをずっと見つめられることなんて今までなかったからね」
普通は耳より顔に見とれるもんね。
恥ずかしがってるのも可愛いなぁ。
「もういいかい? そろそろ」
「まだです。反対側も……触りたいです」
耳朶は二つあるから。どちらも触りたい。
殿下は困ったような表情で耳朶を触る許可をくれた。




