101.追及3
固まっているお兄様と殿下を見ないふりして私は話を進めた。
「最初はお兄様と殿下の仲が良すぎることが発端だったようです。お兄様も女性と関わろうとしないし、どんなにアプローチしても誰にも靡かなかったので冗談半分でそう言うようになったと……」
お兄様は殿下一筋だからね。
すっぱい葡萄というか、負け惜しみのようなものだ。
「けれど私が学園に通うようになってからもお兄様は殿下の隣にずっといるし、私と殿下はお互いを避けるようになってしまったので噂が広まってしまったそうです」
その辺りから噂が信じられるようになっていくのだけど、その原因は間違いなく私たちだ。
「それに、殿下と仲直りした後にクラスメイトにお兄様のことを色々と聞かれたのですが……殿下と仲がいいという話ばかりしてしまって……」
「どうしてそんなことを?」
ずっと無言だったリオンが口をひらいた。
他人事だからなのか二人と違って多少冷静だ。
「その、私はお兄様のことをあまり知らないということに気付いてしまって……。あの時はお兄様と二人で会話することも殆どありませんでしたし、お兄様の好きな女性のタイプも分からなくて話せることが何もなかったのでつい……」
「無理に話さなければよかったのでは?」
「それだと会話が終わってしまいます。クラスメイトと仲良くなりたくて、少しでも会話の切っ掛けが欲しかったのです」
それにシスコンなんてドン引きされる属性はなるべく隠したかった。
お兄様に関しては似非シスコンだけど。
ヨハンお兄様はガチのシスコンだからちょっと大変だったらしい。無事結婚できたけれど義姉とマリアの関係はあまりよろしくない。
だからさりげなく仲良くないアピールをしたかったのだ。
ここら辺の事情はリオンには話せない。
「だからってレオナルドやフランツをだしに使うのはよくないな」
「……ごもっともです。その後に二人の噂を聞き、なんとかしなければと思って……」
「それでフランツに付きまとったのか」
まるで私がストーカーしてたみたいな言い方……!
何も間違ってはいないのだけど、もう少しマイルドな言葉にしてほしい。
「その後は先程話した通りです」
「今はその噂はどうなってるんだ?」
「…………その、悪くなったというか……今は本当に二人が付き合っていると思われているようです」
私の言葉に、固まっていた殿下が反応した。
「な、なんでそんなことに??」
殿下の声は若干震えていた。
「婚約解消した後、殿下が私と友人の会話に入ってきて惚気けてきたから……」
「惚気けてなんかない! 第一レオは男だ。惚気ようがないじゃないか」
「一緒に暮らしている妹でも知らないことを知ってたり、お兄様に特別扱いされているという話をされたらそう思うしかないです」
「そんなつもりは……」
『レオのことは誰よりも知っている』だとか『女の子には優しいよ。僕に対しては何故かいつも厳しくて意地悪なんだけどね』だとか言っておいて、そんなつもりはなかったなんてどの口が言うのか。
そしてお兄様がいかに優れているかを話しだしたから、もうフォローのしようがない。
「それに授業をサボった日に……私と別れた後、お兄様と二人で居るところを沢山の人が目撃したようです」
もちろん私と殿下がデートしたこともしっかりバレた上でそれなのだから、もうどうしようもない。
もう笑うしかないよね。
今の私は、殿下の気を引くために浮気して婚約解消された挙句、兄に好きな人を取られた愚かで憐れな女なのだ。
そんな状態だから周囲の女生徒はいくらか同情的だ。
気にかけて貰えるし、顔を合わせるたびに慰められる。
よっぽどなんだろうな。
いや、うん、私も全力で殿下にアタックしてるアピールしてしまったからね。
当然かもしれない。
実際は婚約解消は私からお願いしたわけだし、一応両想いではあるからそこまで傷付いてはいない。
ものすごく悲しんでるふりはしてるけど。
ただ、貴族令嬢としてはこれ以上ないくらいの醜聞を作ってしまっている。
社交界では……まあそれは私には関係の無いことだ。
お兄様も殿下も深刻そうな表情をしている。
「…………レオ、僕達は暫く関わらないようにした方がよさそうだ」
「そういうわけにもいかないだろう」
「けれどこれ以上変な噂を立てられないよう対策するべきだ」
どうなんだろう。
ここまで来ると距離を置いても疑惑は晴れないんじゃないだろうか。
この件の一番の問題点はお兄様に女っ気がないところだから、お兄様が誰かと付き合ってしまえば解決する気がする。
「マリアも協力してくれるかい? これ以上妙な噂が広がらないように」
「ええ、もちろんです。私の行動にも問題がありましたし……」
このまま噂が広がって二人の将来に支障が出ては困る。
お兄様のために友人を紹介したり仲を取り持ったりは喜んでやらせてもらう。
もともとそのつもりだったし。
もちろん筆頭候補はリリーだ。
というか少しだけそれを期待してリリーを我が家に招くのだ。
一週間も滞在すれば少しは仲良くなってくれるだろう。
なんならリリーに事情を説明して仮初の彼女として暫く過ごしてもらうのもいいかもしれない。
恋人のフリをしてたらいつの間にかお互いに惹かれあって……なんてこともあるかも。
お兄様ルートはマリアが死ぬエンディングもあるけれど、たしか事故死だったからルカに助けてもらえそうだし気にする必要はない。
うん、完璧。
「よかった。じゃあ今日から僕と付き合ってくれる?」
「…………はい?」
「噂が広がったのは僕達の関係がぎこちなくなったせいみたいだから、マリアの言う通り仲良くしていればそんな噂はなくなると思うんだ」
わ、ものすごくいい笑顔。
見とれて思わず頷きそうになったがなんとか堪えた。
これ承諾したら逃げられなくなるやつだ。
「私たちが頑張らなくともお兄様が女性と親しくすればいいと思うのですが……」
お兄様の方を伺うと少しだけ嫌そうな表情になった。
いやいや、そこは嫌がらないでよ。
「レオに期待するのは難しいんじゃないかな。なんせ入学してから僕が女の子との仲を取り持とうと頑張っても一向に成果が出なかったんだから」
「それはお前が手当り次第歩いている女生徒に声をかけるからだ」
「そんなわけないじゃないか。ちゃんと君のことを好きな女の子に声をかけてたよ」
「でもお兄様に振られた子を慰めて自分に惚れさせるのはどうかと思います」
「…………わざとじゃないんだよ? というかなんでそんなことを知ってるんだい?」
「教えてくれる方が沢山いるので」
主に私と殿下の仲を裂きたい令嬢たちだ。
私としては“推し”が人気なようでとても嬉しい。
優しくて可愛いから好きになっちゃうよね。わかるわかる。
でもやってることはあまりよろしくはないんだけど。
しかも惚れさせた挙句に婚約者がいるからとあっさり振るんだから本当にタチが悪い。
ノアほどじゃないにしても殿下も女の子達から恨まれてそうだな。
バレンタインに入れてはいけないものが入った手作りお菓子とか渡されそう。
「何にしてもお兄様に頑張っていただく方がいいかと。お父様もきっと喜びますし」
「それより僕達が仲良くした方がいいに決まってる。僕と付き合えば君の立場だって良くなるし、何より女性に興味のないレオに無理させる必要が無い」
「いや、どっちもやればいいじゃないか……」
リオンの呟きに思わず固まってしまう。
そういうこと言っちゃダメ。
「……確かにリオンの言う通りだ。僕達が付き合った上でレオにも頑張ってもらえばいい。そうすれば確実に変な噂はなくなるだろう」
ほんの少し前までショックを受けていたとは思えないくらいのいい笑顔だ。
いや、本当に無理……!




