99.追及
想定していたお茶会とはもはや別物だ。
それでも紅茶とお菓子の味は変わらない。
お兄様と楽しく過ごすために用意したものだ。当然美味しいに決まっている。
私が必死に作ったパウンドケーキももちろん美味しい。
本当はお兄様に褒めてもらいたかったけど、この状況では無理そうだ。
「なんと言うか、男が三人も集まってこんな可愛いお菓子を囲うのはとても奇妙だね」
「誰のせいでこうなってると思ってるんだ」
お兄様がすかさずそう言った。
三人とも長身だからそう言いたくなる気持ちはわかる。
けれどもみんな顔が最高にいいから可愛らしいお花やお菓子、華奢な食器の前でもそれなりに馴染んでくれている。
というか私からしてみれば最高だ。
いつもと変わらない殿下も若干居心地悪そうにしているリオンもちょっと疲れた顔をしているお兄様もいいかんじ。
このまま置物にでもなって三人のやり取りをただ見ていたい。
というか現実から逃げたい。
どうしてこうなってしまったのか。
「そういえばこのパウンドケーキ、マリアが作ったんだって?」
「…………あっ、はい。でも私はただ混ぜただけで、殆どの作業をハンス……パティシエがやりました」
突然話しかけられて反応が遅れてしまった。
できれば私を会話に入れないでほしい。
でも殿下がこっちを向いている。
横顔も好きだけど真正面から見るのも好き。
「……突然お菓子作りなんてどうしたの? 君は絶対にそういうことはしないタイプだと思ってたけど」
「お菓子というか、その、料理をしてみたくて……。今日はお兄様との約束があったので、簡単なお菓子を教えてもらったんです」
「そっか。またお菓子作るの?」
「いえ、もう作らないと思います」
私はただ混ぜただけだったのに死ぬほど疲れたのだ。
腕がプルプルしてるのにまだ混ぜ足りないと言われ必死で腕を動かした。
お菓子は甘くて可愛くて大好きだけど、好きだからといってお菓子作りに手を出すべきではなかった。
心から反省している。
「えっ、僕のために作ってくれないの?」
「え?」
殿下はびっくりしたような顔をしている。
え、なんでそうなるの。
でもその顔も可愛いな。
「レオのためにはお菓子を作るのに僕のためには作らないの?」
「……お菓子が欲しいなら好きなだけ食べればいいじゃないですか」
「違うよ。君が作ったお菓子が食べたいんだ」
「今目の前にありますよ」
「そうじゃなくて。君が僕のために作ったお菓子が欲しいんだよ」
「それは…………えっと……」
もうお菓子は作りたくない。
というかお菓子は作るものじゃない。食べるものだ。
断りたい。嫌だと言いたい。
けど、殿下の顔を見たら絶対にそんなこと言えない。
助けを求めるように左隣にいるお兄様を見た。
お兄様は非常に呆れている。
「……そういうのは無理強いするものじゃない。どうしてもというならお前がマリアに作ってやったらどうだ?」
これはまた斜め上な提案ですね、お兄様。
絶対にわざとやってるでしょ。
「それもそうだね。じゃあそうしよう」
「えっ」
「でも僕はお菓子を作ったことがなくてわからないから、一緒に作ってくれないかい?」
さらに変な方向に話が進んでしまった。
「わ、私もお菓子なんて作れません。そういうのはちゃんと経験のある方に……」
「だから今日君が習ったハンスというパティシエに習おう。そうすれば問題ないね」
問題しかない。
厨房に嬉々として入ってくる皇子がどこにいるのか。
しかもハンスに習うってことはうちに来てお菓子を作るのか。
厨房にいる使用人たちは普段お客様の前に出たりしない。当たり前だ。
だから礼儀作法なんて知らないだろう。
言葉遣いだってわからないかもしれない。
それなのに突然皇子が厨房にやってくるなんて、あまりにも可哀想だ。
「大丈夫、一緒に作れば楽しいよ」
そういう問題じゃない。
お兄様もリオンも苦笑してないで何か言って。
満足そうに笑っている殿下がこれでもかってくらい可愛い。
どうしよう、全てがどうでもよくなってきた。
「なんだか今日はいつもよりはしゃいでるな」
「だって久しぶりにマリアに会えたからね。君たちは毎日会っていただろうけど、僕はもうずっと会っていなかったんだ」
「去年はもっと会っていなかっただろう」
「それはそれ。今は少しも離れたくないんだよ」
そんなことを堂々と言わないでほしい。
どんな顔して聞けばいいんだ。
「マリアも僕が恋しかっただろう? さっきからずっと僕のことを見てるくらいだからね」
「…………そこまで見てません」
「うん、じゃあそういうことにしておこう」
ああ、私がまだ殿下のことが好きなのがバレバレだ。
もう何を言っても誤魔化せないな。
殿下は楽しげに笑っている。
「マリアは本当に僕のことが好きだね」
否定はしないけど、本人の前でそんなこと言うのはやめていただきたい。
「…………マリアがフランツのことをまだ好きなのはわかった。ならどうして婚約を解消したままなんだ? それにどうしてヴォルフ侯爵と親しくなった?」
突然切り出された話に一瞬思考が止まる。
空気が一気に変わった。
「レオ、前にも言ったけどマリアは浮気なんてしていない」
「ああ、お前たちはそう言ってたな。だがそんな話を信じられると思うか? 少し親しくなった程度で普通は抱き締めたりしない」
「……彼の行動の真意はわからないけれど、やましいことがないからこそ人前でそんなふうに振る舞えたんだろう。本当に浮気をしている人が大勢の前でそんなことをすると思うかい?」
「ああ、普通はしないだろうな。けれどそんなことがあった直後にお前たちは婚約を解消したんだ。俺には何かしらの後ろめたいことがあったようにしか思えない」
お兄様は私たちを睨んだ。
「フランツがここに来ることを許したのはいい加減はっきりさせたいからだ」
「レオナルド、俺は一旦席を外す。話が終わったら……」
「いや、そのままでいい」
立ち上がろうとしたリオンをお兄様が止めた。
「お前も気になってたんだろう? それに、リオンが聞いて困るような話なんてないはずだ。お前たちの言う通り本当に浮気なんてしてないのならな」
これもしかして怒ってる……?
お兄様に話したのはアデルやアレクに説明したことと同じ内容だ。
たぶんリオンには殿下が似たようなことを説明している。
ルカとの関係に対する説明としては不十分であることはわかっていたけれど、それ以上を説明することができずにはぐらかしてしまったのだ。
いつか改めて聞かれるとは思っていたけどこのタイミングで聞かれるなんて……。




