95.秘密のデート
三度目の街はやっぱり賑わっていて、もう立っているだけでわくわくしてしまう。
今日の私は公爵令嬢としてではなく、ただの観光客としてここに立っている。
「こっちでいいのか? 向こうの大通りの方が色々売ってるぞ」
「いいの。こっちには屋台があるんでしょ? すごく気になってたから」
以前訪れた方の大通りは比較的裕福な人々が訪れる。
もちろんその区画の中でも更に貴族御用達の店が集まるエリアとそうでないエリアがあるのだけど。
今日来たのは大きな広場の中にある、庶民が普段利用する市場。
道は狭いし屋台や出店が並んでいて雑然としている。
物が溢れていてどこを見ればいいのかわからない。
ヨーロッパのマルシェのイメージそのままだ。
マルシェは市場という意味だからそりゃ市場に来たらそうなるだろうけど……この世界、突然現代日本っぽいものが出てくるからこんな本格的な市場があるなんて思わないじゃない。
カラフルで華やかで見ているだけで楽しい。
「あ、フルーツジュース売ってる! 買ってもいい?」
「ああ、好きなのを選べ」
屋台の女性にミックスベリーのジュースを注文した。
お金のやり取りはルカに全部お願いしている。
市場についたときに持ってきたお金を自信満々に見せたら、こんな場所で金貨は使えないと言われてしまったのだ。
まあ確かに日本でもお祭りの屋台で開店直後に1万円札出したらちょっと迷惑がられるかもしれない。
大は小を兼ねるとは言うけれど、今回は過ぎたるは猶及ばざるが如しだ。
……ちょっと違うな。
しかし使えないと言われても金貨以外は持ち合わせがない。
どうしようもなかったので持ってきた金貨を全部ルカにあげて支払いをお願いしたのだ。
ルカがお金を持ってきてくれていて本当に助かった。
屋台の女性が差し出してくれたジュースを受け取って……って思ってたより大きい。
よく行ってたカフェの一番大きいサイズくらいかな。
入れ物は陶器やガラスではなく、ちょっと分厚いけれど、現代日本のような紙コップだ。
ストローもついている。
これだけみるとあまりファンタジー世界ってかんじがしない。
「思ってたよりすごく大きいんだけど!」
「まぁこんなもんだろ。貴族の食事は一つ一つが少ないからな。あれに慣れてると大きく感じるかもな」
「なるほど……。んー、甘くて美味しい!」
メニューにはラズベリー、ブルーベリー、ストロベリー、ブラックベリーと書いてあった。
異世界でも果物は美味しい。
食文化がヨーロッパ寄りではあるけれど、美味しさの基準は向こうと変わらない。
ただ、こちらはモンスターを食べる文化があるようだ。
ワイバーンやワーム、コカトリス、スライムなんてのは庶民もよく口にする食材らしい。
すごいファンタジー世界っぽくてテンション上がる。
「そうだ、ルカも飲んでみる?」
一人で飲むには少し多いけれど、二人で飲めばそうでもないはずだ。
上機嫌にルカを見上げて目が合ったところで、ルカが甘いものが苦手だと言っていたことを思い出した。
「あ、そういえば甘いものダメだったっけ。ごめん」
「……いや、飲みたい」
背の高いルカが少し屈んで私の持っているジュースのストローを咥えた。
三口ほど飲んで唇が離れていく。
彼のその口元を凝視してしまった自分に気付いて少し恥ずかしくなった。
「…………甘いな。まあ飲めなくはない……」
そう言うものの、お気に召したわけではないようで少しだけ残念だ。
「無理して飲まなくても良かったのに……」
「いや、お前と同じものを味わいたかった。……デートはそういうものだろう?」
「えっと、確かに同じものを食べられるのは嬉しいけど、でも無理されるのは嬉しくないよ」
「無理してない。お前が好きなものを俺も好きになろうと思う」
「なんで?」
「その方がお前が喜ぶだろう?」
……いや確かに好きなものが同じだと嬉しいことも沢山あるけどね。
違うものを好きならそれはそれで楽しいのに。
「別に合わせてくれなくてもいいよ。その代わりルカの好きなもの教えて。人の好きな物の話を聞くのが好きなの」
「俺の好きなもの…………お前の話をすればいいか?」
「え、なんで私??」
「俺の一番好きなものがお前だからだ」
「そ、そういうことを、こんな人がたくさんいる中で言わないで。恥ずかしいじゃん」
「どうせ俺たちの話なんて聞こえてないぞ」
「それでも恥ずかしいものは恥ずかしいの!」
いつもルカはストレートに愛情を表現してくれるけど、外で、しかもデート中に言われるといつもの三倍恥ずかしい。
「と、とにかく色々見て回ろ! あ、ほら、あっち美味しそうな匂いがする!」
私は誤魔化すように話題を変えた。
前方の方から香ばしい匂いがする。そちらに向かうとソーセージの屋台があった。
屋台の看板にはヴルストと書かれている。
まさにドイツ!
食べたい。ものすごく食べたいけど……。
ソーセージなんて食べたら臭いがついて疑われてしまうかもしれない。
…………今日は諦めよう。
そのヴルストの隣にある屋台を見るとフライドポテトが売っていた。
これだ!!
前に来た時もポテトを食べ歩きしている人達がいたことを思い出す。
そのときは我慢したけれどずっと食べたいと思っていたのだ。
ちなみに気にしていたのがお兄様にバレたみたいで翌日の朝食にフライドポテトが添えられていた。
それはそれで美味しかったのだけれど、でも私はもっと気軽に食べたい。
だってフライドポテトだよ!?
お上品に食べるものじゃないじゃん。
ということであれを食べよう。
「ねえ、あれ食べたい!」
「わかった」
買ってもらったポテトは少し太めのやつで、上にマヨネーズとケチャップがかかっていた。食べやすいように小さなフォークがつけられている。
そしてやっぱり量が多かった。
あれ、これ全部食べられるかな……。
「ありがとう。なんていうか、屋台のものって全部大きいんだね……」
「まあこんなもんだ」
食べてみると外はカリッとしてて中はほくほくでものすごく美味しい!!
出来たてだからめちゃくちゃ熱いけど。
ふーふーしながら食べることなんてこっちにきてからは無かったからちょっと新鮮。
ああ、これを食べながら映画でも見れたら最高に幸せなのに。ついでにビールも飲みたい。
「ルカも食べてみる?」
一本とってルカの方へ差し出すと、ルカは戸惑ったように目の前のポテトを見つめた。
「これ苦手?」
「いや……そうではないが……」
「……あ、もしかして食べさせられるのが嫌? 自分で食べる?」
何も考えずにやってしまったけど、子どもじゃないんだしこういうのは失礼になるかもしれない。
「いや、大丈夫だ」
ルカはフォークを持った私の手ごと掴んでポテトを口に入れた。
そのまま普通に咀嚼して飲み込んだ。
熱々なはずなのになんで普通に食べてるんだ。
「え、熱くなかった?」
「熱かった。お前は火傷しないように気をつけろよ」
「え、口の中大丈夫?」
「問題ない」
問題ないんだ。そっか。
ルカは痛みをあまり感じないみたいだから熱いのも平気なのかもしれない。
「どう? こういう味は好き?」
ジュースの時とは違って嫌な顔をしていない。
ルカの食の好みは甘いものが苦手だということしか知らないからこの際色々食べさせてみて好みを調べてみようと思ったのだ。
とはいってもこのポテトを食べないといけないから今回はほとんど試せないかもしれないけど。
「嫌いではないな。……食べ物に特に拘りはない。そもそも俺は血が飲めれば食事は必要ない。お前が望むならなんでも一緒に食べる」
「でもどうせ食べるなら好きなものを一緒に食べた方がいいでしょ? 今まで食べた中で一番好きだったものは何?」
「一番好きだったもの…………」
ルカは動きを止めて考え始めた。
長く生きているぶん昔のことを思い出すにも時間がかかるだろう。
私はジュースを飲みながらのんびり待つことにした。
道の隅の方にいるとはいえ、この背が高くて顔の綺麗な人がこんなところで突っ立ってるのは相当目立つだろうな。
魔法をかけてもらっていてよかった。
ルカは普段どうしているのだろうか。
爵位もあって仕事もあるのだから誰とも関わらずに生きていくことなんてできないだろう。
しかも見た目は誰よりもいい。そこに居るだけで女性が寄ってきそうだ。
少し羨ましいな。
ルカはまだ考え込んでいる。
さっき買ったジュースは半分になった。
そういえば少し前にタピオカチャレンジって流行ったな。
私は出来なかったけれど、マリアなら余裕でできるんじゃないだろうか。
……乗るかな。きっと乗るよね。
もしこれで乗らなかったら白いワンピースが紫色に染まってしまう。
ドキドキしながらそっと胸の上にジュースのコップを乗せる。
ゆっくりと手を離した。
……………乗ってる!
すごい、手を使わずにジュースが飲めてる!!
めちゃくちゃテンションあがったけど、さすがにこのまま飲み続けると零してしまいそうで不安だ。
乗せた時と同じようにゆっくりコップを胸からおろした。
ルカの方をみるとまだ先程と同じ格好で止まっていた。
「ルカ……?」
「あ、ああ、悪い。…………その、好きだったものが思い当たらなくて……」
「そっか。うーん……じゃあ一緒に好きなもの探そうか」
「別に俺の事を気にかける必要はない。俺はお前がいればそれでいい」
さっきもそうだけどよくそんな台詞を真顔で、それもこの人通りの多いこの場所で言えるな。
言われた私が恥ずかしくなってくる。
「またそういう事を言う……。あのね、好きなものが沢山あるのはいいことよ。世の中が好きで溢れてるって最高でしょ?」
「……そうか?」
「そうよ。好きな物は頑張る理由になるの。好きなものを食べたいから大変な仕事を頑張れたり、好きなものを買いたいから辛い仕事もこなせるんだよ」
「お前が頑張るのは仕事ばかりだな」
「まあ社会人だったからね……」
好きな物のためにお仕事を頑張るのだ。
そして稼いだお金を推しに貢ぐ。
それが私の幸せだった。
私は好きなものが多かった。
家族も友達も、趣味も仕事も、全部好きだった。
だから幸せだったし、だから帰りたい。
「別に食べ物じゃなくていいの。何でもいいからルカの好きなものが増えればいいなって思ってる」
「…………どうしてそう思うんだ?」
「私以外に好きなものが沢山あれば、私がいなくなってもずっと生き続けてくれるでしょう?」
私の言葉にルカの表情が悲しげに歪んだ。
一気に雰囲気が悪くなってしまう。
「あ、そんな顔しないで。暗い話がしたかったわけじゃないの。ごめんなさい。……ただ、私が死んだらルカも死ぬっていうのが悲しくて……。もちろん無理して好きなものを探す必要はないんだけど、一緒に過ごす中でルカの好きなものが増えたらいいなって。ルカにはこれから先も……私がいなくなった後も幸せでいてほしいの」
「…………そんなふうに思ってくれてるなんて知らなかった。ありがとう」
「お礼言われるようなことじゃないの。ごめんね、私の考えを押し付けちゃうようなこと言って……」
「いや、嬉しい。…………幸せを願われたのなんて生まれて初めてだ」
ルカはもう一度お礼を言ってくれた。
今まで見たことないような嬉しそうな表情に心が痛む。
ルカの好きなものを増やすのは全部私の保身ゆえのことで、いや、幸せになって欲しいというのも本心だけど、それよりも私への執着を軽くしたいというのが一番の理由だからだ。
できることならちょっと重いくらいの愛情になってほしい。
私が死んだら自分も死ぬ、だとか、居なくなったら世界の果てまで探しに行く、だとかは考え直してほしいのだ。
ついでに私を監禁するのも考え直してほしい。
元の世界に帰る方法を探しているとバレたら、きっとルカは怒るだろう。
隠し通せればそれに越したことはない。
でも、いつかは全てを話さなければならない時が来る。
その時に笑って別れることができればいい。
そしてこの先の人生をお互いに幸せに生きていければもっといい。
私はその考えを胸の内に秘め、なんでもないような顔をしてルカに寄り添った。




