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疑問


「あの塔に初めて行った時、君は既にルカと契約していたんだろう? どうしてルカを呼ばなかったんだい?」


 殿下は私の頭を撫でながら問いかけてきた。


 あまりにも脈絡なく聞かれたものだから当事のことを思い出すのに少し時間がかかってしまった。

 いや、それよりもこの距離の近さと状況の意味不明さに戸惑っていたせいだ。



 私の右側に殿下、左側にルカが座っている。

 とても近い。近いというかくっついている。

 せっかくの大きなソファーが台無しだ。

 せめて身体の間に拳ひとつぶんの隙間が欲しい。

 欲を言えば、二人とも向かい側にあるソファーに座ってほしい。

 どうせそのお願いは聞き入れてもらえないけれど。


 殿下は私の頭を撫で、ルカは私の手を握っている。

 身動きができなくて居心地が悪い。


 というか殿下がこんな近くにいると平静を保てない。

 必死に違うことを考えながらなるべく彼の顔を見ないようにしていた。

 それでも彼が話す度に隣に居ることを突きつけられてドキドキしてしまう。それに隣にいるのにまったく顔を見ないなんてことは不可能だ。


 態度や顔に出してしまわないよう必死に取り繕う。





 今は21時。夜だ。

 ベッドでごろごろしていたら突然ルカが殿下を連れてやってきたのだ。

 夕方に会っていたから今日はもう来ないと思って気を抜いていたのに。

 幸いにもちゃんと寝間着は着ていたし、見られてまずいようなことは何もしていなかった。


 とはいえさすがにこれを許すわけにもいかなかったから怒りつつも二人から事情を聞いた。


 殿下曰く、私の部屋に行こうとするルカを引き止めたら言い合いになってしまって気付いたら連れてこられた、とのこと。

 ルカは面倒だったから連れてきたと言っている。つまりルカが全部悪い。


 一応二人とも謝ってくれて、私はその謝罪を受け入れた。



 のだが、許した途端二人して私にくっついてきて離れてくれなくなった。

 私が好きだから、というわけではなく、単に相手に対抗心を燃やしているだけだ。

 相手が私に触ったから自分も触る。近付いたから自分も近付く。

 二人とも幼児かな?

 そして私は二人のおもちゃなのかな?

 何も言わないからって好き勝手するのはやめてほしい。


 でも子どもみたいなやりとりをする二人は可愛い。

 間に挟まっているのが私でなければどれほどよかったか。



 そうやって二人のやりとりを傍観していた最中に突然話を振られたのだ。

 そりゃびっくりするし、すぐには答えられない。


「えっと……あの時は本物の幽霊だと思っていたんです。一緒にいた方は誰も見えてないようでしたし、その、…………テンションが上がってしまって忘れていました」

「…………どういうこと?」

「だってあんなの絶対に幽霊としか思えないじゃないですか。さわったら制服汚れるかなーとか、どうやったら捕まえられるかなーとか、そんなことを考えてて…………あの、その、ごめんなさい……」


 隠すようなことでもないので正直に白状したのだが、話しているうちに二人の顔が険しくなってしまったので言葉を続けられなくなった。

 悪い事をしたつもりはつもりはなかったのだけどいたたまれなくなって謝罪する。

 なんでこんな空気になっているのだろう。


「あれにさわるつもりだったの?」

「え、ええ。だって幽霊にさわれるか、気になりませんか?」


 もしさわれるのなら硬いのかそれとも柔らかいのか、温かいのか冷たいのか、気になることは山ほどある。


「捕まえてどうするつもりだったんだ?」

「どうするって……気になることを片っ端から調べてみるとかかな」

「怖くなかったの?」

「最初は怖くなかったです。さすがに襲われたときは怖かったですけど」

「…………どうしてあれが平気だったの?」

「だって幽霊ですもの。怖いっていう気持ちより不思議で面白いっていう気持ちの方が強くて」

「面白かったんだ……」

 

 もともと心霊現象に興味はあったのだ。

 見れるものなら見てみたいし体験してみたい。

 幽霊が出ると温度が下がるとかプラズマがどうのこうのとか、ずっと確かめてみたいと思っていた。


 もちろん、今の私は恐怖を感じにくくなっているからそのおかげで怖くなかったというのもある。

 本来の私があれを見たとして……うん、見るだけなら大丈夫な気がするな。

 血の臭いだってなかったし、ぐちゃぐちゃ過ぎて逆に現実感なかったから。


「幽霊の持つ剣に切りつけられたらどうなるのかはすごく興味があったのですが……結局本物の幽霊じゃなかったので、あの時は避ける判断をして正解でした」

「そんなこと思ってたんだ……」

「その時何もしなければこいつに付き纏われずに済んだのにな」

「絶対にそんなことはしないわよ。ただ、代わりに私が斬られたらどうなるかなーとかは一瞬思ったけど……」


 あの時相手が狙ったのが殿下だったから私は動けたけれど、もし私に向かって来ていたらちょっとドキドキしながら斬られるのを待っていただろう。

 そうならなくて本当によかった。


「いや、お前はどうしてそんな無謀なことをやりたがるんだ?」

「だって気になるじゃない。相手は幽霊なのよ?」


 ルカも殿下も呆れたような顔をしている。

 少しくらい共感してくれるかなーとか思ってたのにダメだった……?


「わ、私だって最初から幽霊じゃないってわかってたらそんなことしませんよ?」

「マリア、得体の知れないものに対しては少しは警戒しようね……。そんなことしてたら命がいくつあっても足りないよ」

「一応警戒はしてるつもりなんです……。危ないものには近付かないようにしてますし……」


 申し訳なさはあったけれど、ちゃんと気をつけているのだと自己申告しておいた。

 私だって死にたいわけではないのだ。


 ちなみに幽霊は取り憑かれてもちょっと怖い思いをするだけだからノーカンで。

 あ、あれは幽霊じゃなかったからノーカンにできないか。


 それに幽霊のせいではないけれど悪夢を見るようになってしまったので、私は自分で思ってたよりも精神的に弱いのかもしれない。

 そう思うと殿下の言う通りもう少し慎重になった方がよさそうだ。反省しよう。


「………………ルカ、マリアに何かあったときに呼ばれなくても助けに行けるようにならないかい?」

「もうしている。こいつが少しでも怪我したり恐怖を感じたりしたらわかるようになっている」

「えっ、そうなの!?」


 少しでも怪我したらってどの程度だろうか。

 針で指を刺すのもダメなのかな?

 転けてしまって手や膝を擦りむくのもアウト?

 打ち身ももしかして怪我に含まれる?。


 今日よろけて頭を打ってしまったこと、ルカは知っているんだろうか。


「ああ。だからもう少し落ち着いて行動しろ。じゃないと俺はずっとお前について回るからな」


 ルカは私の額を指でつついた。

 そこは部屋の扉にぶつけてしまった場所だ。

 ああ、知ってるんだな……。


「それってわかるだけ? 見えたりしないのよね? それに、恐怖以外の……嬉しかったり悲しかったりは伝わらないよね?」

「…………見て欲しいなら全部見てやるしお前が望むなら全てを把握することはできる」

「いえ、結構です」


 そんな監視される生活なんて御免だ。


「今は僕がいるから大丈夫。マリアがうっかり危険なものに関わらないよう僕が見守るよ」

「それも結構です。それくらい自分で判断できますから」

「今まさに危険が判断できてなかったという話をしてたと思うんだけど?」

「それは……その……次は気をつけます……」

「うん。だから君が判断できるようになるまでずっと隣にいるから安心していいよ」

「ずっとって……」


 ずっとこんな近くにいられたら逆に危険だ。

 ドキドキしすぎて変なことしてしまいそう。

 いやもう取り繕えないくらい、変なことしてるのを見られているけれど。


「それに、近くにいた方が君も僕に慣れてくれるだろう?」


 顔を両手で挟まれて殿下の方を向かされた。

 目の前に殿下の顔がある。

 顔を逸らしたくても逸らせない。

 なるべく見ないようにしていたのに、こんなふうにされたら意識してしまうじゃないか。

 顔が熱くなって鼓動が早くなる。


 殿下は嬉しそうに笑った。


「うん、まだ僕のことが大好きみたいだね。今日はずっと目を逸らされてたから心配だったんだ」

「っ、だって、みんなの前で近付いてくるから……」


 二人きりのときならまだしも、クラスメイトの前で醜態を晒すわけにはいかない。

 というか少し前まではこんな強引に距離を詰めてきたりはしなかった。

 婚約を解消したはずなのに、むしろぐいぐい来られてるのはどうしてなのか。


「僕は君のことが好きだから仕方ないじゃないか。好きな人とはずっと一緒にいたいんだ。君だってそうだろう?」

「それは、そうですけど……」

「よかった。じゃあずっと一緒にいよう」


 殿下は嬉しそうに目を細めた。

 その幸せそうな表情に私の頬も緩んでしまう。


 好きな人が笑っているだけでこんなに嬉しくなるものなのだと初めて知った。

 これはマリアの身体のせいなのだろうか。

 これまでの恋人相手にこんな気持ちになったことは一度もなかったというのに。


 殿下の顔がゆっくりと近付いてくる。

 私は目を閉じてそれを待った。


「いい加減にしろ。毎回俺の目の前でイチャつくな」


 苛立ったルカの声がして私は殿下から引き剥がされた。

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