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翻訳の話

本編のどこかで入れようと思いつつ結局どこにも入れられなかったので番外編にしました。

異世界だけど言葉が通じるので、不思議に思って色々試してみたお話。




「私、社畜だったから」


 私は自他共に認める社畜だった。


 定時退社日や課の飲み会がある日以外は基本的に21時退社。忙しい時期は日付を跨ぐことも珍しくないし、ごく稀に次の日の昼まで帰れない、なんてこともあった。

 不満がないといえば嘘になるが、好きな仕事だったし楽しかったから辞めたいとは微塵も思わなかった。


 それでも友人や家族からは心配されるわけで、社畜という言葉を使って自嘲することでいつもはぐらかしていた。




 だからうっかりここでもその言葉を使ってしまったのだ。

 『社畜』なんていう言葉が存在しないことはわかりきってるし、その言葉がどういう意味の言葉に翻訳されるかもだいたい予想できる。


「お前奴隷だったのか……」


 ルカは驚いたのか少しだけ目を見開いた。

 いつものように陛下の執務室に呼ばれてお茶を飲んでいたのに、私の失言のせいで部屋の空気が凍りついた。


 どうでもいいけど、ルカはなんで皇宮にいるのに子どもの姿なんだろう。


「違うわ。奴隷じゃなくて……えっと、翻訳のせいで奴隷って言葉になってしまったみたいだけど私が言いたかったのは……その、えっと……そうそう、ワーカホリック! ……あれ、その言葉あるかな?」


 私に備わっている翻訳機能は便利だけれども少し癖がある。

 基本的には意訳してくれるようだが、この国に存在しない言葉は近しい言葉に置き換えられるのだ。

 先程の社畜が奴隷に変換されたように。


 ちなみにネットスラングのような近い言葉すら存在しないものは造語とみなされる場合と意訳される場合があって実際に言ってみなければわからない。

 たまに全く違う意味で伝わることもある。

 『草生える』と言う言葉はその言葉通りの意味で翻訳されたらしく混乱させてしまったことがある。

 『ぬるぽ』は造語として処理された。

 確かに私もその言葉の意味をよく知らないから意訳のしようもなかったのかもしれない。

 『リア充』は何故か通じた。不思議だ。


「ああ、その言葉ならあるよ。君の国では奴隷と仕事中毒が同じ意味を持つのかい?」

「同じ意味というより、もっと揶揄するようなニュアンスの言葉というか……。会社の家畜なのでもっと悪い言葉です」

「お前はそれを自称するのか……」


 少し呆れたようなルカに返す言葉が見つからなくて笑って誤魔化した。


「仕事中毒というならカールが当てはまると思うけど、向こうでの君もそんな感じだったの?」

「働く時間だけでいえば近いかもしれません。だいたい朝8時半から21時過ぎまで会社にいました。たまに徹夜することも、休みの日に働くこともありました。あ、でもお父様と違って基本的には土曜日と日曜日がお休みでしたよ。それなりに遊べる程度の長期休みもありました」

「……カールにも休みは与えているだろう? たまに領地に帰ったり君と出掛けたりしてたはずだよ。それに最近は君と一緒に早く帰っているし、奴隷と揶揄されるほど働かせてはないよ」


 陛下は少し気まずそうに言い訳をした。

 血は繋がっているけど父親じゃないし、休みが少ないことを責めてるわけじゃないんだけどね。

 あとお父様は間違いなく働くの好きだから寧ろ忙しい方がいいんじゃないかな。


「お前はどんな仕事をしてたんだ?」

「設計よ。家電……えっと、こっちでいうと魔道具のような道具を作ってたの」

「魔道具士のような仕事ってことか?」

「まあ、そんな感じかな。向こうは分業化されてて、一人で全てを作ることはないんだけどね」


 こっちの魔道具は設計も製造も基本的に一人で行う。

 動力となる核は別売りするため、魔法が使えなくても魔道具士になれるのだ。とはいっても魔道具士になるには資格が必要で誰でもなれるわけではない。

 資格の取得は難しく、魔道具士になれる人間はひと握りだ。

 平民が就くことの出来る職としては最も高収入であるため、平民の間では人気の高い職なんだそう。


「お前仕事が好きだったって言ってたよな。魔道具士になりたいのか?」

「興味はあるけど……今のところなりたいわけではないかな」


 そもそも職に就くような年齢になる前に向こうに帰りたい。

 帰れなかったとしても、魔道具士になることをお父様は許してくれないだろう。

 貴族の女性の就職先は侍女か年下の令嬢の家庭教師くらいだ。


「私が働ける場所なんて限られてるし……家庭教師くらいならなんとかなるかしら」

「卒業後のことはすぐに決める必要はないだろう。まだ暫くは自由に動くこともできないわけだし、ゆっくり考えるといい」

「そうですね。もう少し考えてみます」


 とは言っても二年半なんてすぐ過ぎてしまう。

 元の世界には帰るつもりだけれど、そればかりに掛かりきりでいると、いざ帰れないとわかったときにどうにもならなくなってしまう。

 貴族令嬢としての人生とは違う道を行くのであれば早く動かなければならないだろう。


 いやまあ、平民として生きていけるとは思わないけど。

 この世界は魔道具という便利な道具があるのだけれど、それらは全て貴族の利益になるような機能のものしかない。

 つまり使用人がやるような掃除や洗濯のための魔道具は存在しない。

 昔ながらの手作業だ。無理無理。

 こんな世界で家事なんてしてたらそれだけで一日が終わってしまいそう。

 この世界の平民はたぶんみんな有能なんだろうな。

 現代日本に生まれてよかった。

 早く戻りたい。


「そういえば今日はもう言葉の確認はしなくていいのかい?」

「……確認したい言葉は沢山あるのですが、その、お邪魔になりそうなので……」

「ああ、確かに少し……いや、面白かったからいいんだけどね」


 前回は日本語だけでなく英語や中国語も翻訳されるのかが気になって、ひたすら知ってる単語をルカに復唱してもらった。

 幸い挨拶の言葉だけなら色んな言語で言える。甥と姪の図鑑を一緒に見ただけだから発音はかなり怪しいけど。

 ずっと私たちが『こんにちは』と言い合うのを見て陛下は苦笑していた。

 私としては毎回違う言語だったんだけどね。


 とにかく私に備わっている翻訳機能はそこそこ有能なようだった。

 言語の違いはもちろん、方言もしっかり対応してる。

 『机をつる』も『なおす』も『えらい』もちゃんと伝わった。

 


 と、ここまで確認した後に気付いたのだが、他言語も方言も単に意訳されているだけなのかもしれない。

 だから私が『こんにちは』だと思って口にした言葉は全てこんにちはと訳されて伝わるのかも。

 検証してみたいけど、これどうやったら検証できるのか。

 暇な時にでも考えてみよう。


「じゃあ今から休憩するよ。だから気にせず確認するといい」


 陛下はにっこりと笑って手を止めた。

 それはそれで困ってしまう。

 確認したいことはあるけれど、そんなに楽しいものだとは思えない。

 期待するような視線を向けられても応えられない。面白いことなんてなんにもないですからね。


「えっと……そ、そういえば翻訳されない言語があるのか知りたいと思ってたの。ルカ、エルザス語以外の言葉で話しかけてくれる?」

「……何でもいいのか?」

「ええ。色んな言語を試してみたいの」

「俺は何を言えばいい?」

「なんでも構わないわ。世間話でもいいし何か質問してくれてもいいし……」

「ならお前のことを聞かせろ。……好きな食べ物は?」

「えっ、えっと、色々あるけど…………一昨日食べたガレットが最近では一番好きかも」

「好きな色は?」

「うーん、黄色……かな。緑や青も好きよ」

「宝石は好きか?」

「好きじゃないわ。綺麗だと思うけどそれだけね」

「そうか、なら……」

「待って。今って本当にエルザス語以外の言葉で質問してくれてる?」

「ああ、さっきからずっとそうだ。今のところ六ヶ国語は問題なく翻訳されてるな」

「しかも君は質問された言語と同じ言語で回答してるね。発音も文法も完璧だよ。何か意識してそうしてるの?」

「いえ、聞かれたことに答えただけで、外国語を話してるとは思いませんでした……」


 私には日本語で質問されて日本語で返したという認識しかない。


「翻訳の話を聞いた時は半信半疑だったけど、実際に目の当たりにすると便利で使い勝手のいい能力のようだね」

「自分が今何語を話しているのかまったくわからないので若干不便な能力に感じますが……」


 外国語で話しかけられてもきっと私は気付かないし、たまに推理小説や漫画であるような、方言やイントネーションから出身地を推測する、なんてこともできやしない。


「それでもどんな言語でも会話できるのは便利だ。今の俺の言葉もわかるだろう?」

「え、うん。何語を話してるの?」

「ヒストル語。帝国ができる前に滅亡した国の言葉だ。この言葉を話せる人間はもう何処にもいない」


 ルカの言葉を受けて陛下の方を見ると苦笑を返された。


「今君たちが話している内容は僕にはわからないよ。僕に聞かれたくない話をこんな場所でするのは……いやまあいいけど。何にしても君の能力が便利なものだというのは確かなようだね」


 という事は今話しているというヒストル語を使えばいつでもどこでも秘密の話ができるのか。

 ルカ相手なら魔法で隠してもらえばいいからあえてこのヒストル語とやらを使う必要性はないのだけど。


「という事だ。次の質問に答えろ。お前はどうやったらフランツより俺を好きになってくれるんだ?」

「そ、そんな困ること聞かないでよ。答えられないじゃない」

「なら質問を変えてやる。俺のことは今どのくらい好きなんだ?」

「どのくらいって……えっと、すごく好き、くらいかな……」


 答えた瞬間、ルカは嬉しそうな表情になった。

 子どもの姿だからそれがとても可愛らしい。


 しかしルカはすぐにいつもの表情に戻って次の質問をしてきた。


「ちなみにフランツはどのくらい好きなんだ?」

「えっ、ちょ、なんでそんな事聞くの!?」


 殿下のことは変わらずに好きなままだった。

 あの日からまだ一週間も経っていないのだ。そうそう気持ちが変わることは無い。


 この気持ちを言葉で表すとしたら、どんな言葉が合うのだろう。


「えっと……死ぬほど好き、かな……」


 自分で答えたことだけれど、なんか馬鹿みたいで恥ずかしい。

 死ぬほど好きってなんだ。語彙力無さすぎだ。

 もっと他にいい言葉があるだろうに。

 いや思いつかないんだけどさ。


「…………聞かなきゃよかった」


 ポツリと呟いたルカの表情はこれ以上ないくらいに不機嫌なものに変わっていた。


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