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◆変化3




 自室に戻った時には疲れ果てていた。

 もう何も考えたくない。

 ベッドに横になって目を閉じた。





「まだ眠るには早いだろう」


 その声は先程まで一緒にいたヴォルフ侯爵のものだ。

 窓の方へ視線を向けると、そこに先程と何一つ変わらない姿で彼は立っていた。


「…………疲れているんだ。帰ってくれ」

「驚かないんだな」

「驚く必要がないからな。貴方が僕の敵でないことは知っている。それに僕を殺すつもりでここに来たのなら抵抗したって意味は無い」


 無断で部屋に侵入してきた男が人間でないことはわかっていた。

 あの塔で使われていたのは古代魔法と呼ばれる人間には使うことも干渉することも出来ない魔法だ。

 そして目の前の男はその古代魔法を消滅させた。


 ならば彼もまた古代魔法が使える種族の一員なのだろう。


 そして彼は父上の友人でマリアと親しい間柄だ。少なくとも僕を害するような立ち位置にいない。

 だから警戒する必要は無いし、しても無駄だ。


「…………まあいいだろう。今日はお前と話をするために来たんだ」

「日を改めてくれ。今は誰かと話す気分じゃない」

「それがマリアの話でもか?」

「…………どういうことだ?」


 その名前を出されては彼を追い返すことなどできない。

 彼女のことは僕の中で最も優先すべき事だ。

 起き上がって侯爵の目を見る。適当なことを言っているわけではないだろう。


 彼はマリアの知り合いだという。

 しかし知り合いと言うにはマリアに対する言葉が、態度があまりにも馴れ馴れしかった。

 そしてマリアもそれを咎めはせず、当たり前のように受け入れていた。

 一度や二度会った程度でそうなるとは思えない。

 帝都に来てからの彼女の行動は殆ど把握している。僕の知っている限り、彼と頻繁に会うことはできなかったはずだ。

 いつ何処で二人は会っていたのか。


 気にはなっていたがマリアに直接聞くことはできなかった。

 


 彼は笑ってどこかから椅子を持ち出し目の前に座った。


「まず、気付いているとは思うが俺は人間ではない。吸血鬼だ。フェルディナント、お前の父親と契約して血を貰う代わりに力を貸している」


 正直そんなことどうでもよかった。

 僕が必要としているのはマリアに関する情報だ。


「そしてマリアとも契約している。あいつが俺に差し出すのは血と唾液だ。それらを対価にマリアを守っている」

「は……? なんで唾液……それは……どうやって……」


 血はわかる。吸血鬼だから。

 でもどうして唾液? どうやって差し出すのか……。

 まさか。いやでも……。


「そんなことわざわざ聞かなくともわかるだろう? それで、今回お前に協力してやったのはマリアに頼まれたからだ」

「待て、それは…………そんな馬鹿なこと信じられるわけがない」

「お前が信じようが信じまいが関係ない。それは事実だ。俺はここに居るように、毎晩マリアの部屋に訪れている」


 その事実を僕はどう受け止めていいのかわからなかった。

 毎晩部屋に男を招いて口付けを交わすなんて、婚約者である僕を裏切る行為だ。


 いや、もしかしたらこの男に強要されているのかもしれない。

 マリアが、彼女が自らそんなことをするわけがない。だって彼女は僕の婚約者で、僕のことを慕ってくれているのだから。

 


「すべてマリアが許可したことだ。俺はあいつが拒絶するようなことはできないからな」

「…………」

「今回の件は全てお前に一任されている。それはお前がマリアの婚約者だからだ。謀反人を突き止めるためには俺の力がどうしても必要になるからな。マリア経由で俺を使えということだ。だが、俺はまだお前に協力するつもりはない」


 その含みのある言い方に苛立った。


「……ならどうしてここにやってきた?」

「確認しに来たんだよ。お前がマリアにとって本当に必要な人間かどうかを」

「それはマリアが決めることだ」

「だが選別は必要だ。全てをあいつが決めてたら無駄に傷付くだろう? お前だってそう思うからマリアに何も話さないんだ」

「…………それとこれとは話が別だ」

「同じだ。とにかく、お前が決めることは一つだけでいい。マリアを許すかどうかだ」

「どういうことだ?」

「俺とマリアの関係を受け入れるならば、俺はお前に力を貸してやる。拒絶するのなら俺一人でマリアを守る。裏切った婚約者といつまでも関わりたくないだろう? お前はマリアが来る前と同じように一人で自由に過ごすといい」


 その物言いに怒りが沸いた。

 後からやってきて、婚約者がいるマリアに手を出した男をどうして僕が受け入れないといけないのか。


「何を勝手なことを……。僕がマリアを守るのは皇帝陛下から直々に受けた命だ。侯爵であるお前が覆せるようなものではない」

「俺にマリアを守るように命令したのもフェルディナントだ。さらに言うなら、あの塔にあった魔法陣と同様のものが学園の中央棟にもある。それをフェルディナントは知っている。お前が俺の協力を得られないのなら関わるだけ無駄だろう?」

「…………」

「明日の夜同じ時間にまたここへ来る。それまでにどうするか決めておくといい」



 そう言ってそいつは消えた。

 比喩でもなんでもなく、一瞬にして目の前から消え去ったのだ。


「くそっ……」


 苛立って天蓋に繋がる柱を殴った。


 何もかもがめちゃくちゃだ。


 変わってしまったマリアのことだけでもどうしていいかわからないのに。

 さらに彼女が僕を裏切って男と毎晩会っていたなんて。


 やはり彼女はマリアではない別人なのだろう。マリアなら絶対にそんなことしないはずだ。

 僕を裏切って他の男と関係を持つだなんて……。



 今まで僕がしてきたことはなんだったのだろうか。

 マリアではない彼女のために、彼女が傷つくことの無いように手を尽くしてきた。

 それなのに彼女は僕を裏切った。あまりにも酷い仕打ちだ。


 二人の関係を受け入れるかだって?

 そんなの受け入れられるわけがない。


 このまま婚約を破棄して金輪際彼女と関わらないように、彼女を見ることのないようにしてしまおう。



 それが僕にとって最もいい選択だ。

 …………そのはずだ。

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