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◆変化2



 ルカは目の前でため息をついた。


 ため息をつきたいのはこっちの方だ。

 マリアとの結婚においてルカが一番の障害といっても過言ではない。

 けれど彼をマリアの傍から排除することは出来ない。


 何故ならばマリアはルカに依存しているからだ。


 そしてルカもまたマリアに依存している。

 ルカはマリアのためなら何だってするだろう。


 そもそもルカが僕に全てを打ち明けたのはマリアの為だという。

 僕を守るのもまたマリアの為だ。

 マリアが望むからそうするらしい。


 そしてルカはマリアが僕を選んでも構わないという。

 その言葉の通り彼は積極的に僕の邪魔をすることはない。

 三人でいたときも僕とマリアのやりとりを少し離れた場所で見守っていただけだった。



 まったく理解できないけれど、本人がそれでいいなら僕が口出しすることではない。

 それに彼の力は得難いものだ。

 少なくとも彼がいればマリアが死ぬことはないだろう。

 精神的な傷を負うかもしれないが、それは僕がケアしてあげればすむことだ。


 いや、そもそもそのような状況にマリアを追い込んではいけない。

 危険や恐怖といったものを彼女の周りから排除しなければ。そうしなければ彼女を失ってしまうかもしれない。



 僕はあのときにそうすると決めたから。






*****



 塔の外はまだ明るくて、目の前にいるマリアの綺麗な銀髪もレオと同じ色の瞳も表情もしっかりと見ることができた。


「何か、私がフランツ様のためにできることはありますか……?」


 僕を気にかけてくれているマリアは真っ青な顔をしている。


 目の前で人が死んだのだ。

 例えそれが罪人であろうと、マリアのように何も知らずに生きてきた少女が耐えられるような出来事ではない。


 なのに。



「じゃあ……少しだけ肩を貸してくれるかい?」


 頷いたのを確認してマリアを抱きしめる。

 彼女からは仄かに甘い香りがする。

 彼女の好きな薔薇の香油の香りだ。


 髪も香りも顔も手も、確かにマリアだ。

 昔からずっと見てきたマリアだ。




 でも今僕の腕の中にいる彼女はマリアではない。




 ずっと別人のようだと違和感を抱いていた。

 頭を強く打って人が変わったようになる話を聞いたことがあったから、マリアもそうやって変わってしまったのだと思っていた。

 それでも変わらない部分もあって、だから彼女はマリアなのだと思い込んでいた。






 だけど、頭を打ったからといってこんなふうになるだろうか。


 マリアは優しくて怖がりな子だった。

 暗闇が怖いのだと静かに泣くような子だった。


 そんなマリアがあんなふうに人が死ぬところを見て気を失うことも叫ぶこともしないなんてことはありえない。

 マリアでなくとも女性ならば、いや、人の死を目にした事がなければ男性だって平静ではいられないだろう。


 そもそもあそこにいたあの生ける屍のような騎士を見て平然としていられることもおかしいのだ。

 彼女から話を聞いた時はもっと人に近い見た目だと思っていた。

 まさか皮膚が剥がれ、肉や骨どころか内蔵も飛び出しているだなんて。

 


 今僕が抱きしめているこの子は誰なのだろう。

 見た目は、というか、身体はおそらくマリアだ。


 でも中身は違う。


 

 じゃあマリアはどこに行ってしまったのか。


 僕が見ていたマリアの面影は何だったのか。

 あの仕草は、あの癖は、確かにマリアのものだ。

 昔の記憶だってある。

 僕やレオと談笑できるほど、いや、それ以上に、まるで記録を見ているかのように事細かく昔のことを覚えていた。

 それに誰も彼女を疑っていない。

 溺愛している家族でさえも、彼女をマリアだと信じている。


 レオも、変わってしまったけれど彼女は確かにマリアなのだと言っていた。



 みな口を揃えてまるで別人のようだと言う。

 でも彼女をマリアではないと言う人はいない。

 


 もしかして彼女を疑う僕の方がおかしいのか?


 身体と記憶がマリアそのものなのだから、彼女はマリア本人で間違いないのではないだろうか。

 そうでないというのならば、身体と記憶が異なるマリアと同じ性格で同じ考え方の女の子はマリアなのか? 

 





 わからない。


 仮にマリアとは別人だったとして、本来のマリアはどこにいってしまったのか。

 本来のマリアに戻せたとして、そのときこの子はどうなるのだろう。

 幻のように消えてしまうのだろうか。



 いや、違う。

 マリアの中に別人が入り込めるわけがない。

 だからこの子はマリアだ。

 ただ変わってしまっただけだ。


 いや、違う。

 この子はマリアではない。

 だってマリアはあれを見て立っていることなんてできない。

 マリアであるわけがないんだ。



 何もわからないけれど、一つだけ確かなものがある。




 僕はこの腕の中にいるマリアのことが好きだった。

 この子がマリアなのかどうかはわからない。


 それでも好きだった。

 好きになってしまった。


 



 手が震えてしまっている。

 僕は間違っているのだろうか。

 この気持ちは消し去ってしまうべきものなんじゃないだろうか。


 優しく背中を撫でてくれる手を愛おしいと思うことは罪なのではないだろうか。









 いくら考えても答えは出ない。


 マリアを見送ったあと、報告を受けて指示を出して……正直あまり覚えていない。

 取り乱したり泣いたりするほどの余裕はなかった。


 


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