ムイの知ること
まずは何から話したらよろしいのでしょうか。私のこと、亜慈瑠院のこと、そして美着尼のこと。あなた様方がお聞きになりたいのは美着尼だけと思いますが、それを説明するには私のこと、亜慈瑠院のことをお話しないわけにはいきませぬ。
私はムイと申します。物心がつく頃には焼け落ちたあの尼寺、亜慈瑠院におりました。あそこで生まれたのか、どこかから引き取られたのかは私にはわかりませぬが、引き取られてきたものだと考えております。
と申しますのも、お察しの通り肉欲に溺れてはいますがこれでも一応は尼僧、子供を設けることはございません。亜慈瑠院にいた尼僧も同じであります。産むことはなくとも、それでも赤子を預かり育てることは珍しくありません。私もそういった尼僧に育てられた一人だったのでしょう。
どこの誰から引き取ったのか、これは今でもわかりませぬ。亜慈瑠院を父と母と、そして仏の教えを父であり母であると考え育って参りましたから誰が親なのかなど興味はございませんでした。
しかし美着尼のことを知るようになり、私の出自について興味が芽生えました。
このように背丈は他の女性よりも随分と高く、狼の目と呼ばれるこの三白眼。似たような容姿を持つものを江戸で見たことがございません。両親は江戸の者ではないのでございましょう。
もしかしたらあなた様方も私のような容姿を見たことがないかもしれません。ただ、それはあなた様方も同じ。
あなた様の青い瞳と栗毛と大きな胸、そちら様は琥珀色の瞳に赤毛。ご自身と同じような容姿をこの江戸で見つけたでしょうか?これまでの旅で見たことがあったでしょうか?見つけていないはずでございます。
聞くところによれば、私たちのような容姿は東国では時々見られるようでございます。
そして、私たちが身につけているこの獣毛、亜慈瑠院では美しい尼が着ると書き、美着尼と呼んでおりました。しかし、元々は別の漢字が当てられていたと聞いたことがあります。
美しい鬼を以て、と書き美鬼以と。
美しい鬼を以て何をするのかと言いますと、天下を統べる。つまり大権現様(徳川家康)が天下統一を目指した際に鬼の力を借りたという話を耳にいたしました。
美しい鬼はこの獣毛を身にまとうことで本来の力を発揮し、天下を統べるために協力したと。
不思議なことに、この獣毛のビキニだけで誰もが力を発揮できるわけではございません。ビキニの他に、鬼の血とそれを覚醒させる経験、この三つが揃わなければなりませぬ。
ここまで話して察することがあったと思われます。私たちの特徴的な容姿はどうやら鬼のものらしいのであります。
私の力をご覧になりあなた様方との地力の違いを感じられたことでしょう。私は美鬼以の力、鬼の力を借りているのです。
そしてあなた様方も容姿に特徴があり美鬼以を身に着けている。鬼の力を借りようとしておられるのでしょう。
ただ、あなた様方は獣毛のビキニと鬼の血は揃っておりますが、それを覚醒させるための経験が足りないようでございます。覚醒させるための経験にはいくつか種類がございます。私の場合は快楽でございました。
亜慈瑠院にはもう一人美着尼を使う者がおりますが、彼女は死への恐怖でございました。先程のあなた様の反応を見ると死への恐怖は感じられないようでありました。
死への恐怖がなければ、あなた様を覚醒させるには快楽がよろしいでしょう。案じることはありません。私が一晩ほど手ほどきをして叶えてみせましょう。
先ほどから申し上げている鬼について、誰から聞いたのか気になることでしょう。それは亜慈瑠院のもう一人の鬼からでございます。
彼女は修行と称して旅をして時々ふらと帰ってはくると私に旅先のことを話して聞かせました。その中に東国の鬼のこと、美着尼ではなく美鬼以と書く、私たちも鬼なのだ、そんな話しがございました。
私としては彼女を信頼していないわけではございませんが、当時その話の全てを受け入れることは出来ませんでした。
確かに私も彼女も不思議な力を持っている、しかしそれが鬼の力だと言われて信じるでしょうか。鬼というものがこの世にいるなんてとあなた様方もお思いのこと。私とてそれは同じでありました。
しかし、こうして我々のビキニと同じものを着るあなた様方がどこからか現れた。さらにもう一人、あなた様方とは違い私と同じように鬼の力を引き出した者まで現れた。これは彼女が聞かせた鬼の話を信じないわけにはいきません。
亜慈瑠院の事も少し説明させてください。亜慈瑠院は女性を保護する尼寺であると同時に江戸における諜報活動を行っておりました。
諜報の対象は主に各藩の大名屋敷でございます。反乱が起こらぬように監視をするのがお役目でございました。
天下泰平の世を作り上げるために御公儀は過剰な戦力を無効化し排除するため亜慈瑠院は活動を行っておりました。
皮肉なことに、天下泰平の世となってしまえば私たちこそが御公儀にとって余計な存在となってしまったのでございます。
あなた様方もそうなのでございましょう。御公儀は鬼を切り捨てることを決めたのでございます。
御公儀からの命を受けて仙台藩がビキニ殲滅という難儀な活動を行っている、諜報活動を通じてそんな情報は掴んでおりました。ですから亜慈瑠院が焼かれることも薄々気がついておりましたし、このように逃げることも出来ました。
恐らく御公儀は仙台藩の弱体化を狙って外様にも関わらず仙台藩に依頼したものと存じます。
しかし仙台藩もまた一筋縄でいかない者たちであります。仙台藩はこれを機と見るや鬼の力を独占するため幕府側の鬼だけを殲滅せしめようと活動しているのでございます。
仙台藩が治める東国、さらに遠く蝦夷には少数でしょうが鬼がいると聞きます。その鬼の中には仙台藩に仕えている者もいるそうでございます。先程の方はおそらくそれでございましょう。
つまり御公儀と仙台藩それぞれの思惑により鬼と鬼が殺し合っているのでございます。
私はこれを良しとしません。あなた様方のような可愛い娘を滅ぼしたくはありませぬ。もっともっと沢山の鬼と交わりこの口で味わいたいのでございます。
鬼と鬼の殺し合いを止めるためには知る必要がございます。鬼の秘めた力について、鬼を殺そうとする鬼について、そして他にどんな鬼がいるのか。
あなた様方も私も知らないことが多すぎます。
私も鬼についてはまだまだ知らぬことばかりで今話した内容には多分に推測も含みますゆえ、これから鬼について調べるために東国へ向かい確かめたいと考えておりまする。
あなた様方の求めるものも東国にあるでしょう。つきましては、私と一緒に東国へ行ってはくれぬでしょうか?




