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 その日はリンの希望通り、野宿ではなく宿へ入ることにした。ただ、どこへ泊まったものか。

 日本橋まで戻るのもいいが日本橋は江戸一の繁華街でございます。お上の目に止まるようなことはしていないが、それでも少しだけでも目が届きにくくなるだろうと考え、尼寺からは少し遠くなるが浅草の外れで一泊することとなりました。


 明るくなると朝も早くから宿を後にして、尼僧と対峙した、そして敵であるリクを見失った尼寺、亜慈瑠院(あじるいん)へ向かった。

 江戸に入って早々リクを見つけたとは言え、敵討ちは長期戦になると覚悟をしている。長期戦に備え「どこか長屋を借りるか、それとも宿を転々とするか」ナミは悩んでおりました。尼寺へと向かう道すがら、一応リンに相談することにした。


「働き先がわからない女二人が長屋に住んでいたら怪しいだろ」

 長屋がいいと主張するリンに対してナミは長屋には反対だった。

 当時は住み込みで働くことが多い時代でございます。長屋に住む者は今で言えば自営業が多かった。大工や左官、易者や芸人にあん摩、それに浪人や侍。

 職のない女二人が長屋に住んでいては怪しまれると考えるのは当然でしょう。


「じゃあ行商人になろうよ。行商人として売り歩いていれば長屋に住む人だって怪しまないでしょ」

「なるほど行商人か。尾行するにしてもただの町娘より悪くないかもしれないね」


 行商人というと野菜や魚を売る印象がございますが、当時はなんでもかんでも行商人が売っていたそうでございます。

 現在も残る竿だけも江戸時代から行商人が売り歩いておりました。他にも化粧品のような女性用品や金魚、中には貸本なんてものもありました。

 岡場所(おかばしょ)の女や住み込みの奉公人は自由に外出も出来ず軟禁されているようなものですから貸本の行商は大変人気があったようでございます。


 行商人になりすまし捜査を行う、時代劇でも見られたものでございますが、これもまた実際に行われていたそうで、抜け荷を調べるために奉行が行商人に化けて潜入調査を行った、そんな記録もございます。


「行商人やろうよ、面白そうだ」

「面白そうってリン、敵討ちをしてるんだぞ私たちは。忘れるな」

 

 そうこうしていると、目的の尼寺が近づくほどに何やら様子がおかしい。人が多いし騒がしい。それに焦げた独特の匂いが立ち込めている。


「これは……、リンここで間違いないんだよね!?」

「うん、間違いない」

 なんと昨日までは確かにあったはずの亜慈瑠院はすっかり焼け落ちていた。


 辺りには煤や灰が舞い、焼け焦げた匂いがまだ強く残る。男子禁制の尼寺も流石にこの時ばかりは侵入を許していた。

 広い境内のおかげで周りの民家には延焼せずに済んだこともあり見物の人だかりが出来ている。


「あの、すみません。いつ焼けたのですか?」

 一体何が起きたのかわからないものだから、少しでも情報が欲しくナミは周りの野次馬に聞いてみることにした。

「火が付いたのは明ける少し前みたいだね。ここは一日灯明(とうみょう)を絶やさないからそこから燃えたんじゃないかって話だよ」


 江戸は非常に火事が多く、大火と呼ばれる大火事が幾度かございました。中でも最も被害が大きいとされるのが明暦(めいれき)の大火。

 江戸三大大火どころか世界三大大火にも数えられるほどで、当時の江戸市街を半分も焼いた程の規模でございました。

 火元ははっきりとわかっておりませんが、お寺からの失火ではないかという説もございます。なぜお寺が疑われたのかといいますと、明暦の大火に関係なく江戸はお寺からの失火が多かったからでございます。


 当時はまだまだ高価であった菜種油を使う灯明は庶民が使うものではなく、限られた場所でのみ使われておりました。その一つがお寺でございます。

 灯明は扱いを間違えると火事になる。しかし、それでも油を絶やさないようにと灯した大切なものでございます。


「それで尼様達はどうなったのですか?」

 誰となしに聞くと野次馬は興奮しているせいか、話したくてうずうずしているのかすぐに答えが返ってきた。

「さっきまで物凄い勢いで燃えてたからな、助かったんだかどうか全然わからねえよ。でもこれじゃあな」

「何人かは逃げられたって話だぜ、でもこの様子だとほとんどは駄目だったかもしれねえな」


「リン、この火事は偶然だと思うか?」

 聞いて回るが誰もが口を揃えたように話すのは、生き残った者がいるのかわからない、そんな内容ばかり。

「偶然なんかじゃないよ!偶然にしては出来すぎている。誰も逃げていないなんておかしい」

 生き残りが出ないように狙われた火事ではないか、二人がそう思うのも無理はない。いや疑うのは当然でございましょう。


眉郷(びくに)と同じものを身に着けた尼僧の寺が燃えた。これが偶然なんてことはないだろうね。やはり、この尼寺も眉郷と同じように御公儀の密命を受けていたんだろう。そして御公儀は他の眉郷も狙っている。今まで使役していた他の眉郷も捨てると決めたんだ。お屋形様が話していたように、天下太平の世がやってきて、リンみたいな物騒な奴はお役御免というわけだ」

「それはナミだって一緒でしょ」

「ああそうだ、同じだ。昨日やったっていう竹箒に仕込むような尼僧も同じ。物騒な奴はもう邪魔ってわけか」


「それに昨日、ここでリクを見たんだよ」

「リンが見たのは本当にリクだったんだな」

「なにそれ!信じてなかったの!?」

 リンは口をとがらせて不満を示す。

「そうじゃないけど、決めつけるのもどうかと思ってな。昨日ここにリクがいたってことは、眉郷の時と同じようにリクが手引きをしたってことだろうな」

「眉郷、ここのビキニってやつを消すためにリクが協力している」

 これだけ揃った状況証拠に二人の顔にも興奮の色が出る。


「そうなると失火じゃなく放火、それも公儀の命を受けた付け火だと考えるのが自然だね」

「それなら、また別の眉郷を消しに動くんじゃない?」

「そういうことになるね。お屋形様は日本中から集めたと話していたからね。まだ日本に散らばる眉郷を消し去るのが公儀の目的。そしてリクはそれに関わっている」

「だったら他にも眉郷と同じものを使っている奴を探せばリクを見つけることが出来るってことだね」

「そういうことになる。随分話が見えてきたな。これはリクを追いかける手がかり足がかりだ」


「でもさ、他の眉郷なんて知らないんだけど。ここの尼さんのことだって私もナミも知らなかったくらいなんだしさ」

 幾分興奮気味だったナミもリンの素直な疑問にトーンを落とす。

「ああ、そこなんだよな」


「昨日の尼僧はなにか知ってそうだったから、生きていれば拷問して聞き出せばいいだけなんだけど」

「ビクニじゃなくてビキニか、どんな字を書くんだろうな。それにどこの訛りなのかわかれば手がかりになるかもしれないね。越後の方だと訛ってイとエが入れ替わるって聞いたけど、これはクとキが入れ替わってるから違うしな。ビキニって知ってるか?なんて聞いて回ってたらこっちが見つかってしまうし」

「脱がせないとわからないしさ、私たちみたいに隠れて生活しているだろうし。面倒だね」

「そうだよな、他にいるとしてもどうせ隠密か何か面倒なヤツだろうな」


「せっかく江戸に着いてすぐ手がかりた見つかったのにね」

 話の筋が見えてきたが、手がかりとなるはずの尼寺は焼け、焼いてしまえばリクは既に江戸を去っている可能性が高い。

 そうは言っても、今の二人が出来ることは他にございません。

「しばらくはこの尼寺の生き残りを探すか。それくらい大っぴらにしたって怪しまれないだろ」

「そうだね。他の尼僧も何か知ってるかもしれないから拷問して聞いてみよう」

「せっかく生き残ったってのにリンに拷問されるなんて、尼僧もついてないな」

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