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 リンは体つきのいい人足に見える男の後をつけていった。

 男はどこへ寄ることもなく足早に進んでいく。つなぎをつける様子もなく、寄ることもなく、ただただ歩いていく。

 日本橋を通り過ぎたあたりから渓谷の方へ向かって曲がり進むと、そこは御茶ノ水でございます。

 御茶ノ水へ行くと、男は並ぶ武家屋敷の一つに入っていった。


 高台になっている御茶ノ水は大火でも燃え移りにくいということで、ちょうどこの頃は武家屋敷が移設され、どんどん増えておりました。

 時代劇では奉行所の大きな看板が掲げられていますが当時は大きな看板が出ているわけではございません。

 奉行所だろうが武家屋敷だろうが看板も表札もないものだから、知らないものにはその建物が何かはわからない。

 武家屋敷には入ったがそれがどの藩のものかリンにはわからないものだから、近くを歩くものにそれとなく聞いてみると、それは仙台藩の下屋敷(しもやしき)だという。


 江戸における仙台藩の足跡で有名なものに仙台堀がございます。今では神田川と呼ばれておりますが、飯田橋から御茶ノ水駅の下を流れて秋葉原の辺りまでを整備したのが仙台藩でございましたので仙台堀と呼ばれたというわけでございます。

 一見するとわかりませんが、御茶ノ水のあたり神田川は仙台藩が整備した人工の渓谷であります。つまり山を掘り下げて川を作り上げたのでございます。

 当然重機なんて便利なものはありませんから、それはもう大変な工事でございました。いや、重機を使っても大変な工事になるでしょう。なにせ山を川に変えてしまうのですから。

 そんな大変な工事を幕府が仙台藩に任せたのは、仙台藩の国力を削ぐためであったと言われております。外様である仙台藩の伊達家は未だに野心を持ち続けていると考えられ、仙台藩をいじめるように人工渓谷のような過酷な工事を命じられたというわけでございます。


 さて下屋敷に出入りするとなると、あの女は盗賊ではなく藩が抱える隠密の可能性が高いだろう、公儀ではなく仙台藩に仕える隠密となると場合によっては大事になるかもしれない、幕府転覆を狙うそんな目的であれば改易(かいえき)だけでは到底済まない、討伐軍が派遣され大名は斬首、そんなことを考えながら武家屋敷の場所だけはしっかりと覚えてナミとの待ち合わせ場所へ向かう。


 途中、湯島から不忍池(しのばずのいけ)の池へ出ると茶屋からいい匂いが漂っている。

 不忍池は出会茶屋、今で言えばラブホテルの密集地でございましたが蓮の名所でもあり池を望む普通の茶屋も多かったと言います。

 蓮が咲くにはまだまだ早く、梅は終わり桜が咲くのを待つ頃。既に上野の山には桜が植えられ、その桜も大きくなり名所になりつつありました。


 せっかく江戸へ出てきたのだ少しくらいは美味いものを食べたくなる。過酷な修行を行い精神も体術も卓越したものを持つが、そこはリンもまだ年若い娘。甘いものが嫌いなわけがない。

 しかし、人拐いから取ってきた金はナミが全部持っている。二手に分かれることを想定していれば多少は持たせてくれただろうが、今は文無し。匂いばかりが空腹に染みる。


 「ナミはああ言っていたけど巾着切り(スリ)でもして食べようか」そんなことを考えていた時でした。

 カモはいないものかと雑踏を物色していると遠目にあの顔を見た。

 なんと(かたき)のリクだ。よもや江戸に入って一日で見つけるとは思ってもいなかったものだから、さしものリンも少し興奮した。茶屋のことなど一瞬で忘れて刺客の顔に戻る。


 小綺麗な紺色の生地に赤で模様を入れた小袖を着たリクは当時急ピッチで開発が進む根津へ入る。

 根津は開発のために職人が多く働いてたこともあり、それを狙った岡場所、遊郭が増えていた。訳ありの女が身を隠すにはもってこいの場所と言えるでしょう。


 しかし尾行に気が付かれたのか出会茶屋や岡場所に入ることもなくどんどん早足になっていく。すると開けた大きな寺の境内に入っていった。

 植え込みも少なく見晴らしのいいこの境内では尾行が難しくなる。リンの足も躊躇するがここで止めるわけにもいかない。


 その時だった。


「ここは亜慈瑠院(あじるいん)、男と武器を持った女を入れるわけにはいきません」

 どこから現れたのか、いつのまにか目の前には六尺、180センチはあろうかという三白眼の頭を丸めた尼僧が竹箒(たけぼうき)を持って立っている。

「武器を捨てるか立ち去るか、それとも私の夜の相手を務めてくれるなら入れてあげましょう」

 口元は笑っているが細めた目は三白眼のせいで蛇を思わせ、まるで笑っていない。


「そこをどけ」

 背中に隠し持った合口を一目で見抜く尼僧にリンも警戒を高める。まともに尼僧の相手をしていてはリクに逃げられてしまう。今は一言だけでも間が惜しい。

「フフフ、珍しい目の色をしていおられますね。ますます欲しい。私のお相手してくれませんか?女同士なんてすぐに慣れてしまいます。優しく一から喜びを教えてあげましょう」

 そう言ったかと思うと竹箒を一息に振り上げる。その一撃を後ろ飛びに避けるとリンも覚悟を決めて隠し持つ合口を背中から取り出した。


「可愛らしいあなた様にそんな得物は似合いません。おとなしくお渡しなさい」


「急いでる。そこを通すなら斬りはしない」

「フフフ、あなた様に斬れるでございましょうか」

 上背のある尼僧に対して離れた間合いでは不利と見たリンは相手の胸元へ飛び込み一気に距離をを詰めた。すぐさまエイっ!と一突き入れたが尼僧はひらりと法衣を揺らし軽々とそれを交わす。


「手加減してくれるのですか?随分と余裕があるようでございますね」

 リンとしては刺すつもりはなかった、脅そうとした一撃だったがそれすらも叶わぬ。手を抜いていい相手ではないと考え丹田に力を入れ直す。


 今度はその巨体には見合わぬ敏捷さで尼僧が竹箒を突いてきた。

 竹箒に当たったところでどうということはないが、リンは反射的にその一撃を軽くかわしたはずだった。

 しかし竹箒の先には刀が仕込まれていた。スッと伸びてきた切っ先まではかわしきれない。帯を切られそれがダラリと落ち、リンの白い肌が顕となった。


「坊主のクセに仕込みか」

「それは美着尼(ビキニ)?」

「ビキニ?」

「なるほど。噂は聞いたことがありましたが実在したようでございますね。ますます私の相手をして欲しくなりました」

「勝手に納得するな。ビキニってのは何だ?」

「それは布団の中でゆっくりと教えて差し上げましょう」

 そう言うと尼僧はスルスルと法衣を脱ぎだした。


「な、なにをしてる」

「どうですか?しっかりとご覧ください」

 脱いだ尼僧が最後まで身につけていたのは獣毛で出来た小さな胸当てと腰巻き。リンとナミが授けられたものとまるで瓜二つ。


「なんでお前が眉郷(びくに)を!」

「あなた様と私は争う間ではないのでございます。話を聞きたければその得物を捨てて私に抱かれなさい。さすれば全てお話し出来ましょう」

「意味がわからない」

「それの使い方をまだ知らぬようですから私が体を使って教えてあげようというのです」

「使い方ってなんだ?」


 リクはもう見えない。この尼僧を振り切るにしても寺を迂回するにしても既に遅い。

 下手を打って気が付かれてしまっては元も子もない。ここは一旦引いてナミと相談するのが得策と判断したリンは少しずつ後ろへ下がる。

 ナミからは深追いするなと言われている。尼僧の言う眉郷の使い方も気になるが、ここは出直すしかない。


「私はムイと申します。あなた様の真の力、私ならいつでも引き出して差し上げましょう。またおいでなさい」

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