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 イツキと名乗った妙に落ち着きのある女の話を聞き、三人はしばらくは無言だった。そんな時はナミから切り出すのがいつの間にか三人の倣いのようになっていた。

「羅刹に残した言葉か」

「何やら力の使い方に関する内容のようでございますが、いささか漠然として具体的にどうしたらいいのやら私には検討もつきませぬ」

「仏の教えとか、そういう類いの奴ではないのか?」

「それよりも力が5つあるっていう話し、私たちが知らない力があと2つあるってことでしょ。ナミの治す力とムイの気配を消す力、あと話してた体を硬くする力、その他にあと2つ」

「そうなるな。鬼の力は4つだと思っていたんだ、5つあるっていうなら1つはリクもまだその力を得ていないし知らない」

「それってさ、力を引き出すきっかけも5つあるってことでしょ?ナミとムイとは別のやり方があるってことだよね」

「恐らくは、そうなのだと思いますが」

「それに力を引き出すだけでは不十分ってのはさ、もっと力が出せるってことでしょ、きっと。だったらリクにも勝てるよね!」

「そうだといいな」

「きっとそうだよ。お前は力のことについて何か知っているのか?」

「私が託されているのはあの言葉だけです。力だとかそういうことは知りません」

「そっか」

 リンの声は心底残念だというのが誰にも伝わるほど気合いの抜けたものだった。

「まあそうだろうな。そう都合よくはいかないか」

 ナミは「じゃあ」と言葉を続けた。

「とりあえず四鬼の面を案内してもらうか」

「そうでございますね。他の古い面と違いはないと言われても、私たちにとっては何かあるやもわかりません」

「四鬼の面ってのはここから近いのか?」

「そうですね、一日も歩けば着くでしょう」

「そんなに近いのか。てっきり男から逃げるために旅でもしているんだとばっかり思っていたよ」

「遠くへ離れてしまえばここまでたどり着いた羅刹と会えないだろうと考え、あの男をからかってやろうとこの辺りをぐるぐるといったり来たりしていました」


 木々がざわめくような気配を感じリンの体が反射的に動いた。背中に隠した合い口を素早く引き抜き正面に構えたその瞬間、刃と刃が交わり甲高い金属音が響く。

 その音と共にリンの眼前には一人の女が現れた。

 女は顔を振り長い黒髪を振り乱すと大きく歪な歯を見せつけるように大きな口を横に開きニヤッと笑う。

 両手で持つ得物は巨大な鎌。リンの合い口よりも随分と長い。


「襲ってくるなら二人共教えてくれてもいいじゃん、私より色々敏感なのに」

 二人より早く体が動いたリンは皮肉を込めて言った。

「ムイ、気がついていたか」

「いえ、全くわかりませんでした」

「いつもあんなに鼻がヒクヒクする二人でも気が付かないこともあるんだ」

 リンは口を尖らせ二人を煽るように得意げに言ってみせる。

「恐らくは鬼の力でございましょう」

「じゃあムイと同じやつ?気配を消すっていう力」

「恐らくは」


「作戦会議は済んだか?私の力を知ったところで気配をつかめないのであれば同じこと」


「そんなこと試してみなきゃわかんないだろ!ムイを殺る時の予行練習になるな、行くぞリン!」

 ナミも背中からスッと合い口を引き抜いた。

「フフフ、ナミ殿はそんな事をお考えでしたのか」

「ちょっと強くなったからって指示しちゃってさ!」


 両手持ちの大鎌相手にナミとリンは小ぶりな合い口。間合いでは不利だが軽く小回りが効く。しかも2対1、相手が大鎌を振り回した隙きをつけば難しい相手ではないと踏んでいた。

 しかし、女に向かって打ち込んだと思ったら女は既にそこにいない。それどころか逆に女はリンやナミに向かって大鎌を振ってくる。

 視覚と気配がまるで一致しない。目に見えるところにいるのか、気配を感じるところにいるのかわからないものだから太刀筋に迷いが現れる。その迷いを相手は確実についてくる。


 気配をつかめないせいで隙きを突くどころかその攻撃を受けるのが精一杯。最初に飛び出した時の勢いはジリジリと押し返される。

「思った以上に気配が感じ取れないってのは厄介だな。構えたと思ったらいつの間にか振り下ろしていやがる」

 相手の大鎌で一度でもまともに斬られれば命はない。二人が慎重になるのは必然。

「ん?さっきまでの勢いはどうした?二人がかりでもこの程度とは興ざめだな」


「貴方様は私がお守りすますのでご安心を」

「安心をって言われてもあいつら大丈夫なの?剣術なんて知らない私でも劣勢だとわかります」

「確かに劣勢でございます、今のところは。ただ、次第に感覚が鋭くなってきているようでございますから大丈夫でございましょう」

 心配させまいという配慮なのか、それとも心配していないのか、ムイはフフフと笑ってみせた。


 リンはそれまで以上に手数を増やし、果敢に女の胸元へ積極的に飛び込んでいく。

「勇敢と無謀を履き違える典型だな」

 そんな事を言って女は余裕を見せていたが次第にリンの合い口が女の大鎌にあたるようになり、さらには女の手数が減っていく。

 リンは少しずつ少しずつ、女が消したはずの気配をつかめるようになっていた。


「よし!調子を掴んできた!この調子で何度かやれば」

 それまでナミとリンから仕掛けた攻撃はことごとく大鎌に阻まれるか空振りに終わっていたが、ついに届いた。

 届いたといっても突き出た両胸の先、それもわずかに着物を切っただけ

「やっぱりお前もビキニか」

 リンに切られた胸元からは黒い獣毛が覗いている。

「それを知りたくてわざわざ着物だけを切ってみせたのか?」

 着実にリンの刃は迫ってきているが、それでも女が余裕を見せるのは相応の理由があった。


 女は上下の歪な歯の間から長い舌を突き出すとリンに斬られた血の流れ出る傷口をペロッと舐める。

「あいつ!」

 ナミにはそれが何かすぐにわかった。刀傷から流れる血はピタッと止まり、それどころか二人が見ている前で傷口はなかったかのように元に戻っていく。

「しかもナミよりも治るの全然早いし」


「幾度も斬られて拷問されて得た私の力、このくらい斬られたうちに入らぬ」

「だったらそれ以上に斬ってやるよ!」


「何か来る!」

「この匂い、山姥か!」

 大跳躍で大鎌に向かって刃のこぼれた太刀を上から叩きつけた。金髪を振り乱しているのは山姥のツイナだ。

 激しい音が轟く。まるでその反動かのように辺りは一斉に静まり風に揺れる葉の音すら聞こえない。


「あの髪、あいつも羅刹だな」

「ええ、山姥と呼ばれるツイナ殿でございます」

「あいつとも敵対しているのか?」

「そんなはずはないのでございますが、どうやらツイナ殿の方はそうは思っておられないようですね」


「よくここがわかったな」

「お前達か!」

 やはりあの時のように殺気を隠そうともせず、まさに怒髪天を衝くかの如く、ツイナはその金色の髪を逆立ててナミを睨みつける。

「なんだ仲間割れか」

「誰だお前!」

「フッ、聞けば答えるとでも思っているのか」

「お前はどうやらまともな日陰者みたいだな。センはどうした、一緒じゃないのか?」

「とぼけるな!お前達だろ、センを殺したのは!」

「センを殺した!?死んだのか、あいつ」

「これだけセンの血の匂いをさせてとぼけるな!」


「お待ち下さい。私たちではございません。あの時別れてからセン殿とは会っておりません。それにツイナ殿は一緒じゃなかったのでございますか?」

「じゃあこの匂いは!どうしてセンの匂いがする!」

「裏切り者だ、殺されても当然。あいつだって覚悟していたはずだ。逃げておけばいいものを、その覚悟を無駄にして自ら姿を現すとはな」

 歪な歯を見せるように薄ら笑いを浮かべて女は口を挟む。

「じゃあお前か」

「だったらどうする」

 それを聞くやいなや、ツイナは大上段に振りかぶった太刀を女に向かって力いっぱい振り落とすが気配を隠すこともなく真正面からの打ち込めば相手の思うつぼ。

 ツイナの一撃はやはり空を切る。気配を消した女は後ろへ回り込んでいた。

 目一杯の力で空振りをしたツイナの無防備な背後から女は巨大な鎌を横っ腹に向けて振り抜いた。


 鎌の刃先からは肉と骨を切り裂く鈍い音ではなく重い金属音が響いた。


 女の攻撃を受け止めたのはムイの錫杖だった。

「フフフ、気配を消すことなら私にも出来まする」

 女はチッと舌打ちをして後ろへ飛び退いた。


「山姥は下がってろ、センの敵は私が討つ」

 そう言ったリンの目には自信が満ちていた。

「お前みたいな出来損ないが私を討つだと?」

 未だに強気でいる女のその言を聞くとナミは合い口を鞘に戻した。

「よろしいのでございますか?」

「ああ、リンの邪魔になる」

「舐めるなよ!ガキが!!」


 リンはギリギリまで相手の一撃を引きつける。合い口を正確に操り女の巨大な鎌をかわす間際に女の右手の指を三本切り落とした。

 利き手の指の大半を失った女は巨大な鎌を上手く操れきれず鎌に振り回されるように態勢を崩す。

「さすがに指は生えてこないか」

 もともと体格には不釣り合いなほど巨大な鎌、それでも気丈に片手で振り回すが当然上手く扱えず、逆に鎌に振り回されてしまう。大きく空振りをした隙きを見てリンは足の腱を斬りつけると女はもはや立つことも叶わず、その場に倒れ込んでしまう。

 勝負は決した。


 リンは腹ばいに倒れ込んだ女の頭前に立つと、これ以上抵抗しないようにと刃を女の首筋にピッタリと合わせた。

「そもそも、お前誰だ?」

「センの事も知っているみたいだし、まずリクの手下だろうな」

「縄はナミ殿の傷を塞ぐ時にすっかり使ってしまったので、着物を脱がせてそれを撚って縛りましょうか」

 その時だった。うずくまっていた女は首にあたるナミの合い口を握りしめると押し付けて、躊躇うこともなく自分の首筋を深く斬りつけた。

 痙攣する女の体はみるみるうちに赤黒い血で濡れていった。

「クソッ」

「でも、治るんじゃない?こいつ治す力があったし、ナミが治したっていいんでしょ?」

 傷口を確認するとナミが言った。

「いや、無理だ。いくら治す力を持っていても治そう、治りたいと思わなければそれも働かない。こいつにはそれがない。それに傷が深すぎる」


「そうでありましたか。ならば、自らが治せる程度を知って確実に自害したのでございましょう」

「隠密としては当然の行動だ」

 そう言ったリンの目は女を憐れむ様子はまるでない。

「お前達はどうしてそうなんだ。どうして死のうとする。どうして殺そうとする。センもそうだった。それでもセンは変わったというのにお前たちは違う。まるで死んだ方がいいみたいな言い草だ」

「殺すからには死ぬ覚悟がいる!死ぬことを恐れたら殺せない」


「どうして殺したい!死ぬ覚悟をしてまでどうして殺したい」

「お前みたいに山の中で生きていないからな」

「じゃあ山の中で暮せばいいじゃないか、どうしてそれが出来ない」

「私たちには殺さなきゃならいない奴がいる。這ってでも死んででも殺さなきゃならない奴だ」

「そんな奴がいるものか」

「もしそいつがセンを殺したとしてもか?そいつがお前を殺しに来てもか?」

「ああ、私は殺さない」


「どうでしょう、ツイナ殿も一緒にリク殿に会いませんか?ナミ殿とリン殿が死んでも殺したいとい相手というのはリク殿のこと。セン殿を殺したのもリク殿でしょう。そしてリク殿はツイナ殿を殺したいのだとセン殿が話しておりました」

「そのリクドノってのはどこにいる?」

「セン殿の血の匂いを感じてここにたどり着いたのではありませんか?」

「ムイ、お前何を言ってる」

 ナミの顔からは血の気が引き、ムイは三白眼を細めにっと口を横に広げて笑った。

「まだ気が付きませんか、リク殿は最初からここにおられます」

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