イツキの知ること
私はイツキといいます。この近くで生まれ育ち、託された言葉を預かる者です。
私が跡をつけられていた理由でしたか。まずはその辺りからお話しましょう。
恐らくあの男は御公儀が遣わせた者。御公儀はどこからか私が何かしらの古い伝承を受け継いでいることを知ったからでしょう。
御公儀、特に公方様は古い能に強い関心を持ち調べていたようです。能には途絶えてしまった古曲が無数にあるといいます。この地には京にもない古い能が伝承されていることがわかり、さらに詳しく調べるうちに当家に言葉が伝承されていることを知ったのでしょう。
いや、単に私が逃げるものだから、向こうも怪しみ追ってきただけかもしれません。
あの男がどこまで知っていたのかなどは知りません。跡をつけてくるものだからそれが面白くてあちこち歩いて回っていたところを偶然あなた方が通りがかり斬り捨てた。
まあ偶然ではないのかもしれません。
あなた方が聞きたいのはそんな事よりも私が受け継いでいる古い伝承、言葉でしょう。
私は毘沙門天様の眷属である羅刹が現れた時に話すように、現れるまでこの地で秘するように先祖代々おうせつかっています。
もちろんこれだけでは話しが飲み込めないことでしょう。あなた方は羅刹であるようなので、詳しくご説明します。
その前に先ほどからあなた方の話しを聞いていると、どうやら自分が何者なのか知らない。それに羅刹という言葉に聞き覚えがないようですね。
そちらの方が話されたように毘沙門天の眷属は夜叉と羅刹です。どちらも鬼神。羅刹は人を喰う鬼神。人を喰うから転じ煩悩を喰うとも言われます。私は詳しくありませんが羅刹を祀るところもあると聞いたことがあります。あなた方がたを見てしまうと祀られる存在なのか疑わしいですが。
夜叉にではなく羅刹に残したその意図はわかりかねます。当家はただ羅刹にのみ伝えよといいつかっており、それに従っているだけです。
羅刹には他にも髪の多いもの、歯の頑丈な者、歯のいびつな者、衆生を殺し飽き足らない者、などがいるようですが、これまでに現れた羅刹はおりません。あなた方が始めてです。
そもそも夜叉というものがどんな姿をしているのかすら知りませんので、夜叉が私のもとに現れたのかどうかもわかりません。
私共に羅刹への伝言を託した者ですが、今からおよそ300年ほど前、京から佐渡ヶ島に流された世阿弥という者。
その世阿弥が何を願い伝言を残したのか、今となってはその意図を知る術はありません。ただ、後世の羅刹へ力を授けるために京の都から遠く、佐渡ヶ島から足跡が辿りにくく、なおかつ霊力の高いこの地を選んだと聞きます。
この地に能を授け、都では途絶えるであろう曲を伝承させることで、羅刹に力が必要になった時、羅刹はこの地へたどり着き、羅刹へ残した言葉が伝わる。世阿弥はそう仕組んでいたのです。
四鬼の面もその仕組みの一つでしかありません。
その顔を見るとまだ納得がいかないかもしれませんが、当家に伝わる言葉をお伝えしましょう。
五つある羅刹の力を引き出しただけでは不十分、それを最良のものにするためには力の意味を己が理解しなければならない。
何かをきっかけに力を発揮したのであればそこには意味がある。その意味を、力がもたらす高揚に惑わされず、力におごらず、我が身を動かした何かを、その背後にある意味を正確に捉えることが大切となる。
以上です。
ええ、これだけです。四つではありません、確かに五つで間違いありません。




