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「聞きましたところ、この先に会津天仁寺という温泉があるそうでございます。ここからなら今のナミ殿の体でも二日もあれば十分に思われます。宿に逗留するのであれば、せっかくなら湯治の方がといいかと存じますが、何分ナミ殿のお体次第となります」
リクに刺されたナミが目を覚ましたことで何かと不便な山中から宿場へ移動して療養しようという話しになっていたが、どうせ療養するなら温泉の方がいいだろうと考えるのは当然のことでありましょう。
さて、会津天仁寺温泉というのは現在の福島県は会津若松市にございます東山温泉を指します。会津天仁寺温泉は奥羽三楽郷の一つに数えられ、八世紀ころから温泉地として既に知られていたようでございます。
江戸の頃は会津藩の湯湯治場として使われ、幕末も幕末、慶応4年は明治元年のことになりますが新選組の土方歳三も三ヶ月ほど治療のために逗留したことでも有名な温泉でございます。
「温泉行ってみようよ!箱根だって温泉に入るどころか宿にすら泊まれなかったし、ここで休むよりも絶対にいいよ」
「そうだな、少しずつ体も動かしたいし行ってみるか」
現在のように自由に旅行が出来る時代ではありませんが、旅行の名目として伊勢や善光寺などへの参詣と湯治は許されていたそうでございます。
「フフフ、リン殿この機会を逃す手はありません。裸になったナミ殿とまさぐり合って、そこから」
リンの耳元で囁くが言葉に詰まったムイは三白眼を細め、ただただグフフと下衆な笑みを浮かべていた。
「口を閉めろ、よだれが垂れてるぞ」
「本当はリン殿が絶頂に達する様子をこの目で見届けたいのでございますが、私に見られると集中が削がれそれも難しいことでございましょう。私は席を外しますので、後でその時の様子を是非お聞かせくださいませ」
「どうされましたか、リン殿」
「いや、なんでもない」
「フフフ、緊張されているのですね。大人になることは何も怖いことではありません、誰しも最初は戸惑うものでございます。しかし一度踏み出せばそれを呼び水として新しい世界が開けるというもの。リン殿が私のようになるのもすぐでございましょう」
リンは何も言わなかった。
まだ万全とは言えないナミの状態に配慮して3人の歩みはそれまでよりも随分と遅く、周りの旅客と同じくらいだが、ムイの見積もり通り二日歩くと会津天仁寺温泉へとたどり着いた。
温泉の泉質には色々ございますが、会津天仁寺温泉、現在の東山温泉は硫酸塩泉でございますが硫黄の匂いは弱く無色透明。山中の川沿いにある風光明媚な温泉地。
「それでは私は会津城下で話しを聞いてまわろうと思います。もしかしたらこの地にも鬼の伝承などがあるかもわかりませんので。5日ほどしたら戻ってまりますので、それからの事はナミ殿の具合を見て決めましょう」
そのスケベ心で何かしてくるだろうと予想していたリンは思わず聞き返す。
「お、お前はいいのか?その、温泉入らなくても」
「ええ、お二人でごゆっくりなさってください」
二人と別れ際にリンの耳元でムイが囁いた。
「相手の気配をさぐり、動きを読み、気持ちを合わせて一つに繋がるのでございます。それは剣術と同じ。しかしながら、親しき仲にも前戯あり。温泉でお互いの体を触れ合って機が熟すのを待つのです。急いてはいけません。リン殿とナミ殿であれば素晴らしい経験になることでありましょう。ご報告楽しみにしております。グフフ」
覚醒により鬼の力を得たいリンはこの地の雰囲気と文字通り裸の付き合いによりナミとの絶頂を経験したいと考えております。考えてはいるが、果たしてそれでいいのかという迷いが湧き上がる。ムイを見てしまうと、気味の悪いニヤケ顔を見てしまうと。
江戸時代の銭湯や温泉は混浴が一般的と言われますが実際には混浴禁止令は何度も出されておりました。何度も禁止されているということは、実際には混浴が多かったためでございます。
ただし混浴を禁止したのは江戸のみ、地方では混浴が当たり前だったようでございます。それでも温泉地ではは士族用や僧侶用、婦人用などに分けるところもあったようでございますから混浴に対する抵抗感はあったのかもしれません。
ナミとリンが入る温泉も当然混浴。江戸の銭湯であれば時間帯によって男が多い、少ないということもあったようでございますが、温泉地は湯治客ばかりでございますからそれもない。
「どうしたリン?」
脱衣所でいつもとは様子のおかしなリンに気がついたナミが聞いた。
「なんとなく恥ずかしいっていうか……」
もじもじと中々脱ごうとしないリン対し、ナミは気にもせずに裸になるとジロジロと二人を見る男達の視線がさっとどこかへと行ってしまう。ナミの腹に残る深い刀傷を見ると男たちは関わりにならない方がいいと避けていく。
「堂々としてればいいんだよ」
「うん、そうだね」
浴室は現代のものと比べるとかなり狭い作り。というのも、お湯の温かさを効果的に利用しようとなると狭くせざるを得ないのでございます。
当時は湯船に浸かるだけではなくサウナのように体を温めることもまた入浴の一つでございますから、熱を逃さないように狭く作ることが肝要となりました。
狭い浴室の中は湯治客で賑わうものでございますから、必然肌と肌が肌が触れ合う。ナミの肌が触れる度に意識をしてしまいリンはその白い体を強張らせてしまう。
湯船は特に狭いものだから、ほとんど密着するように方を並べる。
「どうしたんだよ、リン。やっぱり恥ずかしいか?」
「そうじゃないけど、なんだか慣れなくて」
「じゃあ向こうで体洗うか」
ナミはそう言うと湯船よりも人の少ない洗い場へとリンの手を引く。
当時は石鹸は使われず、代わりに糠を使っておりました。糠漬けの糠でございますが、これを小さな綿の袋にいれて柔しくこすると肌の汚れが落ちるそうでございます。
この糠袋でお互いの柔らかな肌を洗い合うとリンはどうしてもムイの言葉が頭に浮かび余計に意識をしてしまう。
リンの背中を洗うナミが言った。
「触ってみるか?」
「え!?」
「まだ触ったことなかっただろ。今だけだぞ、触れるのも」
そう言うとナミは正面に回るとリンの手を取る。その手をナミの腹に残る傷跡にあてた。
「あいつが話していたけど傷跡も毎日小さくなっていくからさ、触れるのも今だけ」
「……うん」
「斬られた後、リンがずっと私の体を温めてくれたんだってな。血まみれで気味が悪かっただろう」
「そんなことないよ、ナミの体が冷たくてどうにかしたくて」
「変な話しだよな。その少し前は殺し合っていたのにさ。もしかしたらこれだってリンが斬った跡になったかもしれないんだからさ」
リンはナミにまだ深く残る傷を
*
「ねえナミ」
「眠れないのか?」
「うん、なんとなく」
「久しぶりだからな、ムイがいない二人だけってのは。あいつがいると寝ている間に何されるのかわかったもんじゃないからな。でもしばらくはゆっくり眠れるな」
「……うん」
「リン、一緒に寝るか?」
ナミがリンのの肌を恋しがることは珍しくないが、その逆はこれまでにはなかったこと。それでもナミがリンの気持ちを汲むことが出来たのは二人が長い付き合いだからのこと。
「いいの?ナミの布団に入ってもいいの?」
「ああ。その代わり今度は私の方から触るけどな」
「でも傷跡なんてないよ」
「じゃあ作ればいい。リンを傷物にすればさ、いいだろ」
五日が経つとムイは逗留先の宿へ現れた。
「どうでございましたか、久しぶりのお二人だけの時間は」
「ああ、お陰で体も随分とよくなった。歩くのはもう何も問題ないよ」
「それはそれはようございました。それでお二人だけの時間の方は」
「ムイがいないお陰でゆっくり出来たよね」
「ああ、ムイには悪いがゆっくりさせてもらった。そっちの方はどうだった?会津で話しを聞いてきたんだろ、何かわかったことはるのか」
ただ恥ずかしいだけだろうと考えたムイは自分の興味は後回しにして、会津の城下で聞いた話を披露した。
「それが四鬼の面のことなどご存知の方はまるでおりません。やはりこの辺りでは鬼と言えば黒塚の鬼婆のこと。あとは、この前の山姥の噂を聞いた方はいらしましたが、噂でございますので尾ひれはひれと付いて、黒塚も近いからでしょうか、山姥は人を喰うと話されていました。つい最近、女を斬って足を喰うところを見たと話す者もおりましたが、その山姥の髪は黒だったそうでございます」
「私たちがいくら鬼っていっても人なんか食べないし、もし見られたらそいつも殺すでしょ。ほら話じゃないの?」
「山の中で暗くて髪の色がわからなかったのかもしれないが、あいつが人を喰うとも思えない。十中八九ほらだろうな、黒塚の伝説とまぜてそれっぽくしたつもりなんだろう」
「私もそう感じました」
「じゃあ何もなしか。五日あってもほら話しか出てこないならここに留まっても詮無いこと。さっさと庄内の四鬼の面ってのを見に行くか」
「そうしようよ!同じ宿にばっかりいたらなんだか体がなまっちゃうよ」
「そうでございますね」
庄内へと向かう道中、ムイが気になるのはやはりリンの事。ちらちらと見てはリンからの報告を促すがリンは何も言ってこないものだから、ついにはムイの方からリンに囁いた。
「リン殿はどうでございましたか、お二人様で快楽を貪ったのでありましょう」
「ああ、ムイがいないお陰でゆっくりとね」
「それでは絶頂を得られたのでございますね。どうでございましたか、快楽の深みを覗いたご気分は」
「いや、鬼の力には目覚めてないぞ」
「どういうことでございますか?足りなかったのでございましょうか?そうであれば私とナミ殿と二人でリン殿を攻めて絶頂へと導くのはどうでございますか?」
「そんなに食いつくなよ。私は別のやり方があるような気がするんだ、それだけだ」




