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リクから逃げるセンとツイナと別れ、四鬼の面を納めているという神社を目指し、奥州道中を北上する旅を再開した三人でございました。
チラチラと見られることを気にしたムイがたまらずに聞いた。
「どうされましたが、何か気がかりなことでもございますか、ナミ殿」
「いや、ここ数日お前が随分と静かだからさ。そろそろ襲ってくるんじゃないかってリンと話してたけど触ってもこないなと思ってな」
「触ってもよろしかったのならそう言っていただけたらいいのに、いじわるにございます」
「そうは言ってないだろ。ただ、ああもあっさりとリクの相手にならないと言われるとな。鬼の力を覚醒させる算段もないと」
「やっぱりナミと二人なら大丈夫だよ!リクのことそんなに凄いって思ったことなかったし」
「そうなんだよな、眉郷の中でもリクって特別強いわけじゃなかったしさ、二人ならなんとかなる気がするんだよな」
「駄目だとしてもそれはそれだよ。今はまるで敵討ちじゃなくて逃げているみたいだしさ」
「そうだよな」
「そうだよ、戻ってリクが山姥を殺しに来るのを待った方がいいんじゃない?来るってわかってるならさ」
「ナミ殿、リン殿、お二人様はまるで破れかぶれでございます。どうせなら仇討ちを成功させたいとお考えにはならないでございましょうか」
「当然だ。リクは殺す」
「うん、殺す殺す。確実に殺す」
「しかし今はまだ時期尚早ではございませんか?セン殿の話を聞く限りではお二人様に一分でも勝ち目はございません」
「何が言いたい」
「お二人様の力を引き出すこと、リク殿の力を知ること、少なくともこの二つが揃わぬ限り敵討ちは失敗することは明らか。彼を知り己を知れば百戦殆うからずと申しますが、お二人様方はどちらもお知りにならないようでございます」
「私たちはリクと長い間生活をしていたんだ、知らないわけじゃない」
「そうでございましょうか?鬼のこと、鬼の力のことはお知りにならなかった。リク殿の力量を見誤っております。それではリク殿を知ったとは言えないものと存じます」
「じゃあ山姥を殺すところを見守る?それでリクの力がわかるかもよ」
「リク殿が隠している力を知る方法はわかりかねますが、お二人様の鬼の力を引き出す方法はございます」
「お前に体を預けろってのか」
「もちろんそれでも構いませんが、それとは別のいい方法を思いつきました」
「別の方法?」
「お二人様で殺し合うのでございます」
ナミもリンも言葉を失う。しかしムイは構わずに話を続けた。
「私が見る限りではナミ殿とリン殿の力量は互角。であればお二人様が殺し合えば、一方は死に、もう一方は死ぬ一歩手前になるでございましょう。であれば、かろうじて生き残った方は鬼の力に目覚めるものと存じます」
「なるほど。相変わらず坊主とは思えない物騒なことを言うな」
「でも、手っ取り早いよね」
リンのその目は本気だ。
「ああ、そうだ手っ取り早い。試す価値はありそうだ」
もちろんナミもそれは同じ。
「さすがお二人様、話が早い。前々から必要であれば殺し合うと話されていたお二人様ですから、私の提案に乗ってくれると思っておりました。善は急げと申します。私が見届けましょう、お二人様の殺し合いを」
言い出しっぺのムイも全く冗談のつもりはない。
つまり、ここにナミとリンの二人が殺し合うことで三人は同意した。
ナミとリンの二人は背中に隠していた合い口を同時に抜いた。ムイは二人の邪魔にならないようにとスッと気配を消す。
同じ眉郷出身、いわば同門。二人の構えは瓜二つ。
右手に持った合い口を中段に構え左にやや寝かせる。左手はバランスを取るように少し後ろに引く。腰を落とし右足は前に出し上半身をかがめるように低く構えた。
人間に限らず動物は息を吸いながらでは上手く力をだせません。力を使う時は常に息を吐き出すものでございます。つまり相手が息を吸った瞬間、いや吸った瞬間じゃ遅い、息を吐き出し終わるその時に襲いかかればいい。
必然、二人は相手に呼吸を悟られないように静かに息をする。相対する二人の実力が真に伯仲するとそこまで意識しなければなりません。
最初の一撃で勝負が決まったとておかしなことではない。
猫のにらみ合いのようにお互いに目をそらさず微動だにしない。いや、出来ない。
一瞬でも隙きを見せれば相手から飛びかかってくることは明白。
相手の攻撃を誘い、それを受けたあとに反撃に出ることも可能でございましょう。しかし、それが上手くいく確信は二人にはない。
脳内で何度も何パターンも一撃後の展開をシミュレートする。受ける避けるに力の加減やタイミング、間合いがわずかでも変われば結果は大きく変わる。それらを組み合わせ数百、数千を想定しても結論は出ない。
それならばと先に動いたのはリンだった。
合い口を両手で持ち直すと正面に構える。その瞬間にナミの対応に迷いを感じたのかもしれない。リンは大きく踏み込むとナミの左鎖骨を目掛けて斜めに斬りかかる。
ナミは右手片手で持った合い口でリンの一撃を受けきると、空いた左手でリンの腕を殴りつけた。
片手持ちのナミに対し力で押し切ろうと目一杯で斬りかかったリンの目論見は外れ殴打一撃でバランスを崩す。そこをナミが見逃さないはずはない。
今度は正面からみぞおちに向かって左の拳を叩き込む。ナミは手を緩めない。怯んだリンの側頭部に蹴りが入り、完全に姿勢を崩してしまう。
「悪いな、リン」
ナミは倒れたリンに覆いかぶさり体重を乗せた左手で右肩を押さえつけると合い口の切っ先を左胸に突きつけた。
急に気配が現れたのはその時だった。
ーードスン
大きな打撃音がしたかと思うとナミの前で倒れていたはずのリンが消えている。
土まみれになりどうやら蹴り飛ばされたらしいリンは立ち上がることもならず、わけもわからず呆然とするがナミの前に立つリクを見つけると反射的にギッと睨んだ。
「ナミ、とどめを刺すなら躊躇するな。リンも見ておけ」
そう言い終える前にリクの打刀はナミの腹を刺さして背中に抜けていた。
「ほんの一呼吸の間があれば命は取れる、逆もしかり。命を取られるその瞬間まで相手の命を狙え」
「ナミ!」
「ナミ殿!」
ナミの襟先を引っ張り胸元をはだけさせた。
「眉郷を付けているな」
腹に刺した刀を抜くと血が溢れ出す。ナミはガクッと両膝をつき、力なくそのまま倒れた。透明感のない真っ赤な血が土に染みていく。リクは流れる血を確認するかのようにそれを見下ろしていた。
「わかったか、リン。殺す時は躊躇するな。ナミはそれが出来なかったからこうなったのだ。それと」
リクが言い終える前にムイが飛びかかり錫杖を目一杯の力で振り下ろした。
まったく避けることもなく頭にその一撃を受けるがリクはまったくびくともしない。それどころかムイは自ら殴打したその衝撃で錫杖を飛ばされてしまう。
「挨拶もなくいきなり殴りかかるなんてあまりにも不躾じゃないか。安心しろ、ナミはこのくらいでは死ねない」
「死ねない……」
まるで独り言のようにムイが呟いた。
「もっと強くなって私を殺しにこい、リン。鬼は地獄に近いほどに本来の力を発揮する。生きながら地獄を見ろ、地獄を感じろ。私はいつでも待っている。お前にはその力がある、強くなれ」
二人には確かに聞こえた。しかし気がつくとリクの姿は既に消えていた。




