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「だいたい眉郷を焼いたりこいつの尼寺を焼いたりしておいて、死にたくないってのはどういう了見だよ」
「都合がいいのはわかっています。ただ、お前たちのようなものは死んだ方が世のためになる。だから焼きました」
「本当に都合がいいな!」
リンは太ももに加減なしの蹴りを入れ怒りを顕にする。
「フフフ、私も自分の存在が果たして世のためになるのかというと自信は持てませんが、死んだ方が世のためになると言われると怒りたくもなりまする」
「こいつを怒らせるなんて相当だぞ」
「わかっています、私だってそれは同じ。この世にとっては余計なもの、悪だ。それでもお前たちのように誰でも殺すわけではない」
「私たちだって誰でも殺すわけじゃないし」
「人拐いを殺した」
「あいつらこそ悪だろ。お前だってどこかに売られるところだったんだ。お前も壺に溜まった金を見ただろ、あれだけ貯めるのに何人の女を売ったのか。どうせ死罪だ」
「それはお前が決めることではありません」
「私たちが悪かどうかだってお前が決めることじゃない」
「じゃあ誰が決める」
「自分が悪かどうかなんて自分で決める」
ナミのその言葉に対しセンは何も答えなかった。
「どうしてそんな簡単にしゃべる?一応はリクと一緒になって命にあったってるんだろ?」
「そうだそうだ!それでも隠密か!仲間を売るようなことしてさ。こっちとしてはありがたいけど。わかった!何か企んでるんだろ?嘘をついて私たちを罠にはめる気だろ」
ナミとリン、二人にとって、拷問されようが命に関してしゃべらないことは隠密としての矜持。いやそれ以前の常識。
それなのに聞きもしないことまで喋るものだから、ナミに続いてリンも少し怒りのこもった口調になった。
「いえ。セン殿からは嘘をついている匂いは感じ取れません。怯えているようではございますが」
「ということは、それだけ今はこの山に住む鬼を逃したいということか」
嘘をついていないと聞いてもなおセンの話しをどう受け入れればいいのかナミは判断をつけかねていた。
「私もかつてはそうだった、お前達と同じ様に自分の命を粗末に扱っていいました。隠密となる時に一度は捨てた命ですが、ツイナに助けられてから考えが変わったのです。助けられた恩に報いるためにも私は生きることにしました」
疲れ、やつれた顔だがセンのその目には力がこもり、意志の強さを見せた。
「ツイナ?誰だそれは」
「この山に住む金色の髪の鬼、山姥と呼ばれている女。私が逃したい鬼だ」
「フフフ、それは好都合でございましたね。私たちも山姥の話を聞き探しておりました。是非ご案内をお願いいたします」
「会ってどうする。鬼のことを知りたいなら私がなんでも話す」
「では、私から一つよろしいでしょうか?」
「何でも話すと言ったはずです」
「ありがとうございます。セン殿の鬼の力が覚醒したきっかけとはどのようなものだったのでございますか?」
センの目から迷いは感じられないが、それでも返答までに間があった。
「ツイナに助けられたことで鬼の力が目覚めた。もう五年ほど前になります。仙台藩からの命により松前と蝦夷へ調査へ向かいました。松前、蝦夷の鮑や海鼠が長崎ではなく唐人と直接の商いが交わされているとの噂を掴んだからです」
「知ってる!抜け荷でしょ。結構重大なことになるよね、抜け荷って」
「そうです。抜け荷は重罪。もし松前藩が関わっているとなれば死罪。松前家は所替となるでしょう」
「では、仙台藩は松前藩の所替を望んでいるということでしょうか?」
「いや、そうではない。仙台藩だけでなくどこでもそうだが財政を考えれば抜け荷で稼ぎたい。これは私の予想になりますが、もし抜け荷であれば仙台藩もそこに乗りたいのではなかったかと思う」
「なるほど。仙台藩は地理的に唐人との商いには向いていないから松前藩を経由しようというわけでございますか」
ご存知のように江戸の頃は外国との貿易はオランダと中国に限られ、その商いは幕府の独占事業でございました。
例えばの話になります。松前藩の特産品として鮑やナマコがございますが、これらの干したものは中国では乾貨と呼ばれ、字に書いた如く、貨幣のように価値のある乾物、フカヒレと並び現在でも高級食材として珍重されております。
他には貴金属や真珠なども国内で商うよりも海外と取引をする方が格段に儲かったようでございます。つまり、鮑やナマコ、真珠などを中国へ売りたい。
しかしながら国外との取引は幕府の独占事業でございます。松前藩をはじめ各藩は直接取引することが出来ません。一度長崎に送り、そこで幕府がオランダや中国と取引しておりました。
要するに藩から見れば中抜きされた形でございます。現代でありましたらインターネット直販に代表されますような消費者と直接取引をして、中抜きの分も利益にしようと考えるのが当然でございましょう。
いや、現代でなく当時もそうしたかった。藩にとって幕府の中抜きが厳しい。幕府ばかりが海外貿易で甘い汁を吸っていたのでございます。
貿易の禁止だけではございません。幕府は地方は参勤交代などにより余計な出費を増やし意図的に藩の財政を悪化させておりました。地方は財源となるものが欲しい、よけいに国外と直接交易したいと考える。しかし密貿易は死罪に加え所替。
所替というのは領主を変えることでございますから、いくら財政難と言えど藩はそこまでの危険はおかせない。それでも貿易の利益は喉から手が出るほどに欲しい。そこで出来た抜け道が民間の密貿易を藩は見て見ぬ振りをする、というもの。
もちろん見て見ぬ振りをするからには見返りが必要でございましょう。袖の下、キックバックでも財政難の藩には貴重な財源。
こうすることで、藩と抜け荷の関係は露見しにくくなるものでございますから、様々な藩が抜け荷を見て見ぬ振りをしていたようでございます。
「私の推察に過ぎませんが。蝦夷へ調査へ向かったが、まるで証拠らしい証拠もなければ、噂話すら耳に入らない。それどころか、こちらの内偵がばれてしまった。飛ぶように逃げたが、仙台藩の密偵だと気が付かれてはいけない。海を渡り、野を駆けどうにか奥州道中まで戻り白河街道へ入ったが、そこで追いつかれてしまった。私はまだ鬼の力を使えない。相手は男二人、一方的に押し込まれた。捕まり拷問されるくらいならと自ら刃を腹に刺した。お前達のようなことをその時は私も考えていました、死んだ方がましだと。死ななきゃいけないと」
「今とは大違いだな」
「そこをツイナに助けられました。ツイナは追っ手を斬り、私を介抱してくれました」
「お腹にあるはずの、その時の自害の傷跡が見当たりませんが」
ムイは裸に剥いたセンの体をねっとりと確認以上の執拗さで触っている。それをナミは一瞥した。
「それどころか刀傷一つ見当たらないな」
「それが私の持つ鬼の力。その時はツイナに介抱されて一命をとりとめた時、力に目覚め、その力を使い傷跡はすっかり消えてしまいました。女のくせに刀傷だらけでは隠密の仕事に差し障る、治せるものは全て治しています」
「なるほど、それは便利でございますね。こうして傷一つないお腹を愛撫出来るのでございますから」
「その力は自分の傷だけじゃなく他の人間にも使えるのか?」
「ああ、軽い傷くらいなら。もちろん斬り飛ばした腕をくっつけるなんて曲芸みたいなことは出来ません、治せると言っても限度はあります」
「じゃあリクはその力を使って拷問で傷つけては自分で治してまた拷問してたんだ。治療してたわけじゃなくてさ」
「それは知らないが、あいつらしい使い方だ」
「他に聞きたいことがなければもういいでしょう、お前たちも早く逃げた方がいい」
縄で縛れているにも関わらずセンのその顔は懇願する時のものではなく、ナミとは立場が入れ替わり、まるで強要するかのように眼光鋭く睨みつける。
「まだだ。そうだ、もう一つ、もう一つ聞かせろ。どうして今は死ねない」
「刃を腹に突き刺した瞬間に思ってしまったのです、死にたくないと。ツイナに助けられ、生きていてよかったと思えた。それまでに感じたことのない気持ちを持つことが出来た、だから今の私は簡単には死ねません」
ナミは難しい顔をするばかりで何も言わなかった。
「フフフ、だからこそ鬼の力が目覚めたのでありましょう。私もそうでございます、感じてしまったのです!それまで知らなかった快楽を!」
ムイは後ろから抱きつくようにしセンの両方の胸を揉みしだいた。
「そんな卑しいことと一緒にするな」
顔をしかめるセンの耳元で囁いた。
「私は快楽によって生まれ変わったのでございます。人が生まれ変わるきっかけに貴賤などありましょうか」
「でもこれでわかった。この山の鬼の近くにいればリクが向こうからやってくる。敵を探す手間が省ける」
「そうだね、リクを殺す事だけが私たちがやるべきことなんだからさ」
「お前達にリクは無理だ。怖くないのか?死ぬのが」
「今の私たちはリクを殺すために生きているんだ。仇討ち以外にやることなどない。リクを殺せなきゃ生きていないのも同じだ」
それを聞いたリンは大げさに頷いてみせた。
その時、木々がざわめくような殺気を感じた。
「あれだけ探しても見つけられなかった山姥も餌があるとこうも簡単に釣れるものでございますね」
ビュッと刃が風を切る音に合わせてムイは錫杖を構える。
三人の頭上から落ちてきた金色の髪が振り下ろした太刀をムイが錫杖で受け乾いた金属音が轟く。
響く音が耳鳴りのようにまだ残る中で怒声が響く。
「センから離れろ!」




