追い風
幸せは、後ろからつむじ風に乗ってやってくるらしい。
そんなことを子供のころに聞いてから、僕は風が好きになった。
風を感じたい、そう願う僕は、陸上部に入った。
風が僕を追い越し、僕が風を追い越す。
後ろから風が吹いたとき、僕はいつも、幸せが僕を追い抜いていったと感じていた。
風を追いかけ、幸せをつかむ。
後ろから風が吹くたび、僕はいつも、手を、前に伸ばした。
この手に、幸せを、つかむために。
向かい風は、僕の悪い運を、真っ向から吹き飛ばしてくれるものだと感じていた。
悪いものを、豪快に吹き飛ばしてくれる、風。
風は、いつも僕と共にあり、僕に力を与えてくれた。
陸上をやめて20年。
僕は、風をつかむことがなくなってしまった。
けれど、向かい風は、僕の悪い運を、しっかりと吹き飛ばしてくれている。
向かい風は、いつだって僕の、大切な、相棒。
追い風は、このところ、吹いていない。
幸せは、なかなか後ろから、追いかけてこない。
けれども僕は、幸せを感じている。
優しく吹く風は、追いかけてはこないけれども、確かにおだやかな幸せを纏わせてくれる。
息子が、陸上部に入るという。
「僕も、幸せをつかんでみたくなったから。」
昔聞かせた僕の話を、覚えていたようだ。
昔僕が好んで風に吹かれたように、息子も風に吹かれるのだろう。
追い風が、息子に吹きますように。
そう、願った。
後ろから、ぶわっと、追い風が、吹いた。
ああ、風が、幸せを届けてくれた。
風が、息子を、認めてくれたのかもしれない。
息子は、風を、たくさんつかむに、違いない。
僕は、久しぶりに吹いた追い風を、つかむことなく、見送った。