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姫陰陽師、なる!  作者: 野之ひと葉
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『……何を、やったって?』

 本来無感情の式だっていうのに、父様が怒っているのが痛いくらいに伝わってくる。

 四半刻もしないで集まってくださった方々に頭を下げたまま、私は小さな光の粒がまだふわふわと漂う中、札と光る珠を置いた机の横に座って、心の中でため息をついた。

 部屋の上座にはいつもにこにこ笑ってる宮司のお祖父様。先読みの才に優れた陰陽師で、私の陰陽の師匠でもある。きっと何もかもわかってるのだろうなと思うのだけれど、相変わらず表情だけでは何も読めないから怖い。

 一段下がった場所には陰陽寮での仕事で戻れなかった父様の式。

 その向かいには、光誠兄様。今日はお休みだったのか、いつもの洋装ではなく、袴姿。少し長めの短髪は京ではまだ珍しい。もともと表情が動かない方だから確信はないけれど、怒ってるというより、驚いている? それはそうだよね。こんな惨状、見たことないもの。でも、少し意外だったのが、光誠様が今も陰陽について研鑽を積んでいたこと。陰陽の修業をされていたのは、十年以上前だったと聞いている。今は全く違う異国の修業をされているのに、この部屋に入ってきてお祖父様とこの状況について話しができていた。

 ああ、そうか。だからいつもなにかあったら光誠兄様に助けてもらわなくてはいけないんだ。

『琳子!』

 しびれを切らした父様の怒声に、さっと三つ指ついて更に深く頭を下げる。

「申し訳ございません! フェアリーを式神にしようとしました!」

 こういう時は、素直に謝る。長年の経験則だ。

『フェ、何だって?』

 聞きなれない言葉に父様が困惑する。

 説明しようと顔を上げて口を開きかけたのを、お祖父様の手のひらに止められた。

「光誠、わかるように」

 お祖父様に求められて、光誠兄様は一礼してから話し始めた。

「フェアリーは、日本で言う妖怪に近いものです。自然の中にあり、民話、物語に出てくる架空とされるものです」

「式になるかね」

「前例はありません」

「害意は」

「惑わすほどならば」

 お祖父様が、光の珠を見る。

「光誠、あれはなんだ」

 問われて、光誠兄様も改めてこちらに目を向けた。

 これは何? 私も光誠兄様の答えを待った。

「強い力は感じます。自然のものであちらの国に近い気配ですが、すいません。私の扱うものとは違う理のもののようです。これ以上はわかりません」

 きっぱりと否定した。

 そうか、わからないのか。光誠兄様ならわかると思っていたから、ちょっと、残念だな。

「琳子、それはなにか」

 怖くはないけれど、お祖父様の声は響く。

 がっかりして崩れていた姿勢が伸びる。

「フェアリーという精霊です。自然の力を司るものを考えました。その、光を」

 そう、私が最初の式に選んだ精霊は、光。

 火や水、風、土は災害に繋がる。だから、害のない光のフェアリーを呼び出そうと思った。命を象徴する猪目(ハート)に、精霊の力を表す十文字(クロス)、それに星を意味するスターの印と同じ晴明桔梗紋を周りに書いて、光を集めようとした。

『お前は! なんでなんの確認も相談もなくいきなり!!』

 父様の式が、急に立ち上がり、消えた。ひらひらと人形(ひとがた)が畳に落ちる。いつもの光景に、心の中で謝る。心配ばかりかけているのは悪いと思っているのだけれど、なぜか自制が効かない時がある。

 そんな父様のことなど気にした風もなく、お祖父様が光の珠に近づいて、じっくりと見分する。

「安定しているようだな。光誠、どう見る?」

 部屋中の光の粒を吸い込んで、表面にくるくると虹色の小さな粒をまとった珠は札の上に浮いている。

「これ自体の意思は穏やかなようですが」

 光誠兄様が、ちらりと私を見た。

「琳子殿に対してどうとは、わかりかねます」

「そうか」

 お祖父様が人形を取り出して、息を吹きかける。

 ふわりと舞った人形は、ゆっくり落ちながら童子の姿になった。札ごと珠を袂にくるむとそっと抱きしめる。

「あとはあちらにまかせるか。向こうもその気だそうだしな。光誠、琳子を頼むぞ」

 お祖父様の言葉に、光誠兄様がうなずく。

「琳子、ここからは先は試練だ。間違えず、己を信じなさい」

 お祖父様の手が、ぼんやりと座っていた私の頭を撫でた。

 どういう意味かわからなくて見上げると、少し困った顔が、それでも優しく笑っていた。

 何か、とんでもないことが起きてしまったと、その時急に理解した。そして、混乱する。

 ふわふわと楽しかったのは、何?

 無性にやりたかったことは?

 私は、何を呼び出してしまったのだろう?

「お祖父様! ごめんなさい! 本当に、ごめんなさい!」

「よいよい。それが琳子の性だ。あれも分かっているから、心配なのだ」

 ぽんぽんと子供をあやすように頭を撫でながら、お祖父様は畳の上で静かになった父様の人形を振り返った。

「すいません。時間が惜しいので、よろしいでしょうか?」

 光誠様の声がさっきとは違って緊張している。

「連絡は私がしよう。光誠はこれを連れてすぐ向かいなさい。琳子、着替えなさい」

 お祖父様も厳しい口調に戻ってしまった。

 でも、

「着替え、って?」

「なるべく外で目立たないように。すぐに別の所にこれを運びます。責任をとってついて来てもらいますよ、姫陰陽師」

 童子を――その腕の中の光る珠を指差して、有無を言わさぬ口調で光誠様が私をにらむ。

 姫陰陽師。私が大嫌いな呼ばれ方を、今わざとしてみせた。

 そして、私は初めて理解する。

 ……一番怒っていたの、この人だった。

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