プロローグ
非常に不謹慎なタイミングでこれを投稿することを予めお詫び申し上げます。しかしながら、私たちはどのような状況下にあっても生を受けた以上、生きねばなりません。だからといってそれを重苦しく描く事も私としては間違っていると思います。この作品は私が、特撮のヒーローへの憧れで描かれたものでありながら、その在り方に対する疑問を社会風刺を交えながら問う作品でございます。また、社会問題や自分が好きな歴史上の事件のオマージュもそのうちするかもしれませんが、リアリティの追求は極力避け、コメディとしてフィクションを描きます。よろしくお願いします。
老人が子供を車で轢く事件にも飽きてきた頃、なんとか無事に某世界陸上系大会がこの国で開催された。首都は各国から選手の躍動感あふれる姿を見物しにくる客で賑わった。憧れの白人も今やここに行けば飽きるほど見られるし、飽きるほどこの国との文化性の違いがよくわかるもんだから、俺は仲良くなったそいつらと、ボランティアの身分でありながら、猿より知恵が遅れるほど飲み歩き、そいつらにボランティアを頼んで家まで送り届けてもらう日々が続いた。海外に行った事ない俺にとってはそれが異国文化交流でありながら、開催国民という鼻を伸ばせる立場であったせいか、そいつらにはうんとうまい日本酒を紹介して、持って帰らせた。我ながらいい社会貢献だとも思う。流石日本ボランティア代表って感じだ、と自分を誇っていた。
俺としては、前年の無差別殺人事件の多発とか芸能人の大掛かりな不祥事とかでかなり不安だったもんで、最初は開催すら懐疑的だったが、大学の単位とかの問題もあって、なにかしらの称号がないと今後の就活で詰んでしまうという、先の見えないぼんやりとした不安(芥川流)があったせいか、友人を誘って申し込んだ。が、びっくりするくらい、同じ国のやつがいないから、行って損した気分だった。現に周りのやつは真面目に講義を受けて、真面目に課題やって、真面目にテスト勉強して、えらい偉いと教授に背中を叩かれて作り笑いするような真面目な奴ばっかりだった。だから、こいつらは就活も恐らく詰むことなくスムーズに教授のコネを使ってか、あるいは使わずとも自分の行きたい道に進めるだろう。返って、俺の事なんだが、講義中はモ〇ストやったりとか映画見たりとかして時間をつぶし、課題も自分の日記のようなものを書いて誤魔化し(もちろん不可)、テストは一発勝負だったりして、教授からは背中から刀で一刺しされそうな威圧感が押し寄せてくる傍ら、卒業できるかどうかさえ怪しさに恐怖していた。だからゼミの担当にボランティアへ行くって言ってみると狼の咆哮の如く泣き出しながら一万円くれたのを突っぱねたのは記憶に新しい。仕事は確かに忙しかったが、いろんなやつがいて、競技の数だけ仕事があったから、すごく充実したものになった。それも今日で最後ってわけだ。仲良くなったジョニーとジェシーはみんな帰ってしまってセンチ気味な俺だったが、そんな彼らの思いを背負って、スタジアムへ向かいます!
…………………
…………
……
いつも人が集う方向から人が走っている。いや、逃げていた。上を見ると、明らかに聖火から出ている煙とは違う、大きな黒煙が空へ混じっていた。俺はとっさにそこへ向かった。向かわざるを得なかった。仕事とは違う、自分の本心がそう告げて筋肉が悲鳴を上げる勢いでスタジアムへ入る。この時、いつもぜえぜえと悶えながらうなる肺の苦しみとかストレスなんてものはどこにも無かった。ただ、グラウンドを見ていると、たくさんの選手が横たわる傍ら、黒い、焦げているような塊が黒い煙を上げながら炎上していた。異常事態なのは目に見えて分かる。平常心なら、俺もスマホ掲げてインスタになんとなくストーリー上げて自己顕示欲を満たしている。でも、そんなことをやっている場合じゃないのはいくつもバカみたいな行動を掲げてきた俺でもすぐ分かる。澄み渡る空すら遮る黒煙が目に染みわたり、涙をこらえながらも、今度はそいつが肺をも焼き焦がし、咄嗟に咽て蹲りそうになりながらも、俺はそれに近づこうとした。が、がちゃり、冷たい金属の感触が両腕を伝う。嫌な予感も同時にした。も、もしかしなくても、これは………
「それでも俺はやってない」
「知らんな」
まだ痴漢冤罪で捕まりたい人生でした。
酷い冤罪だったからって理由で放り出されるのもすぐ、って訳にもいかなかった。なんせこれは国際問題。やってもない罪に募らせる後悔、俺の肖像テレビで公開、俺の未来と人生崩壊、とこんなノリで、とんとん拍子に進み、本来なら所持する事も禁止であるかつ丼を取調室に持ってくるような教養ない奴に自白を強要させられたのだ。
「お前がやったんだろ」
「違います」
「なんでやったんだ!」
「やってない! カメラ見てカメラ! てか普通、最初名前確認するでしょあと住所とか性別と年齢とか」
「お前が、このかつ丼美味しいな」
それお前が食うのかよ。
「てか、証拠もねえし、動機もねえし、生活あるしで、普通に迷惑なんだけど、ってか俺もかつ丼」
「あげにゃい」
「きも」
俺の拘留は二日伸びた。
非常に暇で憂鬱な二週間+二日の拘留生活だったが、家族との悲しい交流もあったので、余計に胃がねじれる気分であった。冤罪が確定し、無事外へ抛り出され、娑婆の空気はうめーっとそういうわけにもいかなかった。あ、言い忘れていたけど、俺、大学でミスター取りまくって殿堂入りして、ちょいちょいテレビに出たもことある、俗にいうイケメン男子だったりするぞ。来世は田舎のかわいい女子中学生と入れ替わりたいと願っているがまだ童貞だ。話が脱線したが、イケメンであるという事は返って目立つ存在でもある、と言ってもいいだろう。顔写真がテレビに映ったせいで、俺を見ると気分悪そうに睨んでくる奴ばかりだから、これに関してはちょっと心が痛い、というレベルで済まされなかった。戻ってきたケータイをアパートに戻って確認すると、ツイッターとかインスタのフォロワーが死ぬほど減った上死ぬほどブロックされてて死ぬほど泣きそうになった。だが、それ以上に死ぬほどきつかったことがあった。大学で講義を受けている途中であった。涼しいエアコンの風が当たる席を取って、イヤホンでアニソンを流しながらコンビニで買ったエ〇スを読んで、浮ついている時であった。勿論周りからも浮いている存在であった。元々だけどな!
「叶瀬くん、こっちきて」
途中でお呼ばれくらってとりあえず来てみたら、豚の分際でスーツ着て眼鏡して髪の毛生やしたかのように見えるおっさんが、一枚紙を提示したのだ。
退学届だった。それを見てこのままお空へ飛びたいと思った。
だが、他人様にはご迷惑をかける事は出来ず、なんだかんだ退学するしかなくて、なんだかんだ親に叱られ泣かれ、なんだかんだTATSUYAのアルバイト募集に受かってしまったので、とりあえず、なれるかも怪しい社員を目指して一生懸命頑張っております。
実はここまででこの国は非常にマズい所まで足を突っ込んじゃっていたのだ。なんと俺が捕まった理由は全他国民を安心させるための土台だったらしく、その上俺の釈放はそこまで大っぴらに報道されていなかったのだ。しかも、同じ理由で捕まった奴は俺のほかにもいたらしく、更に実は真犯人が捕まっていなかったりで、これがバレるとこの国の治安維持組織の適当さに全世界が呆れに呆れ返った。ちょっと前までは「がんばれ」のキャッチフレーズの元、国民総出で頑張っていたものも、「がんばってくれ」と国民からもあきれ返られていた。その分俺はお国様から莫大なお金を知らない間に受け取ったが、この国での人権らしい人権は失われたも同然だった。海外へ渡航も案内されたが、日本の文化と日本語大好きな俺は、当然拒絶した。
お陰であれから二年経ってもマスクが外せない。ま、これは別の理由なんですけどもね。
今日もアルバイトだったから、とりあえずお国様から税金払ってもらってまで住め! って言われた場所に住んでいる所から勤務先へ出発。目標は二キロ先で、電車乗った方が絶対早いんだけど、俺は自分の足を信じるぜ。なんたって、国から毎月三十万も貰って暮らしてるんだからな! 節約してもらったお金大事にしねえとな! なんて馬鹿な事を考えているつもりは全然ない。とはいうものの、半月ほどニートごっこをしていたが、こんな俺でも何かしてないと落ち着かなくなっちゃうというか、このままだと俺どうなっちゃうの、みたいな危機感がぞくぞくと迫ってきて、それでも正社員に俺はなる! みたな夢は遠い遠い来世のお話のようにも感じちゃう自分もいた事もあって割とこの矛盾が俺を動かす原動力になってたりもするのよね。現に正社員募集に関しては俺の名前を見ただけで断る企業ばっかりだった。そう、小さな小さな零細企業でもな。割と人より映画を見てる自覚がある俺はとりあえずアルバイトとしてレンタルビデオ屋さんにでも雇ってもらおうと思ったわけよ。んで、こんな自分語りしてる内に我が勤務先に着きましたというわけですね。もうあの日から二年くらい経って地元の付近ではアニメ映画のブランドのテーマパークなんてできたりしてて、行ってみたいなって気持ちもあるんだけど、どこかで知り合いに出くわしそうで行きづらい。そもそもこの現状も生きづらい。でも、仕事内容に関しては文句なしだ。むしろこっちの娯楽見たいところがある。例えば、客の観察だ。結構いろんな客層がうちの店を利用するわけだが、その中でも特に面白いのが一人でアダルトビデオや、それに類する映画やドラマのDVDを借りる奴らだ。一人でってのがこれのネックだ。友達とかといるとふざけ合って借りたりして見ててイライラする。この一人でここにくるやつらってのは俺らも人であることを察してか、結構きょろきょろ周りを気にしながらレジにモノを持ってくる。セルフレジが埋まってる時にみられる現象だが、これはレジに立ってる時も結構見る事ができる。なんせ、こういう俗っぽいもの借りる輩は夜中にやってくるからな。昼間から暇してるやつとかそういう例外もあるけど。まぁ、そういう輩の行動って結構共通してて、大きく分かれて二ついる。どっちもきょろきょろしてるんだが、レジを無駄に急かすやつと、レジ前に来て途端に強気になるやつだ。強気になるやつは特に面白い。常連が概ねそれで、自分の性事情(一人遊び)なんかを女性スタッフに暴露してドン引きさせる奴がいる訳で、俺はそういうの見るのが堪らなく面白い。なんでこういう事癒えちゃうんだろうって、人間っておもしれえってそういう好奇の感情がぐつぐつって鍋で煮えてるかのように滾るわけよね。んで、やっぱり女性スタッフも助けを求めに俺を呼ぶわけよ。そうして俺がやってくると、つまらなさそうに速攻会計済ませて帰ってくむなしい男の後ろ姿よ。まじで性欲って人狂わせるんだなって感じちゃってもう最高に楽しいよなってのをみんなに共有したいんだけど、やっぱり自分だけのものにしたいなっていう俺の小さな娯楽。こんなんでも、絶望的な状況化にいる俺に生きる理由を示してくれてるんだから、この仕事がやめられない。でも、女性スタッフに電話越しでアダルトビデオのタイトル言わせるクソ野郎は滅んでもいいかなと思う。現に俺が言う羽目になる。今日もそういう娯楽に出会えた。というより今がその時だ。油か汗でてかった頭皮をか目で数えられるくらいの細い毛で覆ったいかにも禿って感じの見た目五六十代のおっさんがDVDを三本手に持ちながらこちらを見てレジに行くのを躊躇っている。セルフレジは普通の映画を借りるカップルとかそういった集団が行列を作って入りづらいのだろう。だから俺は敢えて、声を掛けてやるぜ。
「お待ちのお客さまー、こちらへどうぞー」
一瞬、びくっとしながらこちらを見据え、何か諦めのような表情を浮かべながらアダルトビデオ戦士はレジの前へやってきてDVD三本をカウンターに置く。俺はそれのキーを外しながら、ビデオの内容をちらりと見てみる。普通の映画二本の間に挟み込むようにアダルトビデオディスクが入っていた。えーと、タイトルは『寝取られ極上美人妻ゆうり』。人妻ものかよ、と自分の性癖との合ってなさにちょこっと落胆してみる。
「会員カードお持ちですかー」
と、煽るように言ってみると、無言で手裏剣を投げるかのような素振り、を魅せる事なくそっとつり銭の受け柄にカードを置く。カードスキャン&返却! ってのがいつもの作業なんだが、ここでTATSUYAマニュアルインデックスである俺はぱたんとバーコードリーダーを置いた。二本のアダルトビデオが未返却だ。えーと、タイトルは『寝取られ極上美人妻はるか』『もうやめて! 旦那の帰りを待っているのに。でも悪くない』って、こいつ離婚歴あって何かしらの執着心を一人遊びにぶつけてるだけなんじゃねえのか、という変な考察はさておき、
「あのう、お客様。前回ご利用されたものが返却されていないようでして」
それを聞いた禿げの客が、白々しさを含ませて目線を泳がせていた。そりゃ、返却してないものがアダルトビデオだなんて口が裂けても言えないよなぁ。名探偵はお前の罪(過ち)を見逃さないぜ。
「き、記憶にありまぜんが」
「一応こちらの方でまだ未返却のものが二つ」
「そ、それは……… 今度返します」
「延滞料金が発生してしまいますがよろしいですか?」
そういうと、男は財布を取り出し中身を確認する。横目でちらりと見てみると、かなり分厚い財布で、金持ってるなぁと思っていたらレシートが詰まってただけだった。財布に入れていいのはちょっとの現金とクレジットカードと薄いゴム位にしとけよって突っ込みたくなったが、いかんせん俺の財布もそんな感じだから、人に言える立場じゃないぜ。反省しよう。
しかし、男の財布を探る素振りが少し長い。未成年のガキがタバコを買う時にあるはずもない成年済みであるという照明をするための免許証を探すそれと一緒だ。しかし、相手は初老のバツイチ(推定)。金はあるはずだ。だからじっと待っててやるさ。とぼーっとしてみる。今日の飯でも考えるか。えーと、味噌煮込みうどん……… ぐつぐつと煮えた味噌ベースのスープに、それに浸かっている太く噛み応えのある白いうどんのハーモニー。細かく刻んだ鶏肉の出汁がより一層コクを生む。しいたけとかニンジンを入れてみてもいいだろう。あ! 卵だ! そう、卵があればより一層、あの温かみと塩分の象徴たる味噌煮込みうどんを完成へと導く。今日はこれにしよう。幸せだ。
「叶瀬くん! 叶瀬くん! ねぇ! 男! 逃げた! 追って!」
え? っとそんな素振りをしてみるが、確かにあの禿散らかしたおっさんはいない。カウンターを見てみると、あったはずのビデオも存在しないのだ。あるのは空しくモニターに映るアダルトビデオのタイトルと会員情報のみ。正直言ってしまえば、住所も電話番号も名前もここに載っているから警察に突き出そうと思えば後からでもできる。しかし、追える距離にいるならば、そいつを追うのが俺の正義の心ってもんよ。TATSUYAマニュアルインデックスからグレートTATSUYAナイトへと転職した俺は天命に誓い、寝取られ執着魔を捕獲するぜ。
「こら! 叶瀬! カウンターから乗り出さない!」
男の影がここの出口を出て左に折れた。だから俺も階段をしゅばばばばって降りて、男の影を追う。しかし、普段から酒とタバコをやっている事と、マスクは外せない事もあって疲労感は百倍、逆アンパンマンな身体がスタミナの消耗を急がせる。さっさとアンパンチで追われよ畜生と思いながら、現実はそんなに甘くないぜ。なんせ敵もばいきんまんじゃない。とっつ構えて公正させ、再び人工芝という名の社会に放り込まねばならない。そう! 私は社会の戦士なのだ! 思い込めば思い込むほど俺の身体は限界が来ても疲れを忘れさせてくれる。精神の力って異常だ。いつの間にか相手をとっ捕まえているんだもん。
「ぬ、ぬすんだものを返して、ください」
お陰で疲労感は今になって返ってくる。おかげで息をするのにも一苦労だぜ。でも相手はうつぶせで腕を十字に固めてやったから、上手く動けない。子供の頃、懸垂とか鉄棒で割と腕の筋力には自信がある俺だったが、ここで活きるとは思いもよらなかった。それにこういうシチュエーションも初めてだったから、割と今でも興奮してる。
遅れて女性スタッフの三上さんも息を切らしながら追いかけてきた。大学生のアルバイトなのにこんなことまでさせられてちょっとかわいそうだなと思いながらも、この状態では捕まえているこいつを牢に放り込ませることができない。かなり助かったぜ。そういう訳で力持ちでボディビルサークルに入っている三上さんにその男の身柄を預ける。おれも携帯を取り出して、1、1、0とキーを打ち込もうとした。だが、俺はそれを一旦消して別の番号を入力した。すると、十分立たないうちに“警備会社”がその男の身柄を確保して、車に乗せて闇に帰って行った。
あの競技大会テロによって、行き当たりばったりで俺や、他の人を捕まえ、実名で報道してから二年。ずさんな対応によってこの国の治安維持組織である警察は大きく信用を落とし、返って民営化が図られようとしていた。そんな中警備会社が警察の代わりを務められる法が整備され、国の治安維持と民事の会社のパワーバランスが逆転し、警察の仕事はただ捕まえた人たちを管理するだけになってしまった。それこそスピード違反とかの軽犯罪なんかはそのまま捕まえる事はあるが、警備会社の信用に勝れない所もあり、この国の治安は著しく低下した。今回の事件も些細ではあるが、その氷山の一角だろう。お陰で銃や薬物なんかも出回りやすくなり、個人が社会そのものに対し疑いを持たねばならない混沌の時代となっていたのだ。その為、健全な子供の育成を進めるため、各都道府県の都市の一部を統合し、そこを特別学区とさだめ、小学校や中学校、高等学校大学を集中させ、教育そのものを変える法を同時に設立した。学区内は学生たちだけである故、治安の低下は微々たるものだったが、一部の場所は毎日のように闘争や事件が起きている。俺が今いる場所はその学区内であるから、そういった闘争に巻き込まれるような事はないが、外はどうなっているんだろう、なんて考えたくもない。俺は俺だから、俺らしく生きる。だからここにいるだけだ。
日が傾いて超強烈な太陽光線がアパートの部屋を攻撃したせいで俺は目覚めた。なんとなくスマホを見る、五時! 今日は六時出勤であることを思い出した俺はいそいで準備して自転車で人混みを駆け、TATSUYAへ向かう。急いでタイムカードを切って朝礼を聞き流し、いつものレジへ。
「おはよ~ あら、どうしたの。そんなに急いで」
と、声を掛けたのは主婦の堺さん。三上さんの友達の母である。年齢は四十半ばだが、お肌のケアを欠かしていないのか、かなり若々しく見える。ただ
「おはようございます。寝坊ですよ。起きたら夕方五時で、まさか夕日に目を覚まされるとは思いもよらなかったですよ」
「若いっていいわね」
俺は今年で二十五である。よって若いと言われても疑問を覚える歳でもある。
「もうおっさんですよ」くらいしか返せる言葉がない。しかし、どうやら違う意味であったらしく、
「違うわよ。あなた、昨日の夜捕まえたんでしょ? 万引き犯。レジ飛び越えたって話、うちらで持ち切りよ」
なんでこうも主婦という人間はステレオスピーカーの如く、人様の成した事を広めたがるのであろうと、頭の片隅に置いておくが、今回の件に関しては悪い気はしなかった。なんせ俺の英雄譚だからな。大好きな特撮ヒーローたちもきっとどこかで俺を賞賛してくれている。
「叶瀬さん! おはようございます」
昨日一緒に万引き犯を捕まえた三上さんがレジへやってきた。三上さんは一部の男性スタッフから非常に人気のある、いわばここのTATSUYAのアイドルのようなポジションだが、あまり本人に自覚は無い(ないふりをしているだけかもしれない)上、交際の情報も一切ない為、本気で狙っているスタッフが数名いる。それに加え、三上さん目的の常連もかなり存在しており、低迷しつつあるレンタルビデオ業界で、この店が存続できているのは彼女のお陰かもしれない。しかし、就職の都合で今年度の三月にこの店を辞めるそうだ。これには店長も結構真面目にビビっており、不安のせいか最近飲むコーヒーの量が半端じゃなくなっている。そしてトイレに行くと花子さんの如く店長がいる。
「おはよう。昨日ありがとね」
と、軽く、かわいい子ちゃんに返す俺だが、女性関係にあまり希望を抱かないように努めている。前述の事もあり、仮に誰かと付き合えば、そいつにも今の俺と同じくしてマスク生活を強要する羽目になるかもしれない。それに、趣味も特撮とカルト映画(主に邦画)鑑賞とかいう誰にも理解されなさそうなもので、恐らく付き合っても三日あれば長い方なのかもしれない。童貞だけどな!
まぁ、そんなこんなで今日も三上さんが来てからレジが動くようになり、朝番のおばちゃんが退勤しながら客とか社員の陰口をぶーぶー垂れ流しながら帰ってるのをみるとこっちも鼻で笑えてくる。いつもの客観察もいつも通りで味気ないなぁと思いつつ、レジに流れてくる客の相手をしてみたりして様子を見計らってはみるものの、やはり今日は退屈な日になりそうだ。今の時間を見てとシフト表を照らし合わせると、次は返ってきたDVDをもとの売り場に戻す作業をせねばならんので、三上さんとはしばしのお別れだ。てか三上さんの基本シフトがずっとレジなのはやはり、彼女がこの店を動かしているからなのだろうか。余計な事は考えず帰ってきたものを返しに行く。
割と退屈そうに見えるこの作業だが映画をよく見る身としては結構これも楽しい作業の一つであったりする。例えば、今手に持っている『ハ〇ーポッター』とか『ショーシ〇ンクの空に』なんかは俺以外のやつも知ってるし、確かに内容も見てて飽きない所か今でも見返すくらいに普通に面白い。ただそれは映画が面白いだけであって、誰でも知っている、誰でももう一度見たくなるようなのを返却するっていうのはやっていくうちにどこかで作業になって退屈を生む。しかし、自分しか知らなさそうな際どい映画であると話は別になってくる。返していくうちに『徳川○刑絵巻』という映画のDVDが一番上に姿を現すと、俺はちょっとした興奮に見舞われる。この映画は人に見せられるような健全なシーンなど全編において皆無であるが、通してみると伝わる、醜さこそあるが、それらを交えながらの愛の物語なのだ。しかしながら、足を牛に引きちぎられる女性のシーンとか、延々と垂れ流しになっているアダムとイブごっこのシーン満載で、最後は人間がパックマンのように首だけになって話が終えてしまう事もあって普通に見ているという事実だけで拒絶されるような内容だ。しかし、それでも語ってみたくなってしまうのが人の本望ってやつで、それを耐え続けた結果、誰かは分からないが、これを借りて見てくれた人がいるというその事実だけで、俺は軽く感涙してしまう。だから、売り場に返す時も少し寂しさを覚える。そう、この仕事は俺にとって転職なのだ。俺はTATSUYA人間なのだ。と豪語したくなってしまうが、今は仕事中なので、心の中で叫んでおこう。
返すものも少なくなってきた頃、最後に行っておこうととっておいた特撮コーナーに返すDVDを見て、少し胸をうならせた俺は限界まで手のひらを広げたくらい積んであったそれを二束持って、エデン(特撮コーナー)へ向かう。ゴ○ラといいスーパー○隊といい仮○ライダーといい、この界隈は男の夢というものが詰まりすぎている。いつ何時であっても、崩さないスタンス、そして歪む社会に屈しない絶対的な正義感、そして、仲間との絆! どこをとっても悪い所一つもない。例え売れた俳優が不祥事起こしてもその俳優を応援したくなっちゃうくらいに俺はこれを崇拝し続ける。作る人も演じた人もそれを応援してくれる人すべてを俺は愛するぜ。そんな心情でDVDを売り場に戻していたのだが、どうもさっきから変な視線を感じてはいた。別にそれ自体に不穏さはない。 ちらりと横目で売り場の影を見てみるとシルエットが束の間現れるのだ。それがさっきからどうも不審だった。
仕事を終わらせ、今日もコンビニでお酒とタバコを買って帰ろう! と思ってもその視線が当てられているという感触はどうにも消えない。帰っても、次の日も、その次の日もそのまた次の日も、一定の形を纏った影はどうも消えてくれないのだ。それは一種の恐怖で、俺はいつの間に怯えながら出勤するようになっていた。まぁ、たったの一週間だったんだけどな。それでも一週間も続く意識外の継続的現象って本当に怖い。例えるならそう、一週間前から現れたゴキブリをやっつけても、やっつけてもまた出てきてやっつけねばならないという義務感に似たようなそれだ。人はそれをやっつける事、あるいは見なかった事にして逃げる事しかしないが、もし、相手が人であるならば、と俺は考えたんだ。だから振り向いてやった。ゴキブリのようなそいつを敢えて探した。例え、それが本当にただのゴキブリであったとしてもかまわないし、本当にそれが人であるならば俺もそいつと話がしたいと思う訳よ。ストーカーに負われる女性の立場ってのは確かに分かるがこれができる事がある意味、申し訳なさも含め、男の特権だとも思う。だから、その日は相手を怯えさせる勢いで探した。そうしたら、そいつは青いバケツみたいなゴミ箱の中にいたわけだ。しかも女だ。ご丁寧にふたもして、なんでここまで見つかりたくないんだと思いながらも、俺が見つけた時にそいつが見せた表情は思っていたよりも平常で、むしろ待ち望んでいたかのように平然と構えていやがった。非常にむかつくが非常に怖い所もあって、ふたを開けた瞬間はやっぱり俺でも腰を抜かした。新しいタイプの恐怖だった。
「おい、ストーカー野郎。このマスク野郎に何か用があんのか?」
「ふ、ふふふふ」
なんだいきなり笑いやがって気持ち悪い。
「なんだ。今更俺に何の用だ。こんなご時世にストーカーは流石に俺でも命の危機感を覚えるぞ。面と向かって話に来やがれってんだ」
まだ俺を面白がってついてくる野郎がいたのは流石に心外だ。確かに誤認ではあったが、捕まった後の俺の態度が良くなかったのは反省している。しかし、あれから二年も経ったのに、まだ俺に付きまとって面白がる奴がいるなんて、つくづく暇な奴だ。
「この前の活躍、そして思っていたよりも堂々としているその精神……… 気に入ったわ。あなた」
「は?」
「暇な日あるかしら?」
なんだ。いきなりデートのお誘いか? それはお断りだぜ。なんせ俺は将来のTATSUYAの輝かしい社員になり、出世に出世を繰り返し、TATSUYAエンペラーとしてその名を歴史に刻む男なのだ。
「ない」
「あら、そう。ま、これあげるから、気が向いたら連絡頂戴」
と、俺が目の前の女からもらったのは一枚の紙だ。求人の案内のようだ。確かに、二年前から、優秀な奴は就活を海外でやってそのままこの国を去るやつが増えている。そりゃちょっとお外出たらなぜか年中花火の音がするような場所で生活するって言うのもおかしな話だ。でも俺は趣味をこよなく愛せるならここにいたい。だから、俺にとってはこの求人に関しては悪い話ではないと思った。
「じゃ、あなたからの連絡、楽しみに待ってるわ」
えーと、株式会社メソッド。社員数は十二人と少ない。どうやら小さい商社のようだ。営業職で月給二十五万。昇給ありで、賞与は年二回。交通費も支給ありで、服装髪型も自由か。学歴も不問。社会保険制度も手当てに関しては割愛するがとりあえずいつも見る求人と同じような事が書かれている。まぁ書いてあることの八割は嘘なんだけどな! しかし、二十五になってまで定職についていないこの身において正社員になれるというのは俺にとって大きなチャンスなのかもしれない。今のTATSUYAの店長もフリーターとして働いてから二十年経ってやっと今の地位にいる訳だ。俺も本気でTATSUYAの社員になるならば、それ相応の時間と努力をこのバイトに注がねばならない。それに正社員になればきっと我が両親と兄弟も喜ぶだろう。となれば話も早い、明日電話しよう。
久しぶりに履歴書とやらを書き、スーツに身を包んでマスクを外して証明写真まで撮った事もあって生まれ変わった気分になった……… 訳でもなく、夜型の生活をしている身にとって日光というものはスペシウム光線を食らっているくらいに苦しい。吸血鬼が太陽の光を拒む事と同じくして特別生活保護吸血鬼である俺も太陽光線に弱いのだ。しかし、立派な正社員になれるチャンスが今、目の前にあるのだ。そう、俺は指定された住所に来たのだ。そこは四階建てのビルの二階らしく、キュベレーという名のバー(多分おかまバー)の右側にある階段を上る。すると株式会社メソッドと書かれたガラス張りのドアがあった。このドアを潜り抜けたら、俺は社会人、俺は社会人と、三回念を込め、二階ドアをノックした。そして気づいた。ドアの右側にインターホンがあったという事を。ちょっと恥ずかしい思いをしながら、インターホンを鳴らす。
『こちら株式会社メソッドです。ご用件は何でしょう?』
声の主はどうやら女性のようだ。
「め、面接に来た叶瀬とも、申します」
緊張しておどおどして、ついどもらせてしまった自分が情けなく思えつつも、引き下がるわけにもいかない。
『ぶっ、叶瀬さまですね。中に椅子があるのでかけてお待ちください。』
中にいる社員さんに笑われた気もするが、気にせず言われた通りに中へ入り、パイプ椅子に腰かける。三人の社員がパソコンを目の前にこちらをじろじろ見ながらうかがっている。やはり、俺の知名度の高さは色々な所に広がっているらしく、ちょっと目線を外すと肩を震わせている。思えばTATSUYAに入りたての頃もこんな感じだったのかもしれない。みんなが俺を見て笑い、
はっきりいえば落ち着ける場所なんて一人でアパートに帰った時くらいだった。初対面で笑わなかったのなんて本当に三上さんくらいだ。三上さんはまだ色々分かってない俺にも丁寧に
仕事を教えてくれたりして、今でもかなり感謝している。それに、休憩中も優しく接してくれる女神さまのような存在だ。よくよく考えると本当はあの子俺に惚れていたんじゃ……… あかん、これ以上考えると三上さんの事本当に好きになってしまう。精神統一し、今は目の前にある面接という名の試練に望まねばならんのだ。と考えているうちに、昨日のゴミ箱から現れた女と、強面で背の高い、骨付きの良い身体を白いスーツに包ませたヤクザのような男性が目の前に現れた。この人が社長なのだろうか。かなり厳しい職場なのかもしれないが、それもまた社会なのだろう。例え天から降り注ぐ滝の水勢にも耐えうるこの強靭な精神力でこの世の中を生き抜いてみせるぜ。
「叶瀬大河さんですね。私は社長の秘書の新庄大吾と申します」
と、隣の男の方が名刺を差し出してきた。いや、お前が社長じゃないのかよと心の中でつっこんでおこう。と、いうことは。
「ようこそ、株式会社メソッドへ。私は天ヶ瀬美奈。ここの社長よ。あなたが、ぶっ、叶瀬大河さんですね。こちらへどうぞ」
大丈夫かこの会社。なんてことは思っていけない。しかし、ストーカーし続け、果てにはゴミ箱からウツボのように現れ、そしてさっきも吹き出しかけた奴の配下になるのは少し気が引ける。だが、それも社会なのかもしれない。なんせ今は多様性の世の中だ。どのようであれ、あらゆるものを受け入れ、それと上手く混じり合いながらも自分を見つけだし、社会を引っ張らねばならないのだ。だから、ここで引くわけにはいかない。それに勤めても三年続けなければ、そこの空気と仕組みがつかめないのは世の常だ。だから、黙って社長の言葉に従い、案内された部屋に入る。よくある面接会場のように端に長テーブルが用意されていて、そこに面接官が三、四人いて、すこし距離を置いた場所に一人、あるいは複数人の就活生のために用意された椅子がある、そんな空間を予想しながらここへ入ったものだが、現実は全然違った。机こそあったが、その上はパソコンやら書類やら詰まれた本で散らかっており、今になって社長と秘書が必死になってそれを片付けている。床にもいろいろな書類や本が散乱しており、まるで自分の部屋の中にいるような気分だなと思いつつも、招き入れるなら最初から片付けておけよと心の中で思ってみたりもした。
「あ、叶瀬くん。そこ、座ってもいいから。」
と、社長が指を差しながら言った先には古びたソファがあった。が、ここにもいくつもの本が積まれていた。どれも経理系の参考書、というわけでもないどころか、あったのはまさかの漫画本だった。普段何やっているのだろうと嫌でも考えたくなるし、ここが何を志し、何で存続できているのか自分でもよくわからない。
「あ、あの、本はどうすればいいのでしょうか」
「あーそれどかしてその辺に置いといて~」
言われた通りに積まれた本を床に置いておく。一応、座ってもいいと言われていたので、素直に腰かけて、片付けが終わるのを待つ。机の上が片付くと、天ヶ瀬という社長も腰かけ、面接が始まった。
「では、ぶっ、面接を始めます。ええとでは、自己紹介をお願いします」
また笑われたが、一応こちらもそれくらいの面接の心得はある。だから真面目に答えるぞ。
「私は叶瀬大河と申します。前職はTATSUYAでアルバイト社員で接客業を務めておりました。社内ではTATSUYAカード+キャンペーンで百二十三件の新規会員を獲得し、金賞を受賞しました。私といたしましては、自分が培った営業力をもっと別の所に活かせるのではないのかと、思い、御社の応募を見てここへ参りました」
本当は五十二件で受賞したのも銅賞なのは内緒したい。
「身長と体重を教えて頂戴」
そんなこと関係あるのかなと思いつつも、一応答えておこう。
「はい。百八十三センチで体重は六十五キロです」
しかし、自分で自分の身体を言っていてなんだが非常にやせ型ですこしげんなりする部分がある。もっとムキムキでもっとガタイのいい、それこそ今社長さんのとなりにいる男のようになりたいとも思う。
「えーでは、御社の志望理由をお聞かせください」
いや、志望理由も何も元々スカウトだろ。
「はい。私といたしましては、社員同士の中の良い、アットホームな空間に憧れを抱いておりまして、天ヶ瀬様と初めてお会いし、求人の書類を頂いた時に、ここならば自分の能力を最大限発揮できるのではないかと思い、志望いたしました」
「長所、短所を、ぶっふふ、お聞かせください」
「長所はコミュニケーション能力に秀でている事です。先ほどお伝えした通り、私が社内キャンペーンで受賞出来たのは自分のコミュニケーション能力の高さが活かせたからだと思います。これは幼い頃から、臆することなく会話出来た事もあり、その積み重ねが今に生きており、今後もそれを活かしてこの先のキャリアをつないでいこうと考えております。短所はコミュニケーション能力の高さが起因して、時折、場の空気を乱してしまう事です。これにいたしましては、自覚している事もありまして、今後は冷静に行動し、場との協調を意識しながら正確に仕事をしていきたいと思っております」
俺がこの質問に答えた時であった。場の空気が一変したかのように、天ヶ瀬という女は腹を抱えて笑い始めたのだ。
「ありがとうございます。ぶっふふふふ、もう無理ちょっとやばい。な、なんで目の前にあ、あの馬面で有名な早慶タイガーがいるのよ。おかしくってほんともうカメラ、カメラないの」
そう、俺がマスクを外せない本当の理由が、『早慶タイガー』という俺のネット上でのあだ名だ。俺は手錠をかけられ、パトカーに連行されるときに思い切り変顔で警官を威嚇したのが、起因となり、SNS上で非常に話題になった。そして俺の写真を切り取って面白おかしく作り変えた動画が出回るようになり、マスクを着けずに歩くと勝手に写真を撮られたり、撮影されたりして、それを素材に新しい動画が作られるようになった。こうなったのも理由があり、SNSで人の陰口ばかり叩く裏アカウントの存在が明るみになり、俺に対する誹謗中傷が殺到。また、ニッチでエッチな映画のレビューもしていたものだから、性癖まで暴露される始末になった。こうしてネットミームの一員となった俺は今も目の前で笑われ続けているのだ。まぁ、二年も経てばこちらも慣れてくるし、それでも俺は俺の生き方を変えたくない。好きなものは好きだし、やる事はちゃんとやる。そして今の目の前のチャンスもつぶさない。だから追い出されるまで逃げない。ただ枯れない油田に火を放たれて炎上し続ける立場というものはやはり苦労が耐えない。今もこう笑われているのはきっと自分の行いのせいでもある。俺自身もインターネットミームを娯楽としていた時期があり、やはりそう言った点でも罰が下ったんだろう。
「でも、あなたに出会えて本当によかったわ」
え? てっきりこれは圧迫面接の一種か何かだと思っていた。何故それでよかったという言葉が出るのか少し理解に苦しむ。しかし、それで顔を緩ませるわけにはいかない。きっと何か意図があるはずなんだ。しかし、何故隣の強面の兄ちゃんは顔を歪ませることなく、隣の自由人を放ったらかしにしながら俺ばっかり見つめてるんだ。
「私はあなたがやってきたことを知っている。あなたがどういう存在で、どう扱われているかは最早若者の常識。でも、今の面接で分かったわ。やっぱり人間、話してみないと分からないものね。例え面接という嘘をつきやすい場であっても、なんだかんだあなたと話してみて、おかしいと思いながらも、でもやっぱりあなたも私と同じ人間。笑ってしまって申し訳ないと思ってる。だから、決めたわ。あなたを採用します」
え、マジ? 俺、正社員になるの! と心の中がぐつぐつと煮えたぎり、幸福の渦で頭の中がお花畑になった。
後日、本当に採用通知が届き、来月から晴れて俺も本当に社会の仲間入りを果たせる事になった。しかし、心残りも当然ある。しばらくではあるが勤めていたTATSUYAとのお別れはちょぴし辛いものであり、散々お世話になった三上さんともお別れになってしまう。しかし、これも俺自身が前へ進むための第一歩だ。後ろ向きに考えず前向きになろう。
入社初日。面接の時以上に緊張していた俺だが、特別生活保護吸血鬼も辞め、あの頃のように日光も敵ではなくなった。朝は六時に起き、自分で飯を作り、歯を磨き、スーツを着て缶コーヒーをぐいっと一杯のんでこの場へやってきた。ドアを開ければ俺の新たなる人生の始まりなのだ、と期待に胸を膨らませていた。が、ここは思っていたよりも斜め上の戦場であることを俺は知らなかった。
「では、新入社員の紹介をします。叶瀬くん、お願いします」
オフィスの前に立たされた俺だったが、そこにいる人間は俺と社長と強面の兄ちゃん、それに面接の時に見かけた三人の社員だけであった。確か求人のチラシには十二人と書かれていたが、それよりもかなり少ない。こんな事を勘ぐってもしょうがない。きっとどこかで別の仕事をしているのだろう。
「叶瀬大河と申します。二年前の事もあり恐らく皆さんにはもう自分の存在が知れ渡っている事と思いますが、心を入れ替え精進して参りますので、よろしくおねがいします」
一応、挨拶は丁寧に済ませたぞ。
「じゃあ、こっちからも改めて紹介するね。私は天ヶ瀬美奈。ここ、株式会社メソッドの社長。んで、あそこの三人いるうちのすきっ歯の人は平川健吾くん、痴漢の冤罪に巻き込まれた事がるわ」
その紹介失礼だろ。
「で、真ん中の坊主頭でにこにこしている人は平田雄二くん。めっちゃいい人だから、みんな菩薩君って呼んでるわ」
紹介ざっくり過ぎだろ。
「であそこの茶髪のロン毛の子は平野啓介くん。君と同い年よ。ツイッターのフォロワーが十人しかいないかわいそうな人よ。結構オシャレ気取ってるけど酷いアニオタよ」
どうでもいい紹介やめろ。それに趣味を暴露しに行くな。
「そんで、隣にいるのが私の秘書! 新庄大吾くん! ボディガードじゃないわよ。秘書なのよ。こう見えてこの子元ヤクザなの」
こう見えて、ってどう見てもヤクザだろ。ってええ! 元ヤクザみたいな人もここで雇っているのか……… 大丈夫かな、とも思いつつ、恐らく俺自身もここ以外で正社員になれる可能性は微々たるものだろう。だから、あきらめないぞ。
「よろしくおねがいします」と、こちらから、再度挨拶する。初日は恐らく研修かそういったものになるのだろうと誰でも考える。
社長が解散の合図を促すと、平社員三人組は仕事に戻っていった。そして俺はというと、軽く社内の案内をされた後、この前の面接室(実は社長室)に案内された。この前とは違い、部屋はきれいに片付いていた。しかし、妙に大きい、白い段ボール箱が机の上にどんと乗っかっているのが少し気になったが、どうせ何かの仕事用のものだろうと思い見ないふりをした。が、女社長はその箱を開け、俺に見せびらかしてきた。中に入っていたのは特撮マニアの俺も知らないヒーローの黒いマスク、黒い腕宛てや黒い膝あてを含んだスーツであった。まさかとは思うが、これをどっかに営業して売りに出せとでもいうのか、と思っていたが、予想は遥か斜め上を超えていた。
「あなた、今日からヒーローよ」
やっぱりこの会社、とんでもない所であった。自分が入った会社がブラック企業かなんかの類だと思っていたら予想以上の闇を抱えているのか、ブラック以上のダーク企業なんじゃないのかっていう不安はあったが、やはり不安はぬぐえない。憧れのヒーローになれと言われて最初は少し喜んだが、いざそれになってみると、かなり複雑な気持ちだ。でも、これで給料がもらえるなら文句を言ってはいけない気がする。だから言われた通りにスーツを着てみると思った以上にぴったりはまっていた。胸の甲冑も、肩から下がっているマントも別の俺を演出するかのようにしっかりとデザインされていて、その触り心地も確かにいい。まるでバッ○マンになった気分だった。鏡を用意され、映っている自分の姿を何度見てもかっこいいと思えてしまうくらいに、そのスーツのデザインは洗練されている気がしたのだ。ミスター早慶と呼ばれ新聞でもてはやされていた自分が蘇ったかのように自信が溢れてきた。しかし、ヒーローになれと言われて実際やる事は何であるかは分からない。
「あ、あのヒーローって何するんですか?」
「そりゃ悪い奴をやっつけるのよ」
と、女社長がすごく短絡的に言ったが、秘書の新庄さんが前に出てきて、改めて説明した。
「社長。ここは俺が言います。まず最初に、今の社会についてどう思う、叶瀬?」
「先が見えない、っていうのはいつの時代も同じですが、あの事件以降、治安はものすごく悪くなりましたね」
「その通りだ。警備会社が今の治安を取り締まるようになってから、確実に治安は悪い方向へ向かっている。だが、それは彼らの力不足のせいではないんだ。彼らは命を懸けて人々を救おうとしている正義感溢れるものの集まりだ。もしかしたら、公務員という肩書だけで警官になった輩よりかは数倍役に立つ存在だと俺は思う。そう、TATSUYAで働いていた時に万引き犯を追おうと必死で走っていた君のようにね」
「は、はぁ」
「ならば、何故普通に暮らしている人々が悪いのかといわれるとそれも違うんだ。彼らだってきっと先の見えない恐怖に怯えながら生活している」
「なら、そう言った恐怖から人を救えばいいんですね!」
「そうであるが、多分、俺が思っている事と君が思っている事は違うだろう。社長にはあらかじめ謝罪しておくが、なぜか今の世の中金回りだけは非常にいいんだ。お陰で、仕事場でいつも漫画ばかり読んでげらげら笑っているような奴にも起業できるくらいの出資をする銀行が多い」
社長は少し顔をしかめたが、新庄さんの顔を見て頬を膨らませながら黙り込んだ。
「何が金回りを良くしているのかというとだな」
と新庄は自分の着ているスーツの中のポケットを探る。そして、ある二つの物をどんと社長の机の上に置いた。一つは、一見袋に入った砂糖にしか見えない粉だ。自分でもそれの正体がなんであるかは分かる。世間一般で言う覚せい剤だろう。そしてもう一つはここ最近流行っている新しい花火の正体だ。黒く輝くそれは俺が今着ているスーツとは真逆の印象を与えるそのフォルムはまさしく拳銃そのものであった。音だけはよく聞いていたが、実物を見て本当に存在しているとなると思わず腰を抜かしかけてしまったが、何とか踏みとどまった。
「この二つのほかにも前まで出回っていなかったものが沢山出回るようになった。そして、関係ない一般市民にもそれが出回って、摘発数こそ増えたがそれ以上のスピードで出回っているのは確かだろう。国の治安維持組織たる警察の失墜もあるが、俺自身にとってこれ自体は何ら問題ないと思うんだ」
いや、問題だろ。普通に今でも拳銃の所持は禁止されている。警備会社が取り締まる事もあるし、これに関しては警察も鋭く目を光らせている。
「今、この拳銃がある事に少し疑問を抱いただろ? 無理もないが、うちも一応法律上所持できる事になっている。ここは商社でありながら警備会社でもある。まぁ形だけだが、パトロールをしながら始末書や摘発したものを提出すればこうやって銃を所持できるってわけだ。まぁ、警備の件に関しては今の所全く金になっていないけどな」
と、社長を睨むも彼女はそれに対し聞いていないふりをして誤魔化していた。
「今説明した通り、治安の現状はこうだ。では、何故こうなってしまったのかという事を説明する。今現在、人の助けを呼ぶのに金がかかる時代になっているのは承知の上だろう。警備業界もそのお陰で今やバブル状態だ。そして、その頂点に立っている会社はどこか知っているかな?」
確か、この国だとちょっと前までは全○警とかアル○ックとかだった気がするが、確か今は別の会社がトップに躍り出ていた。確か名前は東郷警備だったな。最近テレビのコマーシャルや携帯の広告なんかでもよく見るやつだ。コマーシャルに出てる女性とかは美人ぞろいでかなり有名になっていたなぁ。ま、調べてみても名前とか分かんなかったけども。しかし、それとこれとが何か関係あるのかな。
「俺の前の勤め先がそこだったんだ。東郷警備というまぁ、有名というか業界トップで今現在最も儲かっている企業といっても過言ではない」
ん? 元ヤクザと聞いていたが、そんなにすごい所に勤めたキャリアもあるのか。この人、普通に姿格好だけでみると本当にそれっぽく見えちゃうけど本当は地頭いいというか、賢いというか、それだけ頑張ったんだな。しかし、何故こんな会社に入ったのかは俺でもちょっと謎だ。
「察しの通り、東郷警備はヤクザが経営している謂わばフロント企業というやつだ。ブラック企業ではなかったし、俺はヤクザが経営している上でその会社に入った。と、いうよりそこの組が東郷警備を経営する前から俺は闇社会の人間だったんだ。勿論収入も弾んだ。今している腕時計も彼らのお陰だ。」
と、ちらりとスーツの袖から腕時計が睨むように光る。しかし、俺には腕時計の良さとか、どのブランドがどう有名なのか良くわからないので、適当にうなずいておいた。
「東郷警備に関しては元従業員の俺が言うが、闇が深すぎる。経営陣で前線を切っている奴らの大半が所謂インテリヤクザの部類であり、警備しているやつらの大半が武闘派と呼ばれる、ヤクザが暴力団と呼ばれる所以となっている奴らで固められている。ヤクザと警備ってのは元々相性がすこぶる良くて、武闘派が稼げる立場にあればインテリ陣は好き放題できるんだ。元々ここは治安が良かった国であり、そういった日の目を浴びる事はなく、俺たちも好き勝手やれる立場じゃなかった。元々、そういう立場であらねばならないのだがな。しかし、今は違う。この国の治安維持組織の信用が失墜したからこそ、こいつらはまるで肥料を与えられた植物の如く急成長を遂げ今の立場を得た上、儲かった金で薬や銃をばら撒いて更なる収益を求めている。そりゃ一般の人からすりゃただの正義のヒーローそのものだ。でもこれは偽りの正義だ。分かるだろ」
「は、はぁ」
「だから、俺は考え、色々行動した末に彼女に出会った」
と、社長の肩に手を添えた。それに応ずるように社長は自慢げに胸を張って鼻息をならす。
「私はヒーロー作戦で世界を変えようと」
「これも俺が説明します。社長はこう言ったんだ。本当にヒーローを存在させ、新たなる正義の象徴をみんなに知らしめて、こんな治安の中、少なくとも希望を与えて、元気づけようという作戦を彼女は考えた。俺も最初は馬鹿馬鹿しいと思ったが、でも仮にこれが成功すれば、もしかしたら前までのこの国の本当の平和を取り戻せるかもしれない、と俺は思ったんだ。だから、会社も組も辞めて俺はこの作戦に乗ったんだ」
「じゃ、じゃあどうやって利益を出すんですか?」
「これと、これよ!」
と、社長は黄色い、マスクのデザインが描かれたシールとスマートフォンをポケットから取り出した。
「とりあえずはバズらせて、いいタイミングでユー○ューブ」
「これも俺が言います!」
新庄は少しキレ気味だった。
「君も知っているように広告とグッズ販売で収入を得ようと思っている。しかしだが、一つ問題があるんだ。そのスーツの製作費で来月の社員の給料は愚か、君の給料も出ないかもしれないんだ。だから、すべては君のヒーローとしての行動にかかっている。分かったな?」
いやいやいや、え? 何言ってんの。普通にここ来ていきなりヒーローやれって中々理不尽じゃないのか? でも、スーツの製作費のせいで金が無くなるということは、このスーツは相当すごいものなのかもしれない。
「も、もしかして、このスーツで飛べますか!?」
「飛べない」
「な、なら百倍ぐらい強い力が出せるとか」
「一応、スタンガンはついている」
よし、と思い、代わりに古びたソファにこぶしを振り下ろしてやった。すると、何とも言えない痛いようなしびれるような感覚が殴った右腕に伝った。
「お前の方にな」
これが電撃ってやつなのね、、、
ってなんで俺が電撃を浴びる羽目になってるんだ。
「戦争でもないのに民主主義の世の中で人を殴るようなやつはヒーローとは言えんだろ。ちなみに蹴っても同じだ」
「じゃあどうやって人を救うんですか!」
「今のお前は攻撃力こそないが、防御力は銃は愚か、核兵器にも耐えうる特殊装甲に包まれている。だから、お前がやる事は、その派手な姿で人との会話や行動で世の中を救う事だ」
いやぁ~。相当ブラック企業っていうかブラックホールというかダーク企業というか、ダークマター企業って感じだなぁ。
「それに、その姿はお前のもう一つの顔であり姿だ。お前が普段マスクをしているが、それはお前がお前である事を隠すため。だが、そのマスクは違う。お前が新しくお前である事を示す為の、お前の新しい顔だ」
ぼうっと目の奥が熱くなったと思ったらいつの間にか鼻水も出てきて涙腺百倍で前が見えなくなった。思えばあの日から、自業自得ながらも俺が俺である事を隠す必要があった。でも、これがあれば、俺は胸を張って外を出られる。本当の意味で自分らしい別の存在になれるんだ。だったら、これで頑張るしかないよな。
今日はここまでです。色々不慣れで荒いお話だとは思いますがご割愛して頂けると幸いです。言いたいことは殆どまえがきに記した通りでございます。次は彼の仕事について描く予定です。どうぞ、応援してやってください。