入学式前の一時
新しい風邪、ピンクの花びらが風に乗って舞う。新たな生活に思いを馳せる青年と、それを横目に心配している青年。同様のスピードで並んで歩いているが、その足取りの重さは全くもって違うものだった。
「おい、本当に大丈夫なのかよ。Fランクとして学校に入学するってのは、お前が思っている以上に大変な事だと思うぞ。なんでも、Dランク位からでさえ、勉学に励むことにおいて色々不利な条件を課せられるとかなんとか」
「良いよ。僕は学校に入れただけで満足さ」
「まあ、本人がそう言うならもうつべこべ言わねえけどさ」
フリードに何を言っても、仕方ないことはラインもよくわかっている。この状況からやっぱりやめるなど言うはずもない。
「ていうか、まだ時間早いよね?」
「あー、そうだな。入学式には一時間と半くらいか?」
「どこか、お店でも入ろうよ」
「そうだな」
魔術学校MBSは町の中心に飛び出たようなかたちで、そびえ立っている。
時間の配分を間違えた二人は近くの喫茶店に寄ることにした。
「いらっしゃい。あら、あんたたち新入生かい?」
「はい」
学校の制服には肩に太い線が入っており、その色で学年がわかる。
フリードたち一年生は、青だ。
「ここは学生さんはよく来る店でね、割引もきくよ」
おばさんの優しい声が響く。
「そうなんですね。おすすめは何ですか」
「朝はやっぱり、ホットサンドだね。中身は秘密だよ」
「じゃあ、僕たち二人ともそれでお願いします。あ、あとコーヒーも」
「分かったわ。コーヒーはすぐもってくるわね」
朝の優雅な空間が店の中を流れていた。レトロな置物が店内の雰囲気をより良くする。外にはちらほらと人が歩いているが、まだ学生の姿はない。少ししてコーヒーが机に置かれる。とてもいい香りが漂う。
「ライン君、この店いい感じだね。あまりこっち側には来たことなかったけど、常連になりそうだよー。あ、新聞あるよ!雰囲気あるよねー。こうやって広げてさ、普段は読まないけど、どう?良識ある人間に見える?」
足をくみ、新聞を広げ、凛々しい顔をする。
「学生が調子乗ってる風にしか見えない。てか、新聞逆だし」
「読んでないのがばれちゃったね。畳んどくよ」
丁寧に新聞を折り畳んでいると、おばさんがお皿を持ってこちらへ来た。
「はい、お待ち。ホットサンドね。あ、割引の話なんだけど、ランクによって割合が増えていく制度なんだ。Cで一割引,そこから一段階上がるごとに、位置増えていくよ。あんたたち、ランクは?」
「あ、僕はFです。その場合どうなるんですか?」
「え、えふっ!?えほっッエホエホエホッ…、魔術学生のFランクなんて聞いたことないよ!私ら一般人でもDランクはあるよ!怪しい!あんた、コスプレか?魔術のこと知らないだろ!」
「あはは。冗談きついよ!フリードはー。俺たちDランクだろー。すみません、おばさん。俺たちまだまだ駆け出しで、Dなんですよ。ちょっと言うのが恥ずかしくて、逆の自虐ネタに走ちゃったみたいです。Cランクからなんですよね。割引は大丈夫なんで、さっきのは気にしないでください」
「え、ライン君ちょっ…お」
フリードの口に、ラインがホットサンドをつめる。何か言おうとしたが無視して食べさせる。おばさんは少し怪しみながらも、戻っていった。フリードはもぐもぐと口を動かしながら、少し落ち着いたあと机にある新聞を眺めた。かと思っていたら、また何かを言おうと目を見開いた。ラインはまたFランクの話だと思い、フリードの口を今度はまだ手をつけていない自分のホットサンドで塞いぎ、小声で告げた。
「おい!お前が思っている以上にFランクはヤバイの!特に魔術学生になろうとしているやつなら普通はありえないんだよ!学園側もFランクのやつ受け入れるのなんてはじめてなんじゃないか?だから、無闇にFランクの話とかするな!ほんと、お前は世間知らずだっ!」
「ち、違うよ!そんなことじゃないよ!いや、世間知らずは的をえているかもしれないけど…」
フリードの目には涙が少し浮かんでいるようにも見える。
「ど、どうしたんだよ…。いきなり。」
「新聞…」
「新聞?」
「この記事…」
フリードの目線の先にある、文章をラインも目で追う。
「ん?大人気アイドルリリィ…活動を控えめにすることを先日のイベントで発表?」
「控えめってどれくらいだろう!?どうしようこのまま、活動休止とかになる流れだったら!記事のこのイベントってこの前のやつだよ!あぁぁ…なんで、僕はつかまってしまったんだ!まあ、猫ちゃんが助かったのは良かったけど…」
フリードは少しだけ自分が正直者であることを悔やんだ。
「ああ、まあ控えていくってだけで、多少はあるんだろ?じゃあ、良いじゃん」
「リリィちゃんの身に何か起きたのかな?控えるってことは、何か理由があるに違いないよ!」
「知らねえけど、そろそろ入学式だし行こうぜ。」
「心配だ…。今日は入学式どころじゃないかも…。」
「そんなお前が心配だよ…。」
Fランクに加え、応援しているアイドルの突然の活動控えめのニュース。本人は、後者の方しか気にしていないようだが、ラインには重荷がまた1つ増えたような気がして、とてもブルーな気持ちになった。
「ああ、お前といると先が思いやられるよ」
「まあ、ポジティブに考えることにするよ!活動控えめは寂しいけど学園生活とファン活動を上手くバランスとれるってことだよね!」
「お前、切り替え早いな。さっきまで涙浮かべてたのに」
「いや、僕はリリィちゃんに関してのことでは泣かないよ。まあ、それはそうとして…ラインくんも悩んでちゃ前に進めないよ」
「原因はお前なんだけどな!」
ラインはつい大きな声を出してしまった。
そして、何となくどうでもよくなり、言葉を続ける。
「はぁ…。まあ、いいや。これからのお前へのエールとして、今日は俺が払うよ」
定刻も近くなってきたので、店を出ようと勘定を済ませるためおばさんを呼んだ。
「さっきの大声は喧嘩かい?よくないよ。今日のホットサンドは小魚&チョコチーズだっただろ?栄養しっかりとったんだから、穏やかになりな!」
(そのあんたの「なりな!」がもう穏やかじゃないんだけどな…。ん…?小魚&チョコチーズ!?)
ラインはホットサンドをフリードの口を塞ぐために使ったために中身を今知ったが、果たしてそれは美味しいのかと疑問に思ってしまう内容だったので、食べなくて良かったと思った。
フリードは黙って食べていたため少し可哀想に思ったが、よく考えればなんでも美味しいと言って食べるやつだから、よっぽどまずいもので無い限り彼にとっては全てが美味しいものである。フリードにあげて正解だと感じた。
店を出ると、学生が沢山同じ方向を目指し歩いている。
桜の木が立ち並ぶ道を二人も同様に歩き出した。横には小川が流れていて、綺麗な桜色と木漏れ日を反射させながら、その中を自由に小さな魚が泳いでいた。
ふと、川面を見つめながらフリードが口を開く
「ラインくん、僕はあの店の常連になるのをやめるよ」
「Fランクの一件が気にくわなかったか?まあ、あのおばさん何だか怖かったしなー」
「いや、まあそれもあるんだけどね」
「それも?」
ラインは少し驚いた。フリードは店の中では楽しそうに笑顔でいたし、Fランクで驚かれたことに驚いてはいたが、嫌な顔はしていなかった。どんな店でも気に入り、すぐに常連がどうとか言い出すのが彼の特徴ではあるが、その後常連になるかは別として、その言葉を撤回したのは初めてのことであった。
少し後ろを歩きながら、フリードを眺め、何が起きたのかを考える。
ぶつぶつと呟きながらフリードは桜の木を見たり、小川を眺めたりしている。顔は悟りを開いたかのような清々しい顔だ。
「あれは、人間の作る食べものじゃなかったよ…。チョコもチーズも小魚さんも単独では好きなんだけどな…」
二人が出ていったあとの店内では店のおばさんと、もう一人の客が隅の方で座っていた。実はもっと前からいたが訳あって、席から動けず新聞紙で自分の前を囲うようにして顔を隠していた。
「びっくりした…。いきなり名前が出るから反応しそうになったよ…」
眼鏡をかけ、地味な雰囲気が体全体に馴染んでいる、同じく今年からの新入生であろう女子生徒。スマートフォンをとり出し、電話をかける。魔力禁止区域への連絡だ。
「今、飲食店にいて、これから学校へ向かいます。……。はい、ちょっとばれるかもっていう場面があって…。はい、新聞を読んでた人が私の名前を…。魔法は使ってます…。ついそれを忘れちゃって…。はい、気をつけます。」
電話を切って、会計を済まし店を出る。大人気アイドル、リリィ改め、今日から魔術学校に通うことになったリナだ。体には変身魔法を最小限かけて、雰囲気を消し去っている。先程のフリードの大声に反応しそうになり、身を隠していた。いきなりリリィという名前が出るとは思っていなかった。
「これからはこういう場面でも堂々としてなきゃな…。ちゃんと魔法もかけてるし。眼鏡も…。」
伊達ではあるが眼鏡をかけている。慣れないため、すぐにずれてしまい、それをまたなおす。少し遅れてしまったために足取りを早める。
「小魚&チョコとチーズ…美味しかったな…、またこよ」
満足そうに会計を済まし、店を出た。