十四話 言峰の覚悟
銃弾の情報をそのまま想像に組み込む。飛び道具のエキスパートだからこそわかるこれらの情報。
ベクトル、素材、力量、目的地、その他全ての情報を解析、そして全てにおいて相性のいいものを創造する。
銃弾の目的地に出現した新しい銃弾によって攻撃は完全に防がれる。それだけではない。今創造した銃弾と言峰会長の想像した銃弾、それらは全て考えもつかない軌道を描いて言峰会長へ向かう。
言峰会長の想像したバリアによって旧型の弾丸は止まる。だが新型の弾丸は貫く。
「!!」
もはや物理法則などあったものではない。そんなの今更だと言われてしまうかもしれないが今回のは特殊である。
目の前から飛んできていたはずの弾丸は縦、横、斜めと運動の方向を次々に変え、その速度も限りなく曖昧である。
攻撃を受けた本人はもちろん、その一連の流れを終始凝視していた私でさえ何処に着弾したのか分からなかった。確認は出来なかったが計算上は背中から左心室に命中しているはずだ。
所詮一番見えていないのは自分自身の力。言峰会長の盾は言峰会長の弾を含めていなかった。いや、弾にどんな手段をもってしても止められないように創造したのだろう。
常に最適を選び続けてたら最新のものが一歩性能を上まった、ただそれだけ
そんな最優の銃弾を手駒として扱えたのは紛れもなく私がこの道の扱いに関しては上まっているという証拠であった。
タネはもうバレた。タネを知るのにやったことと言えば直径8mmの銃弾を解析しただけだ
最強だと思っていた未知の能力の正体。それは情報の物質化、簡単にいえば自分の理想を現実に反映させ ることのできる能力である。
私が先ほど攻撃を当てた時、彼女にとっての最強の攻撃は弾丸となった。彼女の最強の想像を塗り替えるほどにあの攻撃は強力だった。
もう逃がしはしないし逃げもしない。隠れることだってしない
今度は相手が隙を見せてくれている。この間に私は距離を詰める
奴を倒すのに必要なこと。それは——
「零距離でぶっとばす」
反撃の狼煙が上がる。
両手に持った銃が言峰に触れるのと言峰が動き出すようになったタイミングはほぼ同時であった。単純な 力では比較にもならない二人の力だが開始直後の運動エネルギーと助走をつけ、私という質量と音速以上の速度を持った運動エネルギーでは此方が優る。
衝撃で敵との距離が離れないうちに引き金を弾く
言峰の口から空気を吐き出すような声が聞こえる。今回放たれた二発の弾丸、一発は着弾した後に別の銃に変形する性質を持ち二発目は一発目の弾丸に命中することで一発目に吸収され、変形後に装填される性質を持つ。
これにより最も早い体内での銃の生成が完了する
衝撃で吹っ飛ぶ言峰会長を追いかけて腕が届く範囲まできた時に新しい銃弾の生成をしながら右腕を上げる
次の銃弾は単純だが質量を大きくする
そんな銃弾が込められた銃を空中の言峰会長の体に叩き付ける。こうすることで力のない私でも打撃を与えることが可能だ。叩き付けた後は手を放すことで言峰会長の体は強大な質量の下敷きとなり、またもや身動きが取れなくなる
こうやって出来た隙も彼女の能力を使えば一瞬でなくなってしまう。だから、それよりも早くこちらも能力を発動させる
より早く、より精度よく
空中にマスケット銃、コンテンダー、アサルトライフル、その他様々な種類の銃が出現する。その数推定100丁。
これまでと比べたらやや見劣りがするがこれで十分だしこれ以上は間に合わなかった。
弾丸は先ほど言峰会長の体内に撃ち込んだ二発目のものの性質をそのまま、そして各銃の位置に応じてその後の跳弾のための演算をし、導き出された最適なエネルギーを秘めた銃弾が百個それぞれに装填される。
恐らくこれが最後の攻撃である。この攻撃が無事成功したら1000の命は一つ残らず消え去ることだろう。
逆にこの攻撃をするための準備が一つでも不足、間違っている場合はどうなるか分からないのだ。どうなるか分からないと言っても自分がこの攻撃に巻き込まれて死ぬことまではわかるのだがそれ以上が分からないという意味である。
上手くできたとは思う。しかしこの演算は今までで最も複雑でありその速度も最も速かったので確実にできたという確証はない。正直これが成功したら奇跡と言っていいだろう。
「……一斉射撃」
全ての弾丸が放たれる
弾丸同士がぶつかり合う。そして幾つもの反射を繰り返した弾丸は皆一つの場所へ向かう
言峰会長の体内から銃弾が飛び出してくる。それと入れ替わるように外から弾丸が体内に入り込んでいった。
体内から出てきた銃弾は同じく外の弾丸と反射を繰り返したのちに再び言峰会長へ向かう。
言峰会長の体内にある銃にぶつかった銃弾は全て次弾として装填され再発射される。
全ての弾丸が規則正しく言峰会長の体内に入り、そして再発射される。再発射された弾丸はぶつかり合ってまた体内の銃へと向かう。
この繰り返しだ。
反射によって速度を失った弾丸も再発射されることでその勢いを回復している
これらはもう、半自動的に敵を殺し続ける一種の装置と化していた。自動的でない部分と言えば再装填された体内の銃を再発射する際の方向調整ぐらいか。ぐらいといってもものすごく繊細なことをこなしているのではある。
しかしこれほどでは集中する必要も無い。自分は先ほどこの装置の設計と演算を一瞬で終わらせたのだ。それに比べればこんなもの猿が木に登るのと同じくらい容易だ。
演算を一瞬で終わらせたと言ったが実際にそれが全て正しいかどうかはわからない。私がやった演算では少なくとも5時間後までのものであるがそれ以上の時間が経過したのにもかかわらずまだ残機が残っていた場合、もしくはこの5時間後までの演算の中に一つでもミスがあった場合、その時は私の負けだ。銃弾が確実に私の様々な部位に命中して死に至るだろう。
治療弾は用意しておくがもとよりこの攻撃の一つ一つが相手を殺すだけの攻撃力を秘めているので回復が間に合うとは思えない。弾丸が当たらない場所にいればいいのだがこれ以上脳に負担をかけないで体内の銃の操作を行えるのはこの距離が限界なのだ。
4度目の蘇生が始まった。だがそれもほとんど意味をなさず新たな銃弾がその新しい命を刈り取っていく。蘇生の際何度か死んだ場所と違う場所で蘇生した時があったがそれは見られない。
……おそらくはそれはこの弾が原因だろう。この弾幕を一斉に浴びせた後に起こった変化。見るに堪えない、本当にあれは人間だったのかと思わせるような行動と表情。そして蘇生位置の変動が起こらなくなったのもそれからだ。
脳に負担をかけないようにするために更に言峰会長に近づいて、右手に複製した銃弾の解析を始める。
——解析開始
…………
——解析完了
「……なるほどな」
この銃弾の性質ともいえる能力は『触れた者の感情に”怒り”を加えること』であった。それもこれは怒りの感情をそのまま注入しているのであれほどの過激な怒りの感情を表せたのだった
例えて言うなら飲み物の原液をそのまま飲んでいるようなものだ。普段私たちが飲んでいる薄めたり他の液体が入っていたりしているのとはわけが違う。この場合も普段の”怒り”では見せないような反応をしたのだ。
それに二回目はこの弾を大量に当てた。感情は”怒り”で埋め尽くされ他に回すだけの能力が働かなくなる。だからまともに歩くことさえもままならず、能力を使って私に攻撃を加えることもできなかったのだろう。
感情が怒りで埋め尽くされているのに蘇生が働いた理由はなんだ? あの時の彼女はほぼ全てのエネルギーを怒りに注いでいたはずだ。蘇生は体の細胞一つ一つを健康状態に戻すものと仮定するとそれはそれでとても高度な処理が行われる。
これから導き出される結論は『蘇生は任意で発動するものではない』だ。蘇生の場所は任意で変化できるのかもしれないが蘇生自体が任意ならば全ての時で正しく蘇生できていることがおかしくなる。
能力の仕様の自由が自分に与えられていない。。
これはもしかすると大変なことにつながるかもしれない。もしもその自由が黒幕にあるとすれば、あるいは能力の自由が自分にあると思っててもその所有権が違う者の物だとすれば……
尽きない不安を振り払う。今深く考えようとしたら体内の銃の操作を誤ってしまうかもしれない。
この先は勝負がついてからにしなければ。
事故というものは起こるまで全く気付くことができない場合がある。この場合はそれに当たった
あれから3時間は経過している。真夏の太陽は昇るのが早く、窓から明るくなってきた空が見えてきた頃であった。
一つの弾丸の起動がずれたことによりそのサイクルは崩壊した。
この理由はわからない。だがこの失敗は想定はしていたことだ。しかし想定していてもそれによる災害の対策は出来なかった。
目の前の敵の残機はまだ三桁は残っているであろう。それに対し私の命はたった一つしかない。
一つ、また一つと弾丸の起動が変わっていく。
そしてそれらはあっという間に四方八方へ拡散される。そのうちの……そうだな、20くらいは私に命中する角度だ、
彼を守るため、限界を超えたはずなのだがそれでも届かなかった。
悔しい。でも、しょうがない。そう、本当にしょうがないのだ
汚い手は幾つも使った。全力を出した
ならば最後くらい綺麗に終わってもいいだろうか。
ああ、最後にダメ元で言峰会長に葛木を頼みたかった
そう思った
「———————何?」
目の前の現象はまさに摩訶不思議といえるものであった。この時ばかりはボルターガイストを信じてしまったほどだ。
なんにせよ100発の銃弾が一斉に空中に止まった後に自由落下を始めたのだから——
ただでさえまだ休まり切れていない脳で精一杯現状を理解しようとする。ええと、演算に失敗して死にかけてそれから迫りくる銃弾から助かってそれから……
ここでやっと気づいた。目の前にもうピンピンしている敵が正座をしていることに。
それは私が驚いて動けないでいるのを見ると膝立ちしてもっと近づいてきた。
拳が入る距離である。最後は自分の拳で決めるつもりなのか。
手が差し出される。私はとっさに腕をクロスさせて防御の姿勢をとった。
しかしいくら待てど衝撃が来ることは無かった。腕はちょうど二人の中間ほどの距離で止まっており手の形が『パー』である。
私はこれが何を意味するか知っている。いや、しかしそれは。
「私の負けだ」
「へ?」
自分でもとても間抜けな声が出てしまったと思う。
言峰会長は私の防御に使っている右手を左手で強引に引きはがすと今度は右手で手を握る。俗に言う握手の状態となった。
なんだこれ
こうして一ノ瀬若菜の初めての勝利はなんとも味気ないものとなってしまったのであった。