第十三話 一ノ瀬若菜は武士である
私の能力”射程無し”は不意打ちやだまし討ちに関しては最適の能力と言える。
夜の闇の中限りなくその暗さに紛れて移動することも簡単だし、気の察知が良く出来る。
まだじっこぷしてはいないが暗殺もできる。
さらにこれらのような攻めの技術だけでなく守りの技術も備わっている。
それは殺しを実行した後に誰にも見つからず逃走するための” 逃げの技術”だ。
また、闇の中でなくても隠れる技術も高くなっているようだ。
今回光線銃を採用した理由の一つはそもそも闘争を成功させる確率を上げるためである。
私はコンテンダーを再び右手に生成し、左手には治癒効果が望める治癒弾を5つ生成、
流れるような動きで弾を込めると左腕、頭、右足、左足、持ち換えて右腕にそれぞれ撃ち込む。
これは傷が治るだけで痛みまではなくならない。
だが痛んでもいられないので自分に喝を入れると立ち上がって逃走を開始した。
「おかしい。窓は開いているはずなのに外には出られない。正面玄関も同じだった。やはり言峰会長はこの学校全体に何か細工しているのか?」
それが事実だとしたらこの学校のあちこちにヒビが入り、強い衝撃を与えられているが倒壊しないのも納得が出来る。
だがそこで一つ疑問が発生する。最初に私がこの校舎の屋上に立った時は何もなかったのに彼女がここの近くに来た途端に屋上の床は落ち、校舎にヒビがよく入るようになった。
もしも能力でこの校舎の倒壊を防いでいるのなら、何故同時にこの校舎の倒壊を促進させるような行動をとるのか
「多く死ねること以外にも能力があるのは確定。もう一つはこの学校に関係するなにかか? それに私の攻撃を防いだ方法も気になる」
攻撃は防げる。だがそれは不意打ちには対応していない。単に守りを展開するのが遅いだけなのか?
いや、違うはずだ。単なる守りなら私の攻撃は防げないはずなのだ。
ならばそれ自体にからくりがあるはず。
他にヒントは……
「……痛い」
背中を擦った手には血液が付着していた。この木津が出来たのはあの時だ。
あの不可視の攻撃を受けて吹っ飛ばされて壁に激突した時。
それと謎はそれだけではない。壁にぶつかった時だ。あれほどの威力をもった物で攻撃され飛ばされたのならコンクリートの壁の一枚や二枚貫通してしまっても不思議ではないはずなのだ。
「もしかしたら私がこの校舎から出られないことと壁の硬質化が何か関連性があるのかもしれない」
拳を握る。
悔しい。そう純粋に思った。あんなのに勝てるわけない。
心の中にいる黒い自分がそう言う。
攻撃面も防御面も完璧すぎる能力。それに加えて相手には1000を超える残機がある。
それに比べて私は————
空中に銃を生成。そして銃弾を一つ手のひらの中に生み出す。
「あれ、一つ多く作ってしまったのか?」
手を開くとそこには形の異なる二つの銃弾があった。
少し疑問を覚えつつもそこまで重要に考えることはなく生成した銃に二つとも詰め込む。
無意識に能力を発動させるのは良くない事だ。気を付けないとな。
「!! もう時間切れか」
言峰会長の気がもうすぐそこにある。また逃げて隠れてもいいがあまり時間を長引かせるのもよくない。
外のロボットの故障に気が付いた人間がここに近づいてくるかもしれないし言峰会長がこの校舎に何か細工をしているのは確定なのでそのフィールドで長く戦うと何が起こるか分からない。
でも、例えどんなに絶望的な状況だとしても——
一人の男の顔が頭に浮かんだ。
戦う
銃を腰に刺し、両手で頬を叩く。気合を入れる。
例え敵を倒しきれなくとも全力をもって相手をするのみだ。
もちろん、今の私の全力には不意打ち(弱点)も含まれている。
気は更に近づいてくる。向こうも完全に私の位置を特定したらしい。その足に迷いはない。しかしその速度がゆっくりなのは会長の絶対的な余裕故か。
さっそく勝つための準備を始めなければな。
——見せてあげよう。一ノ瀬の最後の煌きを。
「……? 気が強まった?」
これだけ時間をやったのだ。何かまだあるだろう。
全力じゃない相手に勝っても嬉しくはない。相手が全力を出せないのなら出せるように手助けをしてあげるだけ。
しかしここまでするのも彼女がここの生徒だからというのが大きな理由だ。私はこの学校を何よりも大切にしていたし今もそうだ。
ただあのクソ野郎のせいで私が近づくだけで校舎が崩壊したり、舞ノ城高校の生徒にかかわるとその人間を不幸にさせてしまう。
その代わり私には1000を超える命があり、『理想を現実に反映させる』能力がある。私を殺すには地球の外にでも放り出すのが最適なのではないだろうか?
要するに彼女が私を倒すことはほぼ不可能であり、私の勝利は確実だ。おそらく彼女は覚悟して私の元へ現れるだろう。
私は彼女をよく知っている。先ほどは不意打ちで粘着性のある攻撃をくらったが彼女の瞳は昔と何ら変わっていない武士の目だ。
彼女も真剣勝負で終わることを願っている。それは確実だろう
ならば殺してあげよう。そう思っていた時に彼女の気が強まった。
どういう意味を込めているのかはわからない。だが、それが戦いの幕開けを現す合図だということぐらいは理解できた。
右手に創造した鎌を持つ。この窯は一ノ瀬を殺すという理想を現実に反映させた結果だ。
「もう逃がしはしない。全力で来い。一ノ瀬若菜」
「もう、来ていますよ」
「なっ——」
常に気を探知していたはずだった。それなのに一瞬で——
思考する間もなく反射的に体をそらす。その直後に自分の体があった場所を弾丸がすり抜けていった。
一度体制を立て直さなければ。
しかし一ノ瀬若菜はそんなことをさせてくれるような相手ではなかった。彼女は私が初撃を避けるのを見越した上で位置取りをしており、踏ん張った片足を払われ、私はなすすべなく床に倒れた。
傷を覚悟して突っ込んでいくわけではないので体が反射的に受け身の姿勢をとってしまう。
これまでの遠距離攻撃を主としてきた一ノ瀬と同一人物とは思えないインファイトスタイル。
そうやって無防備となった一瞬の隙を彼女が見逃すわけなかった。
未だ空中に浮いている私の体を銃を持った右手でまるで正拳突きをするかのように私を地面に叩き付ける。
そして引き金は弾かれる。
銃口が当てられているのは心臓の位置だ。
つまりこの一撃で私は命を一つ失うことになる。
———だが、それがどうした。私の命は————
命は。
イノチハ……
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! 許さない! 絶対にお前を私が許すものか!」
怒りの感情が爆発した
もはや複雑なことを考えなどしない。私はこの手で
殺ス
私が撃ち込んだのはなんの特殊効果もないただの銃弾である。
どうせまた生き返るのなら特殊な効果を付属してもあまり効果がないと判断した。というのは嘘でさっき何も考えないで作った銃と銃弾を消費したかっただけだ。
もっとも無意識に作っていたもう一つの弾丸は外れてしまったがな。
避けるのは予想していたのでそのまま何年もの修行の成果により癖といえるほどまでとなった相手を崩す基本の型を食らわせてやった。
通常は非力な者が強力な者から自衛するための技術。それがこんな体となった今、最高に役立った。
そうして私は引き金を引き、見事言峰会長の残機を一つ減らせたはずなのだが。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! 許さない! 絶対にお前を私が許すものか!」
寝転がっていた言峰会長は跳ねあがると叫びながら私の顔面目掛けて拳を繰り出してきた
だが、あまりにも大振りすぎる。私は相手の右肩付近に運び、目の前を通り過ぎる拳を左手で押すことでバランスを崩させる。すかさず腕を首に回し、体を一定のリズムで回転させることで完全に相手を倒すことに成功する。
このまま攻撃するのもよかったが一度様子見することにする。後ろに大きく跳び、着地。残身を取りながら次の行動を観察する。
起き上がる際に言峰会長はぶつぶつと何かを言っていたがそれらは言葉になっておらずよく聞き取れなかった。
急にどうしたんだ? もしかしてこの暴走が会長の呪いなのか? それとも————
私は先ほど使った銃を引き寄せ、手に取りもう一つ新しく銃を生成するとそれに時間逆行の銃弾を詰めて先ほど使った銃に装填する。
その後カートリッジの中身を見てみるとそこには銃弾が二つ
「ん? この順番は……」
次に発射される弾は正真正銘、普通の銃弾であった。てっきり最初の外した弾が無意識に生成した方だと思い込んでいたが違ったらしい。
私が撃った銃には弾丸を無限に生成する機能を付属してある。そして入れておいた二つの弾が複製され、次に発射される弾が最初に撃った弾となる。
「となると、当たったのはこの弾となるわけか。もしかしたら……」
無意識に生成した方の銃弾を一つ取り出して銃は投げ捨てる。
「試してみる価値はあるか」
銃弾を多数コピーして空中に生成した銃に装填、
——全弾用意——完了——
目標は一直線に向かってきている。ならば、ぶつかってやる必要性も皆無。躱して背後から全弾叩き込む
もう、見る必要性もない。足音、息遣い、鼓動、大気の流れ、そして気。それら全てが私に敵の居場所を教えてくれる。
「参」
ごく自然にすれ違うように背後へ回る。この一連の流れで不信に思うことさえ許さない。敵はそのまま何もなかったように誰も居ない空間へと突撃していく。
「弐」
振り返らない。振り返るのは結果を見る時でいい。
私の代わりに照準を未来の敵の背後の位置に合わせる銃達
「壱」
気を全開にする。銃達に熱がこもり、小さく震える。この瞬間よりこの攻撃の威力は最高となった。
敵がこの膨大な量の気に驚いたように振り向く。
私が狙ったのは敵の背中だ。それは敵がこちらを向いて立って構わない。もとより、私には実際の背中なんて見えてないのだから———
「零」
銃弾は確かに敵の背中に命中した。弾は敵が咄嗟に作り出した壁などなかったかのように速度を落とさないままに着弾、体を貫通して裏側から背中に命中したのだ。
「ガッ—————」
これで確かに残機を一つ減らした。だがそれだけではどうにもならない。期待しているのはこの銃弾の効果だ。
それを確かめる。10メートル先にはうつぶせになって倒れているのが見える
これから蘇生の時間がある。蘇生し終わった後に先ほどみたいに急に暴走しだしたらまた最適な対処ができるように隠れておく。
「うッ——」
やはりというべきか殺してまだ数秒しか経ってないのにも関わらず、もう体が動き始めている
だが、様子がおかしい。所々体の部位が何かに反応しているかのように突発的な動きを見せているのだ。それに回復するスピードも遅い……気がする
顔を上げた。此方を捜しているのだろうか。言峰会長は首を何度か横に振り、眼球で円を描くと何も目的の物を発見出来なかったのかそれらの行動を止める。
そして全身を震えさせながら大きく目を見開いて口を開いた
何をしているのかまったくもって意味不明だった。ただただ次の行動を観察することしかできない。やろうと思えば攻撃できるのだがそれを忘れさせるほど目の前の光景は奇妙であった。
そして何よりもこの奇妙な行動を起こしているのが私の憧れの言峰会長で原因となったのが私だという事実が無意識のうちに体を縛り付けていたのだ。
ばくん! といったオノマトペがつきそうなほど豪快に大きく開いた口を閉じた言峰会長はその場に倒れこんだ。
死んだわけではない。まるで砂漠を何十日も歩き続けてきた人間がようやく休めるようになった場所に着いた時にその場に倒れこむような、そんな印象をもった
ただ、確かに彼女の眼は私を捉えていた
私がそのことに気づくのにはあまりに時間がかかりすぎてしまっていた。音速程度なら余裕でついていける『参加者』の体にとって1秒、フレーム数にして30。この隙というものは致命的である
特に目の前の悪魔にとっては絶好の機会であった。
目の前の現象がよりゆっくりと見えた。
あろうことか言峰会長は体を倒したまま未だに看破できていない未知の能力を発動させ、空中に銃を出現させた。
一つ、二つ、それはどんどん数を増やしていく。
数を数えることは容易だった。しかしそんなことはしたくなかった
絶望
今の自分の気持ちを表すならこうだ
こんなのあんまりだ。あまりにも能力の性能が違いすぎる。私は飛び道具しかつくることが出来ないのに対して彼女はなんだ。
命
盾
理解不能のベクトル量を宿した力
制御不能の体を動かすすべ
そして飛び道具である『銃』
将棋のAIは一年前のものと今のものを対局させると八割から九割今のAIが勝利する。簡単に言うと今のAIは去年のAIの上位互換なのだ。私のこの能力を「今」のものだとすると目の前の敵の能力は遥か未来のものだ。勝てるわけがない。
目を閉じる間にこれだけ考えることができた。時間が流れるスピードは依然として遅いままだ。
だれがどう見たってこれは私の完敗だ。
既に一度死んでいるはずなのにも関らず色んな思い出がよぎる
走馬燈、というのかこれは。あの時はこんなもの見れないうちに死んでしまった
もしかしてそれはもう一度生き返ることの前振りであったのだろうか。だとしたら今度こそ終わり、なのか?
良い思い出の連続の途中で異物が入った
涙だ
誰の?
男のだ
どんな男か?
私が守ると誓った男だ
おい、何やってるんだ愚か者(一ノ瀬若菜)
……最悪だ。あまりにも遅すぎだ
戦うものが戦う理由を見失った時、それはただの獣と同じになる。この父の言い伝えすら忘れるほどになっていたとは
気づいたところで間に合わない
知るか
この瞬間を乗り越えたって敵は自分の上位互換だ。勝てるわけがない
下位互換でも一~二割は勝てる見込みがある
この状況は絶望だ
そして絶望を破るのはいつだって希望だ