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作戦決行、秒読み開始


「よし、やろう」


「おおお、心を決めたか」


「ああ、この場を借りて、俺は今日決行する」


「カッコイイ、鹿島さーん」


「大同、ちょっとお前の部下を貸せ」


「おうよ、持ってけドロボー」


子供のようにおちゃらける大同は、この界隈では中堅の不動産の管理会社を運営していて、その社長職に就いている。当初は友人との共同経営という形を取っていたが、ある程度まで大きくした会社を数年前に二つに分割し、一つに大同が、もう一つに大同の腹心である波多野という男が、それぞれの経営についた。


その二つの会社を競い合わせては、この不景気の中、業績を伸ばしている。今回は会社を二つに分割した日ということで、分社化記念という名目の簡単なパーティーだ。


鹿島は顔を上げた。


トイレから戻り、ホールに入ってくる小梅を見る。看護師となり社会人として立派に働いている小梅は、こういう社交場でももう決して浮いたりする存在ではない。


以前、恋人になったすぐの時、ほんの軽い気持ちで小梅を連れていったパーティーがあった。


当時はまだ幼くて、場にそぐわなかった小梅は可哀想なくらい萎縮してしまっていた。美味しいものを食べさせたい一心で、意気揚々と連れてきたパーティー。


が、その時は入院する祖母の入院費を懸命に働いて捻出するような、貧し過ぎた小梅の世界とはるかに違った煌びやかな世界が、小梅を打ちのめしてしまったのだ。


鹿島はその時、大同やその部下の男たちに囲まれた小梅を見て、下らない嫉妬に振り回されてしまい、それに気づけなかった。


小梅は傷ついていた。


傷つけてしまった自分を、鹿島は顧みた。


(あの時は、本当に……)


自分史上、最低で最悪な気分を味わった。


『金』という価値観の違う高い壁が二人の近づこうとしていた距離を阻んできて、鹿島と小梅はその壁の前で、ついに心折れてしまったのだ。


そして、別れた。失ったのだ。


(けれど、)


「小梅ちゃん、住む世界が違うって言うなら、小梅ちゃんの世界と俺の世界、混ぜちゃえばいい」


「混ぜる?」


「そうだよ、そうすればいいんだ。そうすれば、二人にとってちょうどいい世界になるだろ?」


「ちょうどいい世界、」


一度は別れた小梅を諦められなくて、小梅のことが欲しくて欲しくて必死にもがいていた、その後。

金なんか全部捨ててでも、君が手に入るなら。


必死だった。


みっともない自分を思い知らされ、けれどそれを享受してでも、小梅にすがったあの日。


「どんな世界でも、俺はどこだっていいんだよ。君がいてくれたら、それでいいんだ。どうしても諦められなかった。君が好きなんだ、愛してるんだ」


自分の心はもう、小梅に差し出した。


だから、今度は小梅の心が欲しい。


「大人の男の魅力で、ぐずぐずにしちまえってことだよ」


大同の言葉を噛み締めながら、鹿島は小梅に向けて手を振った。


ハンカチを握りながら、きょろきょろとしながら人とぶつからないようにと気を配りながら会場を横切ってくる小梅の姿。


そして、ついには嬉しそうに小走りで駆けてくる。


(そうだよ、俺は君の心が……全てが欲しくて仕方がないんだ)


『渇望』という文字が頭を横切っていく。


どんなことをしても、手に入れたい。


鹿島は足を前にと、小梅へ向かって歩き出した。


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