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計画の前段階における心づもり

「大丈夫です」


「ほんと? 無理してない?」


「はい、だって大同さんの会社のパーティーですよね?」


「そうだけど……」


「大同さんの会社なら、何度かお話しした人もいますし」


「ああ、あれ、あの時ね」


以前、何もわからない小梅を、会社の付き合いのパーティーに連れていった時、小梅に辛く悲しい思いをさせたことがあった。それもあって、小梅を社交場に連れていくのは気が引けたし、不安だったのだ。


「小梅ちゃん、モテてたね」


意地悪な言葉が出て、自分でも驚いた。けれど、小梅は真剣な目を向けて、言ってきた。


「鹿島さんだって、モテてたじゃないですか」


「あれは違う。モテてたんじゃなくて、ビジネスの話をしてたんだよ」


真っ直ぐな目。吸い込まれそうになり、鹿島が目をそらす。


「そうやってキッカケを作って、好意を持っている相手に話しかけているんですよ。うちの病院にもそういう先生がいます。いつも、どうでも良いようなことで声を掛けまくっていて、周りに迷惑がられています」


(ちょっと待て。もしかして、ロックオンされてんのか?)


そわ、と首の後ろが疼く。


「ちょっと、小梅ちゃん。色々とツッコミたいんだけど」


「あはは、大丈夫です。その先生は女医さんです」


「なんだ、そうなのか」


あからさまに、ほっとする。


が、その途端、大同の言葉が蘇ってきて、鹿島は狼狽えた。飲んだくれの大同が大声を出して主張していたのを思い出す。


「医者ってだけでだなあ、頭が良くて金持ちだということは、明白なんだ。あとは、顔だ。顔が勝負だ」


自分でもそこが引っかかっている、というか気になっている部分でもあった。


(この際だ、訊いてみよう)


「若くてイケメンの先生とか研修医って……いる?」


「ああ、二人居ます」


小梅がさらっと言うので、引き続き、ひやっとする。


(くそ、そういう類のやつが、やっぱいるのか……)


持っていたコーヒー入りのマグカップを、テーブルに思いっきり打ちつけたい気分になった。


「西の安西、東の時任って言われています」


「出身地?」


「いえ、病棟です」


「……え、じゃあ小梅ちゃんは大丈夫だ、ね、」


おわっと思って、手で口を押さえて噤む。


「大丈夫って、?」


小梅の首を傾げた仕草に、ドキッとしながら、言った。


「だって、小梅ちゃんは中央病棟だろ?」


「はい、そうですっ。覚えていてくれたんですねっ」


嬉しそうに、声が弾んだ。


「真ん中って、ほんと便利なんですよ。東にも西にも行くことはほとんどないんですけど、購買も自販機も食堂も休憩室も全て中央にあるんですよ。これって、ほんと奇跡ですよね?」


「じゃあ、西とか東の人は、中央病棟まで来ないといけないんだね?」


「そうなんです。めっちゃ遠いーって、桜ちゃんも嘆いています」


『桜ちゃん』というのは、小梅の同期の看護師で、もちろん遅れて看護師になった小梅よりは、二つ三つ若い。けれど、友人ができたと聞いた時、鹿島は心底ほっとしたのだ。


(これはもうお父さんの心境だな)


苦笑した。


小梅と自分が、十三も歳が離れているのが苦痛で仕方がなかった。けれどある日、小梅が言った言葉で救われた。


「モリタの店長も秋田さんもお父さんみたいなもんですよ」


苦笑いをしながらも、以前そう言っていたことがある。醜い嫉妬心を悟られないようにと、ちまちまと小出しに訊いては、安心するという情けなさに押しつぶされそうになりながら、訊いたことがあった。


「前にも、そう言ってたね」


胸に抱えた春雨を、棚の違う列に突っ込みながら、二人のことをお父さんだと言っていたけれど、じゃあ、俺は?


「俺もやっぱり、その、歳も離れてるし、えっと、お父さんみたいに思われてるのかな、って」


金もまあまあ持ってるしな、後に続けて心でそう思い、酷く落ち込んだ。言葉を選んで慎重に訊けたはずなのに、どんと気持ちは重みを増した。


小梅の返答次第では、もう浮上できなくなるかも。


けれど、お父さんだと思われていても、俺は変わらず小梅ちゃんが好きなんだと、ゆらゆらではあるがある程度の覚悟までしたのに。


小梅はけろっと言った。


「お、お父さん⁉︎ まさか⁉︎ 鹿島さんがお父さんだなんてあり得ませんよ。だって、お父さんにこんなにドキドキするなんてことありませんから。まあ確かに秋田さんに頭を撫でられると心が落ち着いて嬉しいっていうのはありますが、それはお父さんに褒められてる、みたいな気持ちで、鹿島さんのなでなでとは全然違いますから。鹿島さんのなでなでは、私にとっては、もう凶器です。凶器以外の何物でもありませんよ。鹿島さんのはいつも、私の心臓を潰しにかかってくるんです。ドキドキが爆発しそうなんです。鹿島さんがお父さんだなんて、あり得ま、せ、ん……よ?」


言ってる内容に途中から気がついたようで、小梅の顔がぼぼぼっと赤くなっていった。


その顔を見て、あああああ、と悶え死んだのは仕方がないし許して欲しいと思う。


鹿島は、湧き上がってくる嬉しさが小梅への愛しさへと変換されるのを感じながら、そう言ってくれた小梅を抱き締めた。


「あ、ありがとう。なんか、すげえ……すげえ嬉しい」


細く、小さい肩を抱く。もぞっと小梅が動いた気がして、腕の力を緩めた。


俯く真っ赤な顔を上から覗き込むと、「鹿島さん、心臓がバクハツしそうです」と、小さな声で言う。


鹿島はさらに腕の力を入れると、小梅の黒髪に顔を突っ込んだ。



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