作戦立案
「大同、お前は何を言っている」
いつものようにハイボールと焼き鳥を交互に口に入れている間、いつものように鹿島と飲み仲間の大同の間には、ちょっとしたバトルが勃発していた。
今夜はお互いの会社の商談が上手くいき、その祝いにと居酒屋で飲むことになり、現在に至る。
「だからあ、小梅ちゃんのことだがな、」
「おい、勝手に小梅ちゃんとか呼ぶなよ、馴れ馴れしいっ」
大同が食べ終わった焼き鳥の串を串入れに投げ込む。
「そこからか? そこから気に入らねえのか? まったくお前は本当にちっちぇえ男だなあ。恋人のお前がそんなんだと小梅ちゃん、イケメンのお医者さんに取られちまうぞ」
「うるせーよ……じゃなくてだな、その前に言ったことだ。お前、さっきなんつった?」
「んー、ああ、だからあ‼︎」
大同はすでにハイボールを四杯も飲んで酔っ払い、すっかり出来上がっている。けれど、鹿島も同じくらいに酔っているので、さっきから同じくだりを何度も何度も繰り返していた。
「小梅ちゃんをな、」
ここで鹿島が、小梅ちゃんだと‼︎ となって、永遠にループして先に進まない。
「だから聞けって。その小梅ちゃんをだな、」
大同が力技で押さえつけて、強引に先へと進める。
「大人の男の魅力で、ぐずぐずにしちまえってことだよ」
「ぐずぐずって、……どういう意味だ?」
「ん? まあ、ちょっと待て」
大同がスマホを出す。
「おい、知らねーくせに、使うなよ。お前はすぐ、若ぶるなあ」
「うっせー」
画面をスライドさせていき、おお、あったあったと、はしゃぐ。
「『しまりがなくなり崩れるさま』だな」
「どういうことだ?」
「ば、っかか。だからあ、可愛がって可愛がって可愛がってだなあ、お前にめろめろにさせろってことだよ」
「おおう、めろめろね。それはわかる、そうなりたいし、そうさせたい。ってか、俺はもうめろめろなんだよ。すでに。すでにな」
「あ、くそっ、惚気やがって。俺だってなあ、ちゃんとモテてるんだぞ。お前が知らないだけで……」
大同が、厨房に向かって、手を上げる。
「おーうい、芋の焼酎ソーダ割、ちょうだい」
はーい、と遠くの方で聞こえ、鹿島も同じように手を上げて叫ぶ。すると、程なくして焼酎が運ばれてくる。
「そんなことはどうでもいい。で、俺はどうしたらいいんだ?」
「ぐずぐずにさせるには、だろ?」
「そうだ。教えてくれ。うまくいったら、飯奢ってやる」
「いいぞ、俺が有効なアドバイスを授けよう」
「おう、頼んだぞ」
そして、夜は更けていった。
✳︎✳︎✳︎
「ううー、頭がずきずきする」
鹿島が痛む頭を抱えて出勤したのは、始業ぎりぎりの時間だった。
「社長が考えなしに飲みまくった結果です。まったく、大同さんとの飲み会はどうしていつも、こんなんなっちゃうんでしょうね」
秘書の深水がシュレッダーに紙を押し込んでいる。ガガガガッと音を立てて、シュレッダーはその身を盛大に揺らしていた。
「深水……それ、もう勘弁してくれないか」
息も切れ切れに、鹿島は頭を抱えながら言った。
「すみません、気がつかず」
深水はシュレッダーのスイッチをオフにすると、『処分』の書類箱へと紙の束を放り入れた。
「社長、藤間不動産の息子さんの就任パーティーはお断りに?」
「ああ、それは参加しても無意味だ。何の意味も成果もない」
「では、大同さんの、」
「あいつのは行くよ。大同の会社は、もうすぐ上層部が入れ替わる。様子を見に行きたい」
「大同さんにお訊きすれば済むのでは?」
「いや、当事者ではわからない部分があるからな。俺が行って、どんなだかこの目で確認したい。まあ、言葉にしては言いたくはないけど側面から大同をサポートしたい意味も、ある」
「そうですか。パートナー同伴ですので、小梅さんを?」
「ああ、他の女は連れて歩きたくない」
「はああ、この社長の普通に凛々しい姿を見ていただきたいですね。小梅さんの前では、形無しになってしまいますので、小梅さん、こんなしゅっとした社長は見たことないんじゃないですか?」
「はいはいはい、お前には敵わないよ。深水、小梅ちゃんの用意は任せても良いかな?」
「承知しました」
深水はパソコンを立ち上げると、どんなドレスが良いでしょうか、などとブツブツ言いながら、カチカチとマウスを何度も鳴らした。