四十一話 道具屋のおっさん、葛藤を覚える。
道具屋のベッドにまた俺たちは戻ってきた。カードの中身はまだ見てないが、特に変わったことが起きた気配はない。どうやら引いちゃいけないカードは回避したようだな。
「なんのカードだったんしょう……あ……」
「エレネ?」
エレネの後ろに回ってカードを覗き込むと、そこにはタコの吸盤が描かれていた。なんだこりゃ……。
「タコさんカードですね。効果は……なんなんでしょう」
「さあなあ……」
試しにおでこにつけてエレネと念じてみるが何も起こらなかった。
「今度神様から聞いてみるか」
「ですねぇ……」
「「ちゅー……」」
こうしてエレネとキスしているだけで心が満たされるし、新カードの効果なんて後回しでもいいだろう……。
『そろそろ俺の体を返してほしいんだが……』
……なんだ? 脳裏にへらへらと笑うおっさんが浮かんできた。誰だよ、この間抜け面の男は……って、これよく見たら俺だ……。
『善人モルネト……おめぇよお、誰のおかげでここまで来られたって思ってんだ!?』
『だ、誰のおかげって……一応悪人のあんたも俺なんだし……』
『……』
いかにも気弱で人が良さそうなこいつの顔、俺自身なのに本当に腹が立つ……。
『礼は言うよ。ありがとう。でも、もういいだろ』
『おめー、勇者パーティーにやり返したくないのかよ!』
『もう充分やり返したよ』
『あんなのただのお遊びだ。これからもっと痛めつけてやるんだよ』
『……もういいって。あんたは母さんの形見であるこの道具屋を自らの手で破壊した。あんたのやってることはあの勇者パーティーと同じだ……』
『どうせ燃やされる運命だろうが』
『……仕方ないよ。運命は変えられない』
『アホか! 俺が変えてやってる。俺だからこそ今の幸福がある!』
『違う』
『何が違うんだよ、言ってみろ!』
『……俺がいるからこそ、あんたはエレネとそんな風に愛し合えるんだ……』
『……は?』
『わからないのかな? 俺――つまり人を信じる心――があるからこそそうやっていちゃいちゃできるんだよ。あんたはエレネを信じ切ってる……』
『アホ抜かすな! こいつはただの性奴隷だ! いい加減にしねえとぶっ殺すぞ!』
「モルネトさん?」
「……あ……」
「大丈夫ですか? 汗が凄いですよ……」
「うるせえ。お前には関係ねえよ。死ねっ!」
「ぎゃうっ! ぎゅえ! びゅわ!」
エレネの顔に拳を何度も叩き込む。鼻血ダラダラで、歯が何本も飛んでいい気味だ。
「……ヒュー……ごめんなしゃい……」
「わかりゃいいんだ」
「はひ……」
こいつ、興奮してる。見ろよ、善人モルネト。なーにが信じる心だ、アホか。そんなもんなんの役にも立ちゃしねえんだよ。俺の暴力で目をトロンとさせるエレネ。これが世界の真実だ。ウサビッチは善人モルネトなんて目じゃねえんだよ……。
とにかく、この体はもう俺だけの物だ。エレネは都合のいい性奴隷の一人に過ぎない。俺は……俺はジーク・モルネトなんだ……。
※※※
「「ちゅー……」」
378回目の特製白ポーション作成が終わり、エレネに慰めキスを施してやる。顔はボコボコで全身汗だくで痣だらけだが、とても幸せそうだ。善人モルネト、お前にはできないことだよ。
「……コヒュー……お、おみじゅ……」
「ん? 水か? とっとと行ってこい。飲んだらまたヤるからな」
「はぃ……あれ?」
なんだ、エレネのやつ、俺から離れようとしてるっぽいができないでいる。もうそこまで体力がないのかと思ったが、違うみたいだ。普通に立つこともできている。
「あれぇ……」
「……」
エレネは歩く素振りを見せるも前に進んでいない。まさか、これは……。
「例の新カードが怪しいな……」
「タコさんの吸盤カードですね」
「ああ。あれにエレネと念じたらこうなった……」
「なるほど……」
「エレネ、カードを逆にして念じてみるから、また俺から離れようとしてくれ」
「はーい」
俺は吸盤カードを裏返しにしてエレネと念じた。
「――わっ!」
エレネのやつ、勢い余って倒れ込んでしまった。なるほどなあ。このカードで俺が念じた対象は、俺から離れられなくなるってわけだ。
「タコさんカードの効果、わかりましたねっ」
「ああ。ほら、水飲みに行ってこいよ」
「ひゃいっ」
ウサビッチの尻を蹴って促してやる。
試しに氷結剣を念じてみて放り投げようとしたが、やはりできなかった。これさえあれば武器を紛失することも奪われることも、ましてや奴隷に逃げられることもないわけだな。
エレネはもう大丈夫だが、さらわれる可能性を考えたらやっといたほうがいいか……。
「――ふぅ。ただいまです」
「おう、おかえり」
「「ちゅうぅぅ……」」
これが善人モルネトならとっくに逃げられてるだろうな。エレネはマゾだから暴力プレイ大好きだし、あんな腰抜けに飼える代物ではない……。




