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三話 道具屋のおっさん、憔悴する。


「嫌だ、やめてくれ……頼むうぅ……それだけはやめてくれ……」


 道具屋の裏口前、俺は魔術師アルタスの足元で何度も首を横に振っていた。


「もっと丹念に、丁寧にお願いしたまえ……」


「燃やさないでくれ。この道具屋は俺の命なんだ……」


 戦士ライラの提案とは、俺の目の前で道具屋を燃やすことだった。それだけは嫌だ。それだけは……。


「どうして君の命なんだい? おっさん。詳しく説明してくれたまえ」


「……亡くなった母さんが遺してくれた大事な店なんだ。俺が子供の頃からの大切な思い出が沢山詰まってるんだ……だから……」


「なるほどねぇ。勇者クリスよ、泣かせる話だとは思わないかね」


「泣けるな、確かに。惨めすぎて。蛆虫の親とか知らねえよ。普段虫がどういう生活してるかとか知らねえし興味もねえもん。どうでもよすぎてマジ泣ける」


 ……言葉が通じるのに、俺は蛆虫でしかないというのか? こいつらにとって……。


「では戦士ライラ、どう感じたかね」


「んー? ぜんっぜん聞いてなかったよ。なんか汚い虫が小声でブツブツ鳴いてるのはわかったけどさ。もっと大きい声ではきはきしゃべりな!」


「ぎぎいっ!」


 鼻っ柱を殴られてゴキっと音がした。……お、折られた……。


「その調子でしゃべりゃいいんだよ!」


「は、はぎいぃ!」


 もう気が狂いそうだ……。やつらの笑い声が鼻の奥まで染みるようだった。

 

「最後に僧侶ミヤレスカの意見を聞こうか」


「あれですねー、童貞らしい気持ち悪さがよく出てたかなって。ママー助けてーってこの歳で言ってるようなもんでしょ。誰一人同情なんてするわけないですよね、こんな汚物おっさんに。産まれてきたこと自体が間違いだったのでは……」


「ぎぎい!」


 脛を思いっ切り蹴られた。


「ヒール、ヒール、ヒールウゥゥッ!」

「うぎ! うっがあああ!」


 ヒールと脛への蹴りを繰り返してくるミヤレスカを、気付けば俺は睨みつけていた。


「何その目!? 自分が汚物だって自覚ないのです!? ヒール、ヒール、ヒール、ヒールヒールヒルヒルヒルヒルヒルヒルヒールウゥゥゥッ!」


「……おごご……」


 股間への激しい蹴りとヒールの繰り返しに俺は体から出てくるものを抑え切れなくなった。


「おい、涎とゲロかよ。しかも漏らしてるぜこいつ! くっせええ!」


「ヴォエ! このおっさん、とうとう自分から汚物だって白状しちまってるよ。臭いからさ、もうこいつあたいの斧で胴体切断して殺しちゃおうか?」


「ライラ、そしたらもっと臭くなるな。たまらん、たまらん……」


「ひー、ライラ、アルタス、それだけは止めてください! とっとと道具屋燃やしてずらかりましょうよ!」


「……や、やめてくれ……それだけは……頼みます、頼みますから……」


「んー、どうしようっかなあ。やめとこうかなあ。んー……やっぱり燃やすっ」


「……や、やめろおおおぉぉぉ!」


「全員異論なしだね。では、始めとしよう。……偉大なる火の精霊よ、汝我が掌中に宿りし赤き皇帝となれ。フレア・グリードッ!」


 魔術師アルタスの掌の上に小さな赤い球体が現れたかと思うと、ゆっくりと俺の道具屋に向かっていった。それが見る見る膨らんでいく……。


「おお、アルタスお得意の火の魔法出たー!」


「これでも手抜きまくってるんですから、アルタス一人でも魔王倒せそうですよねー」


「さすが、グロムヘルの天才魔術師。放火殺人しまくって処刑されそうになったところをあたいらで助けて揉み消した甲斐があったね」


「ライラ。過去のことはあまり言わないでくれたまえ……」


「あははっ。アルタスのくせに罪悪感でも覚えてるのかい?」


「火だるまになって踊る人々を思い出すと射精してしまうのだ……」


 やつらの話は頭に入らなかった。俺の道具屋が火に包まれようとしていたから……。


「やめてくれええええええええぇぇぇぇっ!」


「こいつ、うるせーよカス!」


「あたいに任せな!」


「ぎっ……!」


 戦士ライラに髪をわしづかみにされたかと思うと、思いっ切り雪と泥だらけの地面に叩きつけられた。


「おら、おっさん、よく見なよ、あんたの大事な大事な汚い道具屋の最期を」


「うぎぎ……」


 後ろ髪を引っ張られて、無理矢理目をこじあけられる。


「……あ……あ……あー、あー……」


「うげっ。こいつ、あーあー言ってるぜ」


「気持ち悪いねえ。とうとう狂っちまったんじゃない?」


「うむ。こうなるとつまらないものだ。人は狂う寸前が一番面白い……」


「確かに。もっと楽しみたかったのに、残念ですね……」


 母さんは生前俺によく言っていた。いつも笑っていなさい。本当に苦しいときにだけ怒りなさいと。そうすれば、大きな力が生まれるでしょうと。


「……」


 何も起きなかった。ただ、俺の道具屋が一瞬で燃やされて灰になっただけだった……。


 気が付くと周りからどよめきが聞こえてきた。道具屋が燃やされたことで、町の人たちが何事かと集まってきたみたいだ。


「見ろ、道具屋が灰になっちまってるぞ!」


「な、なんてこった……」


「勇者様!? 一体何が起こったのですか!?」


「道具屋を羽交い絞めにしてるぞ!」


「しかもボコボコじゃねえか。まさか、勇者パーティーにやられたのか!?」


 ……鬼畜な勇者パーティーめ、もう言い逃れはできないぞ……。


「そ、それが、町のみなさん、聞いてくれ! この道具屋のオヤジがうちの僧侶ミヤレスカに悪戯して、それを止めようとしたら暴れ出して……暖炉の火が燃え移ったんだ……!」


 ……もっともらしいことを言うが、そんな言い分誰が信じるというんだ。いくら勇者パーティーとはいえ、この状況は俺に味方するはずだ……。


「な、なんてやつだ、俺のミヤレスカちゃんになんてことを!」


「糞道具屋めが!」


「消えてなくなれ!」


 ……怒号をぶつけられる。みんな勇者クリスの言い分を簡単に信じているようだった。何故だ? 俺は笑顔を大事にしてきた。なのに、何故誰も信じてくれないんだ。俺が底辺の道具屋だからか? そうなのか……?


「ま、待ってください。誰にでも間違いはあります! みなさん、この道具屋さんを責めないでください……ぐすっ……」


「「「うおおお!」」」


「「「さすがは僕らのアイドル! ミヤレスカちゃん!」」」


「……」


 俺はただただ憔悴していた。あまりにも薄汚い現実に対して……。

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