一話 道具屋のおっさん、理不尽な目に遭う。
俺は道具屋を営んでいる、極フツーの35歳のおっさんだ。
道具屋っていうのはずっとカウンターに立ってるだけの印象があるみたいだが、実は全然違っててとにかくやることが多い。
素材収集、薬草等の買い出し、ポーション精製、倉庫整理、道具点検、掃除、収支決算……あと雪が降る町なので朝から雪かきに追われることもある。
もう一つ、最高に大事なのが笑顔だ。これがなかったらお客さんに敬遠されるから致命的だろう。俺は男だが、なるべく愛想よく振る舞うようにしている。
自身が落ち込んでるときや体調が悪いとき、ましてや客の態度が凄く悪いときでもそれをやり遂げるのは難しいが、無理矢理でも笑うんだ。そうすると、ほんの少しだが前向きになれる。大体笑顔なんてタダなんだから出し惜しみはしない。
ん、まだ朝の8時なのになんか外が騒がしいな……と思って窓を見たら、四人の勇者パーティーがいた。
美麗な顔をした勇者の青年が先頭で、周囲に赤いマントとドヤ顔をちらつかせながら歩いてる。ちょっと偉そうだが、やっぱり恰好いいなあ。
そのあと、少し間隔を開けて露出の多いムキムキの女戦士が続いたが、なんか不愛想だった。機嫌悪いのかな? ビキニアーマーを着せられてて恥ずかしいからとか……。
続いてやってきた魔術師の男はなんかやたらとだらけていて眠そうにしている。着ているローブもよれよれだ。観衆のほうも欠伸しながらぼんやりと見てるし、やる気を全然感じない。
最後に歩いてきた僧侶の少女は、ゆっくり歩きつつ穏やかな微笑みを周囲に投げかけていて好感が持てた。地面まで着きそうな長い髪がなんとも印象的だった。
それにしても凄く盛り上がってるなー。みんなキャーキャー言って、後を追いかけ回してる。
そういや、町じゃ一週間前から勇者パーティーが来るってお祭り騒ぎしてたんだっけ。俺は道具屋の経営で毎日手一杯だったせいか、あれからもう一週間が過ぎていたことに今初めて気付いた。
近くの山の頂に伝説の剣が眠ってるらしくて、それを勇者パーティーは狙ってるようだ。
あそこは屈強なスノードラゴンが何匹も出てくるんだよな。縄張り意識が強くて山に近付かない限り襲ってこないが、運が悪いと遭遇して食べられちまうんだ。
勇者はよくあんなところに行けるなあ。あそこはエリクサーっていう凄い回復剤の材料になる花があるんだ。伝説の剣には興味ないが、花は欲しいなあ……。
そういや俺も子供の頃、勇者になってその剣を抜くんだとか思ってたっけ。でもあれって、なりたくてなれるもんじゃないらしい。なんか召喚がどうの血筋がどうので、とてもじゃないが俺みたいなただの一般人じゃお払い箱ってわけだ。
……あ、走ってた子供が転んだと思ったら、僧侶の子が透かさずヒールをかけて歓声が飛んだ。優しいなあ。
って、あれ? なんか勇者パーティーがこっちのほうに来るんだが……。まさか、この道具屋に来るのか? こうしちゃいられない。すぐにカウンターに戻ったが、足の震えが止まらなかった。35歳にもなって、情けねえな。いよいよベルの音とともにドアが開いて、緊張は最高潮に達した。
「――い、いらっしゃい!」
よしっ、少し噛んだがちゃんと言えた。
「……」
なんだ? 勇者が入ってきたんだが、何か様子がおかしい。まるで俺が初めから存在しないかのように、視線を一切合わせずにきょろきょろと店内を見渡し始めた。
急いでるんだろうか? あ、ポーション瓶に手を伸ばした……かと思うと蓋を開けて口元まで運んだ。なっ……俺が唖然とする中、腰に手を置いて一気に飲み干してしまった……。
「ふう……」
「あ、あの!」
「……」
「あの、勇者さん!」
「……あ?」
……やっと反応してくれたと思ったら睨みつけられた。な、なんなんだ。この人すっごく態度悪いんだが……。
「お金を……」
「は? 俺様は勇者なんだからタダでいいだろ」
「え?」
「はあ。田舎の道具屋ってどいつもこいつもケチなんだよな。お前みたいに」
「え、えっと……お金を……」
「でも田舎の道具屋の女店主なら処女で可愛い子いるかもしれないって思ってさ」
「あ、あの……」
「んで、入ってみたらこれ。ホント哀しくなる。そりゃポーションくらいタダで飲みたくもなるだろ」
「えっと……」
「お前しつこいな。モテないだろ?」
「……」
「しかも童貞だろ? 可哀想になあ。そりゃケチにもなるか。俺はな、ガキの頃から勇者だし、んでこの美しい顔だろ? モテまくって色々手出してきたんだけど、化粧が濃い女には飽きてるわけよ、もう」
「……」
な、なんか凄く嫌な客だが、笑顔だけは維持だ……。
「お前、何ヘラヘラ笑ってんだよ。そんなんだからモテねえんだよ」
「……」
「女ってのはよ、媚びるよりも睨みつけるくらいのほうがアソコが濡れるらしいぜ?」
「えっと……黄ポーション一つ100ゴールドになります!」
「ほらよ」
「……」
勇者の足元に銀貨が一つ転がった。もしかして、取りに来いってことかな。
「早く来いよ。いらねえのか?」
「あ、いえ!」
カウンターを乗り上げて急いで拾いに行ったら、銀貨を踏まれてしまった。
「あ、あの……」
「ん?」
「靴を舐めろよ底辺道具屋。そしたらどかしてやる」
「……」
「いらねえのか? じゃあいいや」
「あっ……」
銀貨を拾ってポケットに仕舞い込む勇者。まさか、勇者がこんなならず者だったなんて……。
あ、今度は女戦士が入ってきたと思ったらまた無造作にポーションを掴んで飲み始めた。
「ライラ、この道具屋、全部タダでいいんだってよ」
「あっそう。てかこれ不味っ。ブエッ!」
「……」
床にポーションの中身を盛大に吐かれてしまった。もう笑顔を保てそうにない……。
「おいおい、クリス、また一般人を泣かしているのかね……」
……こののんびりとした声、あの魔術師の男っぽいな。まともっぽいが勇者や戦士の横暴を止める気配はなかった。
「アルタス、おせーぞ」
「――クリス、ライラ、アルタス。もうっ、私一人置いていかないでください!」
「ミヤレスカ、おめーがおせーんだよ……」
凛とした声がして頭を上げると、あの僧侶の子が慈愛に満ちた表情で俺に手を差し伸べるところだった。ミヤレスカっていうんだな……。
「私が来たからには、もう大丈夫ですよ……」
「あ、ありがとう……」
俺が握ろうとしたミヤレスカの手が寸前で離れていく。え?
「何この人っ……。たかが道具屋のおっさんのくせに、私の手を握るつもりだったんですか? まあー、なんて汚らわしい畜生なのでしょう……握手なら足でしてあげますっ!」
「えっ……」
空振りした俺の手は、思いっ切り踏まれていた。
「いだああああっ!」
「――ヒールッ、ヒールッ、ヒールウゥゥッ!」
「うぎぎぎいいぃっ!」
踏まれたままのヒールという、激痛と回復の繰り返しに悶絶し、地獄を垣間見る。しばらくしてようやく解放されたが、精神的なショックのほうがでかかった。なんでこんな酷いことをするんだ……。
「おいおい、ミヤレスカ。このおっさんは君に期待していたみたいだし、さすがに可哀想ではないのかね。我の病気を再発させないでくれたまえ……」
アルタスという魔術師の股間が見る見る盛り上がっていく。……え……?
「きゃははっ。アルタスってホントに変態ですねー。ねえ、みなさん、今日はこのおっさんを弄り倒しちゃいましょうか」
「うむう、それはいい。たまらん、たまらん……」
「お、いいねえ、あたいも田舎の糞不味いポーション飲んでむかついてたんだよ」
「ま、ドSのミヤレスカやド変態のアルタスと違って俺は女の子のほうがいいけど、たまにはこういうのもいっか」