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第三話

「まさか、国王のお命を……」

「違う。誤解をするな」

「失礼ながら……セドリック殿下の素行の悪さは国王のみならず我らも懸念するところでございます。お身体を改めさせていただきます」

 反論するより早く、二人の兵が歩み出てあっという間にセドリックを壁に押さえつけ、両手首を片手で掴んで背中で固定した。

「やめろ! なんの真似だ!」

「お身体を改めるだけです。大人しくしてください。傷つけるつもりはございません」

「……改めても意味はない。剣は置いてきた。武器になるものを身に付けては」

「これは何でしょうか」

 すっと目の前に出されたのは身に覚えのない短剣だった。その鞘を抜くとギラリと光る鋭い刃が現れる。

「よく斬れそうですな。喉を掻っ切るには丁度いい大きさだ。うまく懐に忍ばしておいででしたよ」

「アレク、お前、何を言っている。それは俺のものでは」

「国王暗殺未遂。重大な罪です」

 暗殺未遂、だと?

 ふっと一瞬、目の前が暗くなった。

 まさか、あの女がここまでやるとは。そうまでして追い詰めたいのか……。

 自分の甘さを呪いつつ、セドリックは顔を上げ、兵たちを睨みつけた。

「俺をどうするつもりだ……」

「裁きを受けてもらうことになるでしょう。それまでは地下牢に入っていただきます、殿下」

「地下牢、だと……」

「はい。しばらくの間だけですから」

 そう言って、アレクは憂鬱に目を伏せた。

「どうかご辛抱を」

「辛抱、だと」

「言いたいことがおありなら裁きの場でご存分に。今はご辛抱を、ということです」

「本気で言っているのか」

「はい。殿下、これはあなたさまを守るためでもあります。どうか、我らに従ってください」

「守る? 何を寝ぼけたことを」

「あなたさまの身柄を拘束する、それがあなたさまを、ひいてはこの国の未来を守ることになる、ということです」

 ふざけたことを。

 反論したいところを、セドリックは寸前で抑えた。小さく息を吐くと、身体の力を抜いて言った。

「……判った。しばらくの間、だな」

「はい。ご理解いただき光栄です。さ、参りましょうか」

 セドリックを壁に押し付けていた兵たちの力が緩んだ。その瞬間をセドリックは見逃さない。するりと身体を回転させ彼らの手を払いのけると、その勢いで自分を捕まえていた兵の足を思い切り蹴りつけた。あっと叫んで仲間の中に倒れこんだ兵は、ドミノ倒しのように次々と整列していた他の兵を巻き込んで倒れていく。

「で、殿下! お待ちを!」

 じたばたと兵たちが起き上がった時、セドリックは既に廊下を駆けだしていた。

「くそ! 追え! 殿下を拘束するのだ!」

 アレクの号令が響いたが、しかし兵たちの動きは緩慢だ。追うには追うが、どこかに戸惑いがある。

「何だ、どうした?」

 ついにアレクは立ち止まり、部下たちを振り返った。

「何か言いたいことがあるという顔だな」

「……隊長。殿下は本当に短剣を所持して、国王のお命を狙おうとしていたのですか」

「さて、どうだろうな」

「は?」

 その言葉に、兵たちは全員ぽかんとアレクを見返した。

「それは……どういう意味ですか」

「殿下が国王に会おうとする動きをみせれば、それがどのような理由であろうと身柄を拘束せよというのは、国王の命だ。だが、俺は国王から直に命を受けたわけではない。グレイシア王妃の口頭からのご命令であった」

「なんと……!」

 セドリックとグレイシア王妃の不仲は周知のことだ。全員が戸惑い、ざわつくのは仕方ないところだ。

「もしや王妃は殿下に謀反の濡れ衣を……」

「そうだな、この短剣をご用意されたのもグレイシア王妃だからな」

「隊長はそれを承知の上で命令に従ったのですか?!」

「そうだ」

「何故ですか!」

「殿下をお守りするために決まっている」

「は?」

 一瞬の沈黙の後、兵たちはおろおろと顔を見合わせる。

「それは……どういう……?」

「王妃は軍をも動かしている。憲兵どもが既にこの城の出入口すべてを固めて、殿下が城から出ようものならその身柄を拘束しようと身構えているのだ」

「憲兵、ですか」

「俺は、セドリック殿下を幼いころから知っている。やんちゃで何をしでかすか判らない、馬鹿みたいにまっすぐで手に負えないお方だが、しかし心根は澄んでいてお優しく、賢明だ。あの方はこの国の未来に必要な存在なのだ」

「隊長……!」

「殿下をお守りするためにあえて身柄を拘束するのだ。憲兵などに渡してなるものか。行くぞ、早く捕らえよ」

「は!」

 兵たちが一斉に、セドリック確保のために走り出した。が、彼の後姿は遥か彼方にあった。


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