第二話
「もう下がっていいぞ、テリュース」
ひとしきりふたりで笑い合った後で、セドリックは帽子を目深にかぶり静かに言った。
「ご苦労だったな」
「……行かれますか?」
「ああ。とっとと片付けてくるさ」
「はい。では、私の方はこのお部屋の片付けをいたしましょう。それが済みましたら下がらせていただきます。なので殿下……お見送りをさせてください」
「大袈裟だぞ。俺は今から自分の親に会いに行くだけだ」
「そうでしたね」
テリュースはいつものように明るく応じたが、不意に真剣な表情になると、深く頭を下げて言った。
「ご武運をお祈りいたします」
「まったく、お前は」
軽くテリュースの肩を叩くと、セドリックは部屋を出て行った。
そうしてセドリックの気配が消えてしまうと、テリュースは時間をかけてゆっくりと顔を上げた。抱えていた剣を丁寧にテーブルの上に置くと、セドリックの脱いだ服を拾い始める。
「……さて、これからどうなることやら」
服を仕舞うべく、クローゼットの扉を開いた。
セドリックは、しんと冷たい空気の中、王の執務室がある東側にのびる長い廊下をまっすぐに進んでいた。
『黒の樹海』から帰還して以来、幾度となく王との謁見を申し込んできたが、体調不良などを理由にすべて拒否されていた。
業を煮やして無理にでも王に会おうとしたこともあるが、王妃付きの従者たちがぞろぞろと現れて必死でセドリックを追い返しにかかった。騒ぎを起こすのは得策ではないと渋々、諦めていたのだが、しかしここ数日の間に集めた情報は、例の悪夢から手繰り寄せた記憶と重ね合わせることで、ある真実を彼に見せていた。
それを知ってしまった今となっては、悠長に構えてなどいられない。
王との謁見を邪魔しているのが誰かは判っていた。
美しく冷たい王妃の横顔を思い出すだけで、セドリックの奥歯はぎりと音を立てた。
父だけでなく、俺をも意のままになると本気で思っているのか。
お前の思い通りにはならないぞ。
ショーンのためにも……。
「何か用か」
不意に足を止めると、廊下の奥。灯りの届かない暗がりに向けてセドリックは低く声を掛けた。
「俺は父に会いに行くだけだ。邪魔は許さん」
しばらくの間の後、じわりと現れたのは武装した近衛兵の一団だった。いつもの王妃付きの従者たちではないことに、不穏なものを感じてさすがのセドリックも眉をひそめた。
「何だ、アレクではないか。隊長のお前がわざわざお出ましとは。城に賊でも侵入したか」
「……賊など、とんでもございません」
アレクと呼ばれた先頭にいた壮年の兵が一歩前に出ると頭を下げた。
「殿下、申し訳ございませんが、ここから先は立ち入ることはできません。お戻りください」
「……王妃の命令か」
「いいえ。国王のご意思でございます。我らは国王陛下の近衛兵でございますれば」
「ほう、父の、か」
セドリックは嘲りの表情で兵たちを見回した。
「お前たちもあの女の犬に成り下がったというわけだな」
「殿下、なんと仰せですか。いかな殿下といえ、我らを侮辱することは……」
「それは申し訳なかったな。ではこれで失礼する。俺は多忙なんだ」
さらりと言って、彼らの脇をすり抜けようとしたが、勿論、そうはいかない。すぐに兵たちが行く手を阻んだ。
「お待ちください。先ほども申しました通り、ここから先は立ち入ることはできません」
「俺も先ほど言ったぞ。邪魔は許さんとな」
「……国王は殿下とお会いすることを望んでおりません。お身体の具合がよろしくないのです。どうかご賢察ください」
「どけ」
「殿下!」
「俺は真実を確かめたい。それだけだ。そこをどけ」
「……殿下、どうかお鎮まりを」
声を落とすと、アレクは困惑気味に言った。
「我らは国王の命を受けて動いております。セドリック殿下といえ、国王の命の背くことは罪となります。どうかお戻りを」
「……何故だ」
掠れた声でセドリックは聞き返した。
「何故、会えないのだ。俺は話を聞きたいだけだ。父と、そしてあの女……グレイシア王妃に。もう時間がないのだ。頼む。ここを通してくれ」
「時間?」
「そうだ。ことによれば、人の命にかかわることだ」
兵たちは訳が判らないというように、お互いの顔を見合わせた。
「命とはどなたの命のことでしょうか。まさか、国王の?」
ぐっと黙り込むセドリックに、兵たちの戸惑いは大きくなる。




