第一話
テリュースは、不安な気持ちで軍服に着替えるセドリックを手伝っていた。
軍人であるセドリックの正装は軍服だ。
城での待機を命じられている彼が、今、わざわざその正装である軍服に着替える理由はひとつ。それは覚悟だ。
パズルのかけらを集めるように、様々な情報と自分の内に眠るかすかな記憶を手繰り寄せ、そして彼は、ついに一服に絵を完成させたのだろう。それはきっと、セドリックにとって、あまり美しくない絵だったに違いない。
「後は答え合わせだ」
と、軽い口調でセドリックは言った。
その言葉が重たくテリュースの胸に響く。
「本当に、行かれるのですか? おひとりで」
「ああ」
と、セドリックは背中を向けたまま、短く答える。
「俺の問題だからな」
「ですが、謁見は断られたのですよね?」
「それがどうした。俺は行きたい場所に行き、会いたい者に会う。今までもそうして生きてきた。それはお前も知っているだろう」
「ですが……」
テリュースは言いかけた言葉を飲み込んだ。これ以上、何を言っても意味がないと知っていたからだ。代わりに彼はセドリックのすらりとした肢体を改めて眺めた。
細身だが、程よく引き締まったセドリックの身体にはかっちりとした軍服がよく似合っていた。似合いすぎて嫌味なくらいだ。
複雑な感情を抱えて思わずため息をついたテリュースにセドリックが振り返った。
「お前が溜息など珍しいな」
「あ、すみません」
慌てて笑顔を向けると、テリュースは仕上げに彼の軍服の肩を軽くブラッシングして言った。
「いつものことながら、完璧なお姿だと思っただけです」
「完璧? どこがだ」
「鏡をご覧になれば判りますよ?」
「見てくれのことなどどうでもいい」
「見てくれは大事です」
きっぱりとそう言うとテリュースは傍らのテーブルにブラシを置き、代わりに両手でセドリックの剣を大切そうに持ちあげた。
「殿下、剣をどうぞ」
頭を垂れ、少々芝居がかった様子でセドリックに掲げてみせたのだが、彼は無言のまま、剣を手に取ろうとしない。さすがにふざけすぎたかと不安になって、テリュースが恐る恐る顔を上げると、物憂げな表情のセドリックと目が合った。
「……あ、あの、お気に障りましたか?」
「いや、そういうことじゃない」
かすかに微笑むと、セドリックは言った。
「剣は……置いていこう」
「え」
一瞬、言葉が出なかった。
テリュースは、あえぐように言う。
「あ、あの、しかし、剣は必要かと」
「俺は戦いに行くのではない。話がしたいだけだ……いや、そうじゃないな。話を聞きたいのだ。本当のことをあいつの口から直に聞きたいのだ」
「それは……判りますが、その、お相手が殿下と同じように思っているかどうかはあやしいものです。果たして平和的に参りますか……。丸腰というのは賛成できかねます」
「大丈夫だ。ここは俺が生まれ育った城の中だぞ」
だからこそ危ない、そう言いかけたが、すぐに首を横に振り、違う言葉を強く言った。
「……それならば、剣の代わりに私をお連れください」
「ひとりで行くと言ったはずだ」
「殿下。この国は、このままでは間違った方向に進んでいくように私は思えて仕方ありません。今、この城にいる上の方々は……どこか狂っている」
「テリュース……」
「失言を承知の上で申します。この国の未来には、セドリック殿下、あなたさまが必要なのです。他の誰でもない。あなたさまが、です」
「……どうした。そんな悲壮な顔をして。まるで俺がこれから死地に向かうようだぞ」
「死なせませんよ」
真剣な顔でそう言った後、ふと微笑むとテリュースは言葉を継いだ。
「それは私だけではなく、たくさんの方々が思っていることでしょう。第一部隊の皆さまは勿論、ウィルローズのお嬢さま、も」
「……ケイティか」
その名前を聞いた途端、ふわりとセドリックの表情が和らいだ。
「はい。お嬢さまは殿下の無事を祈りながら、お迎えをお待ちのはずです」
「そうだな」
少し考えてから、セドリックは笑って言った。
「おとなしく待ってくれていればいいのだが。あの天然娘は何をやらかすか判らないからな」
「はあ、確かにそうですね」
テリュースは捧げ持っていたセドリックの剣をそっと自分の胸に抱くと呟いた。
「それは私も同じですが」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ」
満面の笑みでテリュースは答えた。
「早くお戻りください。そして私にたんまりとお小遣いをくださいね」
「判った判った。お前は面白い奴だ」
テリュースの笑顔につられるように、セドリックも声を立てて笑った。




