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第八話

「先ほどお客さまがお帰りになりましたけど」

 ニールはみんなが集まっている応接室に遅れて入ってくると、ソファーには座らず、むっつりと腕を組んで壁際に立った。

「それで良かったってことだよね、アン? わざとらしくリンゴにナイフ突き刺してさ。あの男はナイフを使って縄を切ると、台所の窓からとっとと逃げたよ」

「そう来なくっちゃね。これだけお膳立てしてあげたのに何も出来ないんなら、悪党を廃業した方がいいわ」

 からりと笑うアンにニールはやれやれと溜息をついた。

「どういうことだよ。男をおびき寄せて捕まえたと思ったら、ろくに情報も仕入れないうちに逃がすなんてさ。ねえ、副長。何が起こっているのか、僕にも説明してくださいよ」

「判った、判った。そう拗ねるな」

 困った顔でユーリは笑うと言った。

「少しばかり込み入っていてな、ここから先は慎重に行きたいんだ」

「……ってことは、本当なんですね、隊長のこと」

「ああ、残念だがそのようだ。何が起こったのか、まったくと言っていいほど把握できていないのが辛いところだが……ただ、今はっきり判るのは、これから私たち、第一部隊にも規制がかかるだろうということだ。それもすぐに、な」

「なるほど。俺たちの身柄を拘束することで隊長の戦力を確実に削ごうってわけだ。確かに俺たちは何をやらかすか判りませんからねえ」

 トムがそう言ってにやりと笑った時、タイミングよく来客を告げる呼び鈴の音が辺りに鳴り響いた。

「やれやれ、今日はお客が多い日だな」

 ユーリはゆっくりとソファーから腰を上げた。



「ユーリ・ケントリッジ少尉。速やかにここを開けたまえ!」

 呼び鈴を鳴らしても、玄関の扉を叩いても、中から何の応答もないことに、ついに苛立って叫んだのは、大勢の部下を従えた、ひとりの屈強な軍人だった。

 彼の軍服の肩章が赤いのは、憲兵である証しだ。

 軍の秩序を司る憲兵は、軍警察とも呼ばれ、軍に所属する者は、誰であろうと彼らの要請には従わなくてはならない。のだが、この家の住人はそれを忘れているようだ。

「……構わん。扉を壊せ!」

 ついに隊長が命令を下すと、一斉に部下たちが扉に体当たりを始める。傾きかけた扉に、とどめとばかりに鋭い蹴りを入れると、大きな音を立てて扉は内側に倒れた。

 そうしてケントリッジ家になだれ込んだ憲兵たちだったが、家の中は既にもぬけの殻で、住人がどこに逃げたのか手掛かりになるものも何ひとつみつからなかった。

「まあ、簡単に拘束できるタマではないと思ってはいたが」

 家探しを続ける部下たちを尻目に、隊長は溜息をつきつつ、台所に足を向けた。床に転がるリンゴに気が付いて拾ってみると、ナイフを刺したような深い傷がついている。

 彼はしばらく不思議そうにそのリンゴを眺めていたが、やがて果物かごに戻すと、部下たちにこの家からの撤収を命じた。


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