第七話
玄関の方から聞こえてくる騒ぎが気になって、ニールは台所の入口から、ちらちらと廊下の向こう側を伺っていた。
「……何なんだよ、さっきから。落ち着かないなあ」
ニールはむっつりとして壁にもたれかかると、そのままずるずると床に座り込んだ。
「僕も呼んでくれればいいのにさ」
「何むくれてんのよ」
不意に声が掛かって、慌ててニールが顔を上げると、アンが冷たく自分を見下ろしていた。
「まるで子供ね」
「そ、そんな言い方って」
ニールはすぐに立ち上がると言った。
「そっちで勝手に盛り上がって。僕には何のことやら判らないんだよ? 苛々もするさ」
「じゃあ、教えてあげる。隊長が謀反の罪で身柄を拘束されたのよ」
「……は?」
まるで天気の話でもするさりげなさで、アンは重大なことをさらりとニールに告げた。
「王位継承権も剥奪されるらしいわ」
「何だって!」
驚愕するニールの後ろで、椅子に縛り付けられているカイルがモゴモゴと動いた。それを一瞥すると、アンは話を続ける。
「国中、騒然としているらしいわ」
「ど、どうして」
「よく判らないのよ。噂はいろいろ飛び交っていて」
「そうじゃなくて、どうしてアンはそんなに冷静でいられるのかって聞いているんだよ。隊長の危機なわけだろ? 僕たちの身にも関わることじゃないか!」
「まあ、そうだけど」
「だったら、もっと慌てろよ! いやいや、慌てるとかそうことじゃないな。ええっと、これは陰謀だよな。王妃の企みに決まってる。ねえ、アン。副長は何と言っているの? 身柄を拘束って……隊長は無事なわけ? まさか、もう処刑されているなんてことは……!」
「さあ、どうかしらね? 謀反は大罪だから」
「だから、そういうことをさらりと言わないでよ!」
「落ち着きなさいよ」
アンはやれやれと肩を竦めると、声を落として言った。
「切り札はこっちにあるわけだから大丈夫よ」
「……え? 切り札って……」
「何よ、忘れたの?」
困ったわねと溜息をつくと、アンは続けた。
「勿論、それは副長が持っている例の水のことに決まってるじゃない。あれの在り処は副長しか知らない。隊長を救い出すのに使えると思わない? 駆け引きの材料になるはずよ」
「は? 何の話?」
「もうここはいいわ。あんたのこと、副長が呼んでいるから早く行きなさい」
追い払うように手を振るアンに、ニールは微かに顔をしかめた。
「何だよ、急に。それにこいつのことはどうするの? このまま、ここに置いておくわけにはいかないだろ?」
「そうね」
すっと音もなく近づくと、アンは至近距離でカイルをみつめる。みつめられたカイルは居心地が悪い。椅子の上で小さく身を引いて目を背けた。
この女、怖ええ……。
「カイル、だったわよね? あんたの処分は副長から私が一任されているから安心してね」
片手で胸ぐらをぐいと掴まれ、タオルで塞がれた口の奥でカイルは悲鳴を上げた。
「は? 何か言った?」
全力でカイルは首を横に振る。そうして何とか身を引こうとした時、彼はアンがもう片方の手に持っているものを見てしまった。
……ナイフ?!
「余計なことを喋らないように、喉を掻っ切ってやろうかしら?」
「アン、止めなよ。台所が血で汚れたら副長のお母さんに申し訳ないだろ……」
うんざりとしたニールの声に、アンはふふふと不気味に笑った。
「それもそうね、それじゃあ、お楽しみは後で、時と場所を選んでってことにしましょうか」
カイルから離れると、アンはテーブルの上の果物かごに入った赤いリンゴに、さっくりとナイフを突き刺した。
「じゃあ、また後でね。カイル」
ウィンクをひとつ投げてよこすと、アンはニールを引っ張るようにして台所を出て行った。
残されたカイルは、大きく息をつき、ほっと肩を落とす。
……何なんだ、あの女は。
それから抜け目なく、リンゴに突き刺さったナイフを見た。
何がまた後で、だ。いつまでも俺がここにいると思うなよ。
水はユーリ・ケントリッジの元にある。
それが確認できたのなら、もう俺がここにいる必要はない。
カイルは縛られている身体に力を入れた。




