第五話
「今、何が起こっているのでしょうか?」
「え?」
「私は、軍人ではありませんし、セドリックさまから婚約破棄をされた身。口出しできる立場ではありません」
「あ、いや、ケイティ。既に聞いているとは思うが、婚約破棄は表面上のことで」
「ユーリさま!」
「は、はい!」
思わず背筋を伸ばしてしまったユーリを見て、後ろに控えているアンが面白そうにくすくすと笑いだした。
まったく……カイルの言う通りだ。最近の女性はなんて強いんだ……ああ、いや、男が弱いだけなのか……。
顔をほのかに赤くして居心地悪そうにしているユーリに構わず、ケイトリンは言葉を続けた。
「婚約破棄の話をしに来たわけではありません。私は考えたのです。今、自分に出来ること、いえ、しなくてはならないことは何かと」
「君がしなくてはならないこと? そんなことは」
「すべて私のせいです。黒の樹海でユーリさまがお怪我をされたのは私を庇ったため……。そしてそのお怪我を癒すために『虹のかかる泉』の水を使いました。それは、ユーリさまに何か……良くないものをもたらしたのではありませんか」
ユーリは驚いてケイトリンの顔をみつめた。
どうしてそれを……?
「そのことで親友のスージーをも傷つけているのだとしたら……ユーリさまがスージーを受け入れられない理由がそこにあるだとしたら、私はただ守られているわけにはいきません」
「待ってくれ、ケイティ」
片手を上げてケイトリンの勢いを止めると、ユーリは穏やかに言った。
「ガーランド嬢に失礼な態度を取ったことは申し訳ないと思っている。心から謝罪したい。だが、今はだめなんだ。ケイティ、君も友達のことを思うなら、私に近づかないように彼女に言っておいてほしい。それから、君自身も私たちに迂闊に近づかないでくれ。これは君を心から想う殿下の気持ちでもある」
「聞こえません」
平然とケイトリンは言った。
「ユーリさまが何を仰っていらっしゃるのか、私には何も聞こえてきません」
「ケイティ……!」
「どうか、すべてをお話しください」
「話すことなどなにもないよ。さ、屋敷に戻って」
「右手」
斬り込むようにケイトリンは言った。
「どうして手袋をされているのですか」
「それは……」
「そのことは私も気になっていました」
アンがケイトリンを援護するようにそう言うと、ユーリの傍に歩み寄った。
「怪我の後遺症のことは聞いていますが、私は何だかとても不安なんです」
「アン、お前まで何だ」
「副長。男は騙せても女は騙せません。男が感じない些細な空気の違いを、女は察することが出来るのです。……何か、あるんですよね? それは恐らく『虹のかかる泉』の水に関係する何か、ですね……? あのカイルとかいう男も水を狙って副長の家に忍び込んできたのでしょう? 水なんて、あの時使い切ってもう無いはずなのに、副長は、はっきりと無いとは言わなかった。何故ですか?」
「……そう私を責めるな」
数秒後に、ユーリは溜息まじりに呟いた。
「このことを伏せていたのは殿下の命でもあったんだ」
「セドリックさまもご存知のこと……」
「当然だよ」
いつものユーリらしく優しく微笑むと、彼は続けた。
「私のことで殿下の知らないことはもう、何もないよ」
「はい」
「だが、ケイティ」
微笑むケイトリンに、ユーリは真剣な眼差しを向けると言った。
「殿下も私も軍の部外者である君やスージーを巻き込みたくないことに変わりはない。スージーに対する非礼は詫びるが、これ以上は」
「ユーリさま、失礼いたします」
言うや、ケイトリンはいきなり二人の間にあるテーブルの上に身を乗り出すと、両手でユーリの右手を勢いよく掴んだ。
「ケ、ケイティ! 何を! 手を放しなさい!」
「はしたない行為をお許しください!」
「そういうことじゃない! 放しなさいと言っているんだ!」
「嫌です!」
「ケイティ! 君に迷惑が」
「かけるものならどうぞ、おかけください!」
え?
ケイトリンの身体を引き離そうとしていたユーリの手が止まる。唖然と彼女の顔をみつめた。
「……ケイティ、君は」
「私はあなたたちの仲間ではなかったのですか?」
「……それはそうだが」
「私もスージーもあなたが思うほど弱くありません!」
「あ。それは知っている」
「はい?」
「あ、いや。こちらの話だ。とにかく、手を放してくれ、ケイティ。もう手袋をしていても抑えられないくらい力が強くなってきているんだ」
「力?」
「さあ、ケイティ」
優しくケイトリンを押し戻すと、ユーリは言った。
「私から離れて。そして話をしよう。アン、ニールをここに呼んでくれ。それから、トムたちもここに。来ているんだろう、ケイティ?」
「はい。私を護衛するからと一緒に……外で待ってもらっています」
「トムたちはいいとして、ニールはあの男を見張っているんですよ」
アンの言葉にユーリは頷くと言った。
「構わない。ニールも呼んでくれ。殿下に背くことになるが……まあ、今更だ。話すのならみんなに話したい」
「……判りました」




