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第二話

「へえ、それはいい。真面目な少尉どののコイバナが聞けるとはね。それとも、無垢なお嬢さまのたらし方でも教えてくれるのかい?」

「それもいいが」

 にこりと微笑むとユーリは言った。

「そういう君には愛する人はいないのか」

「はあ? 何のことだ」

「だから、コイバナだよ。話したいんだろ?」

「阿呆か。俺のことなんざ聞いてどうする」

「そうか、愛する人はいないか。寂しい人生だな。だから使い走りのようなこんなつまらない仕事をしているのか」

「おい、何言ってんだ」

 男の目が険しくなった。

「寂しい人生だとかつまらない仕事だとか、勝手に決めつけてんじゃねえよ」

「ほう、違うのか」

「当たり前だ! いいか、俺はこの仕事に誇りを持っている。それに……愛すべき者もいる」

 一旦、言葉を切ると男は深呼吸して息を整えた。

「大切な……たったひとりの妹だ」

「妹さんか。可愛いんだろうな」

「ああ、可愛いに決まっている」

「そうか。それで、その妹さんは幸せに暮らしているのか」

「それは……」

「何かあったか」

「少し前の話だが、下らない男に引っかかっちまったんだ。無垢な妹を騙しやがって!……今、思い出してもはらわたが煮えくり返る……!」

「ほう。それは許せないな。勿論、君はその男を放ってはおかなかっただろうね?」

「当たり前だ。男の口車に乗せられて、危うく売春宿に売り飛ばされそうになった妹を、寸前で俺が気付いて救い出した。その男ともきっちり話を付けて妹と別れさせた」

「話を付けた? どんなふうに話を付けたんだ?」

「話は話だよ」

 にっと歯を見せて男は豪胆に笑ったが、すぐに真顔に戻って言った。

「だが、信じていた男に裏切られた妹の心の傷は深くてな、だんだんおかしくなっていったんだ」

「おかしく?」

「ああ、精神的に不安定になった。いわゆる自傷行為を繰り返すんだ。

 やめさせようと妹の手の届く所に刃物を置かないようにした。すべて隠したんだ。そうしたら妹は食器や鏡を割って、その破片で自分を傷つけるんだ。傷だらけになっていく妹の身体を見ているだけで……俺が痛かった」

「……医者には診せなかったのか?」

「診せたさ。だが、養生させろと言うばかりで、金だけ取って何の治療もしてくれない。どうしようもないって言うんだよ。絶望、だよな。……そんな時にあの方と出会ったんだ」

「あの方?」

「おっと、名前は言わねえぞ。俺は恩人を売ったりしねえからな」

「ほう、恩人か」

 すっと身を乗り出すと、ユーリはたたみかけた。

「君の言う『あの方』が妹を救ってくれた、と?」

「ああ、そうだ」

 男の顔に自然な笑みが浮かんだ。

「あの方は妹のために無償で薬をくれた。本当なら俺なんかが手にできないような高価な薬を、だ。妹の症状はどんどんよくなって、弱々しいながらも今じゃ普通の生活が出来るようになった。だから俺は」

「恩を返すために危ない橋も渡る、ということか。なるほど、君は律儀な男のようだ」

 ユーリの言葉に、男はぐっと押し黙った。さすがに話し過ぎたと思ったのだろう。

「君、名前は?」

 少しの間を置いて、ユーリは穏やかに男に尋ねた。

「名前ぐらい教えてくれてもいいだろう」

「……名前なんざ聞いてどうする」

「どうもしないが、知らないと不便だろ。それに不公平だよ。君は私の名前を知っているのに」

「なんだそりゃ。……まあ、いい。ありふれた名前だよ。カイルだ」

「では、カイル。先ずは君に敬意を表する」

「は?」

「君は例え拷問を受けても、主の名を吐いたりしないだろう。君は一本、筋の通った男のようだ」

「……何だ、急に。褒められてもあの方のことは何も言わねえぞ」

「判っているよ」

 楽しげに笑うとユーリは言った。

「コリックス男爵のことは別に話さなくてもいい」

「ああ、そうかよ……って、何だと! 何で知って……!」

 言いかけて、カイルは慌てて口をつぐんだ。しまった、という顔をしている彼に、ユーリは優しく言った。

「大丈夫だ、引っ掛けたわけじゃない。コリックス男爵のことは既に知っている。何も言わなくていい」

「な、何だ、どういうことだ。だったらお前、俺に何を聞きたいんだ?」

「そうだな。いろいろと聞かせて貰ったが、私が聞きたいことはひとつだ」

「……あの方の不利になることは言わねえぞ」

「何、簡単な質問だよ。君がさっき言っていた薬のことさ。妹さんに呑ませているその薬には星の刻印が押されているだろう?」

「星の刻印? ああ、そうだ。確かにある。それが何だ。あの薬は心の病に効くすごい薬なんだ。それをあの方は、貧しい者たちに無償で配ってくれるんだ。それが悪いのかよ!」

「悪くはない。その行為はな。だが」

「……何だよ」

「何故、無償で配る?」

「……それは、病に苦しむ貧しい者たちを救うために」

「本当にそれだけか」

 ユーリの澄んだ青い瞳に見据えられて、カイルはおどおどと目を逸らした。


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