第八話
「ケイティ……ありがとう。だけど」
ケイトリンの肩に甘えるように頭をもたせかけると、スージーは悲しくつぶやいた。
「私、嫌われているみたいなの」
「そんなことないわ!」
「いいえ。私、はっきりとユーリさまに拒絶されたのよ。あの方に腕に触れようとしたら、すぐに振り払われた。それってどう考えても嫌われているでしょう」
「きっと何か理由があるのよ。そうでなければあなたのことを振り払ったりするわけ……」
ケイトリンはそこまで言って、はっと息を呑んだ。何かがひっかかったのだ。
え?
ユーリさまの腕に触れて……?
「どうしたの、ケイティ?」
不意に黙り込んでしまったケイトリンをスージーは不思議そうにみつめた。
「そんな真剣な顔をして」
「……ねえ、スージー。あなたはユーリさまの右手に触れようとしたのよね?」
「え? ええ、そうね。右手だったわ」
「そして、振り払われたのね?」
「そうよ」
「スージー」
ケイトリンはソファーから立ち上がると、優しくスージーの手を引いた。
「あなたはこのまま、すぐにお屋敷に帰って。外にあなたを護衛してくれる軍人さんがいらっしゃるから、何の心配もいらないわ」
「え。護衛って……ねえ、ケイティ、あなた、何か……?」
「スージー、お願い。今は何も聞かないで。だけど、これは信じて欲しいの」
ケイトリンはしっかりと親友の目を見て言った。
「ユーリさまはあなたのことを嫌ってなどいないわ」
「だけど」
「お願い。もう少しだけ、私に時間を頂戴」
「ケイティ……?」
困った顔でスージーは、しばらくケイトリンを見返していたが、揺るがない彼女の瞳に、やがてゆっくりと頷いた。
「判ったわ、ケイティ」
ようやくいつもの笑顔に戻るとスージーは言った。
「今は何も聞かない。だけど、その時が来たらすべてを話してね」
「ええ、勿論よ」
ふたりは頷き合い、そして微笑み合った。
スージーをセルコに預け、帰途につくふたりを見送るとケイトリンは自分の部屋に戻り、ベッドに座り込んだ。別室にいるトムたちに話を聞いてみることも考えたが、その前に頭の中を整理してみたかったのだ。
先ず引っかかったのは、ユーリの右手だった。
ケイトリンは黒の樹海で起こったことを、ゆっくりとそして正確に思い出そうとしていた。
……あの時、黒の樹海でユーリさまが怪我をされたのは……右手、だったわ。
そして、その傷を癒すために使ったのは……『虹のかかる泉』の水。
ケイトリンはぞくりと背中に悪寒が走った。
あの水を使ったことで、ユーリさまの身に何かが起きている? そしてそれはきっと……良くないこと。
だから右手に触れようとしたスージーをユーリさまは振り払った。彼女を守るために。
ケイトリンは弾かれるようにベッドから立ち上がった。
どうしよう。
ユーリさまが怪我をしたのは、そもそも私のせい。
私のせいで大切な人たちが悲しい思いをしているなんて……そんなこと……あってはならないわ。
ケイトリンは落ち着かず、部屋の中を歩き回りながら考えた。
「私やスージーにユーリさまが護衛を付けたこともこのことに関係があるのかしら。一体、今、私たちの周りで何が起きているの……!? ああ、セドリックさま! お会いしたい……!」
不安で仕方なくなって、ケイトリンは思わず、愛しい人の名前を呼んだ。気を抜くと途端に涙が溢れそうになる。
きっとセドリックさまなら、しっかりと私を支えてくださるはず……ああ、だめよ。
ケイトリンは慌てて首を横に振って、自分の弱さを追い払った。
セドリックさまに頼ろうだなんて!
こんな弱い私を、あの方はお許しにはならないわ。
ケイトリンは大きく深呼吸すると、真っ直ぐに顔を上げた。
……考えるのよ、ケイトリン!
大切な人たちのために、私は先ず何をしなくてはならないの?
ケイトリンは立ち尽くしたまま、ひとりきりで長い時間を考え込んでいた。




