第七話
「まあ、スージー!」
ケイトリンは突然、屋敷を訪れた親友の様子に思わず、声を上げた。
「どうして泣いているの?」
「……自分の想いを受け入れて貰えないことが、こんなにも苦しいことだとは思わなかったわ」
「スージー……?」
俯く親友の肩を抱こうと手を伸ばした時、ケイトリンは距離を置いてスージーの背後に立つセルコの存在に気が付いた。彼はケイトリンと目が合うと神妙な面持ちで小さく頷く。
何があったのかは判らないけれど……。
「ねえ、スージー。実を言うと、少し前にローサがあなたを捜しにここに来たのよ。目を離した隙にお屋敷からいなくなったって。真っ青な顔をして気の毒だったわ」
「そう……。だけど、今はまだ帰る気になれないの」
「判っているわ」
にこりと微笑むとケイトリンは、こわれ物を扱うように優しくスージーの手を握った。
「中に入って頂戴。ゆっくりでいいから、話を聞かせて」
こくりと頷くと、スージーは素直に屋敷の中に入った。
「セルコさん」
スージーを奥へと誘った後、ケイトリンは声を低くして呼びかけた。
「スージーの護衛をしてくれていたのね。ありがとう。中にお入りになる? みなさん、いらっしゃいますよ」
「ああ、なんだ、あいつら、のうのうと屋敷の中に入って護衛か」
「いいのよ。私がお願いしたの。セルコさんもお飲み物でもいかが?」
「いや。気にしないでくれ。ガーランドのお譲さんの護衛は俺の仕事だ。ここで待つよ」
「だけど……」
「いいんだ。これは副長の命でね」
「それは伺いましたが……あ、あの、護衛のことはセドリックさまもご承知なのですよね? 誰も何も教えてくださらないから不安になるの」
「うーん、どうだろうな。隊長は副長に自宅療養を命じているはずだから……。悪いが、話せないというより、俺たちも君に説明できるほど状況を把握できていないんだよ」
「そう……」
俯くケイトリンに、セルコは迷いつつ口を開いた。
「ただ……少し最近の副長の様子はおかしいとは思う」
「ユーリさまが? どういうことなの?」
「……表向きはいつもの副長なんだが、どこか違和感がある。上手く言えないんだが……何か悩んでいるというか、隠ごとでもあるような……陰りが見えるんだ」
「それは……黒の樹海から戻ってきてから、ということね」
「まあ、そうだが……副長はあんな体験をしたんだ、仕方ない。そのうち、また元の副長に戻ってくれると思っているんだが」
「あの、スージーが泣いていた原因は、もしかしてユーリさま?」
「ああ」
溜息をついて、セルコは頷いた。
「ガーランドのお譲さんは副長の家を訪ねてきたんだよ。彼女の立場を考えると、とても思い切った行動だったはずだ。そんな彼女が差し伸べた手を副長は振り払った」
「え? 振り払ったって……」
「ああ、彼女は副長の右手に触れて、寄り添おうとしたように俺には見えたが、それを副長はこう、邪険に」
セルコは身振りで、その時の様子を再現してみせた。
ケイトリンは驚いて少しの間、言葉が出ない。
スージーがひとりでユーリの家を訪ねたことも意外だったが、なによりあの優しいユーリが女性の手を振り払うなど考えられないことだった。
「……まさか、ユーリさまがそんなこと」
「ああ、俺も驚いたが……その後で、副長自身が自分のしたことに狼狽えて後悔していたようだった。何なんだろうなあ、まったく」
「そう……。判ったわ、ありがとう」
困った顔をするセルコに、これ以上、何も聞けなくて、ケイトリンは微笑みを残して扉を閉めた。
何だか、怖い。
彼女は、そっと自分の胸元に手を当てた。
あの恐ろしい森からようやく生還できたというのに、やはり、まだ何も終わっていないのだわ。
廊下を歩いて客間に行くと、ソファーに力なく座るスージーに、母親がお茶を勧めている姿が見えた。
ああ、大好きなスージー。
あなたをこんなに悲しませることになるなんて。
胸元に置いていた手をぎゅっと握ると、ケイトリンは意を決して彼女の傍に寄り、その隣に静かに座った。
「……スージー、ユーリさまのところに行っていたのね?」
「……え、ええ」
顔を上げることができないスージーの様子に、母親は察して、何も言わず客間を出て行った。こうして二人きりになると、スージーはようやく顔を上げ、涙で膨らんでいる瞳をケイトリンに向けた。
「ケイティ。私、薔薇を届けに行ったの……」
「薔薇?」
「ほら、いつかいただいたピンクとクリーム色の可愛い薔薇。まったく同じものではないけれど、それをユーリさまに届けることで……その、つまり、私の気持ちをお伝えできたら、と」
「まあ、スージー……」
「はしたないなんて言わないで! だって、仕方ないじゃない。私、ユーリさまに」
ぐっと息を呑むと、スージ―は言った。
「ときめいてしまったのですもの!」
「スージーったら」
思わず笑って、ケイトリンは目の前にいる可愛らしい親友を抱きしめた。
「素敵だわ!」




