第八話
「殿下?」
「……その副作用で苦しんでいる者たちはどうしているんだ?」
「サタナイル家が援助をしているようです」
「援助というと、金か?」
「それもありますが、患者の家に医者を派遣させたり、場合によっては医療施設に入院させています」
「随分と親切なことだな」
「ひっかかりますか?」
「さて、どうかな」
「あの、殿下」
話に一区切り付いたとみて、ユーリがためらいがちに声を掛けた。
「ひとつ伺ってもよろしいでしょうか」
「……何だ」
「夢のことです。殿下が思い出した夢の内容は、星の刻印の付いた薬が散らばっていることと、それから……エメリアさまを殺した犯人の顔、でしたね」
「……それがどうした」
「誰なんですか、その犯人というのは」
セドリックは押し黙ったまま、ユーリから視線を外した。その様子に、ユーリはわずかに顔をしかめる。
「殿下、教えて下さいませんか? それは、私を、私たちを信じていただけないということでしょうか?」
「そういうことではない。お前たちのことは信じている」
「では……」
「これは俺の問題だ。お前たちに話すことではない」
「しかし、公にはエメリアさまは病死したということになっております。それが、真実でなく殺害された、というのなら、私たちも何もしないわけにはいきません」
「黙れ、ユーリ」
「あなたはご自身の手で仇を討つつもりなのではありませんか?」
「ユーリ、やめないか」
「私をお使いください。敵は……城に中にいるのですね? 私は……グレイシア王妃の飼い犬です。油断をするでしょう。その立場を利用して」
「ユーリ!」
立ち上がると、セドリックはユーリの肩を強い力で掴んだ。
「言っただろう、俺の問題だと。俺の問題は俺が解決する。お前は関わるな!」
「殿下! 私は腹をくくりました。あなたのためならすべてを、ケントリッジ家の命運ですら、あなたに賭けてもいいと……!」
「これは命令だ。ユーリ・ケントリッジ少尉!」
ぐっと押し黙ってしまったユーリをみつめて、セドリックは静かに言った。
「お前は病み上がりの身だ。引き続き、自宅待機を命じる。いいな?」
「……承知いたしました」
「テリュース、俺は城に戻る」
「あ、はい。お供いたします」
テリュースも急いで腰を上げると、ユーリに向き直った。
「そ、それではユーリさま、失礼いたします」
「殿下を頼む」
そう言ったユーリの青い目が不敵にこちらを見ていた。
ああ、と、思わず声を上げそうになる。
この方は諦めていない……!
思わずにやりと笑うと、テリュースは、店を出るべく先に歩き出しているセドリックの背中を追った。
ひとりの男が大通りの人ごみに紛れて、いかにも労働者という薄汚れた格好の青年を追っていた。
服のサイズが合ってねえじゃねえか。
青年をみつけた時から妙に思っていた。いかにも借り物の服をとりあえず着てみた、という感じがするのだ。
自分たちの頭であるカイルから貴族のガーランド家とウィルローズ家の令嬢を見張れと言われた時は訳が判らなかった。その令嬢が何か大切なものを預かっているかもしれない、それをどちらが持っているのか、どこにあるのかを突きとめろと彼は言った。
正直、下らない仕事だ。金になるのかどうかも判らない。
しかし、カイルはコリックス男爵に借りがある。男に騙され情緒不安定になった妹を助けて貰ったというのが理由だ。
星の形のある薄茶色の薬。あれを呑み始めてから妹の症状が収まり、しかも自殺未遂を繰り返していた妹のために、町はずれにある施設に入れて治療もしてくれている。
そんな経緯でカイルは男爵を神のように思っている。男爵のために必死で働いているのだ。だが、妹を餌にいいように使われているような気もして何だか男は落ち着かなかった。
だいたい、貴族なんて輩はどいつもこいつも胸糞悪い。
こんな仕事と足蹴にしたいのは山々だが、しかし他に仕事はなく、恩人を裏切ることもできない。少々危険でも、納得いかなくても、生きていくためにはやらないわけにはいかなかった。
男は脇腹辺りに手をやった。
いつかの夜、得体のしれない若い女に思い切り蹴られた脇腹は、時折、思い出したように痛む。あの屈辱を思い出すと、男はますます顔をしかめた。
青年は途中、乗り合い馬車を使った。男も何くわぬ顔でそれに同乗する。かなり近くに座ったが、青年は尾行に気が付いていないようだった。
何だか随分、ぼんやりした奴だなあ。本当に普通の労働者か?
途中で何度も尾行を止めようかと思った。
ガーランド家に取って返して、見張りを続けた方がいいのではないか、と。
迷いながらも乗合馬車を降り、男は青年の後をしばらく歩いた。気が付くと道をぐるりと回って、馬車で通った道を引き返している。
ああ? 何してんだ? あいつ、やっぱり馬鹿なのか?
男がうんざりしていると、前を歩いていた青年が急に辺りを気にしてきょろきょろし始めた。
ほう、これはこれは。
不意に男は笑顔になると思った。どうやら目的地が近いらしい、と。
行き交う人や街角に出ている露店に上手く身を隠しながら、男は慎重に青年を追った。だが、すぐに男は足を止めることとなる。
その青年が何気ない風を装って、一軒の家に入って行ったからだ。用心のため、かなり時間を置いてから男は家に近づき、その門扉にある住人の名を確認した。
「ケントリッジ? 確かこの名は……」
男は、ほうっと息をつくと、静かにその場を離れた。




