第七話
「まあ、とりあえずお座り下さい」
テリュースは立ち上がると、笑顔で向かいの椅子を指し示した。
「お話はそれからということで」
セドリックは言われた通りに椅子に腰を下ろしたが、納得できない表情のまま、声を抑えて言った。
「ユーリはどこまで知っている?」
「それは」
「すべて聞きました」
ユーリがテリュースの言葉を遮って言った。
「悪夢に立ち向かっていらっしゃるのですね、殿下は」
「……お前には関係ない」
「言ったはずです。あなたの隣には必ず私が立ちます、と。私があなたの副官ということをお忘れですか」
「……ユーリ、お前な」
「いいではありませんか。ユーリさまがいてくださるなら心強いというものです」
テリュースが椅子に座りながら、陽気に言った。
「どうしてユーリさまを仲間外れにしたいのですか?」
「仲間外れって……子供が遊んでいるわけじゃないぞ。それより、お前たちはどういう繋がりだ? どこで知り合った?」
「元々、面識はありましたよ。ただ」
ちらりとテリュースは意味深長にユーリに視線を送った。
「意外なところでお会いしまして。そこから仲良くして頂いております」
「仲良くって……だから、子供の遊びじゃないんだ。真面目に答えろ」
「真面目ですよ」
ユーリが静かに言った。
「私は自分の身に起きたことを知りたかったのです。それで、そのようなことに精通しているであろう裏通りの怪しげな占い師や魔術師のところに行ったのです」
セドリックは思わず、ユーリの右手を見た。
「お前……」
「残念ながら門前払いにされてしまいましたが。その帰り道にテリュースに会いました。彼は麗しい乙女と化して男三人を、こうコテンパンにですね」
「……ちょっと待て。今、乙女と言ったか?」
「はい。その時の彼をもっと詳しく説明しましょうか」
「いや、いい」
眉間に人差し指を当てて、セドリックは言った。
「とにかく、だ、ユーリ。お前は表に立つな。目立つことは控えろ」
「嫌です」
「お前な! 自分の状況を考えろよ。もし、例のことが公になったら……」
「殿下の役に立つのなら構いません」
「馬鹿なことを言うな!」
たちまち不機嫌な顔になって、セドリックは顔を背けた。
「そんなことを俺が望んでいると思うのか」
「殿下、失礼ながら」
テリュースが静かに割って入ると言った。
「私はその、公になってはならないユーリさまの状況というものが何なのかは存じませんが……ユーリさまには例の薬のことはすべて話しております。今となってはユーリさまもお引きにはならないでしょう」
その言葉にセドリックは呻くように言った。
「……まったく、お前たちは」
「では、殿下も納得いただいたようですので、報告をさせていただきますね」
「納得だと」
セドリックはむっとしてテリュースを見たが、見られたテリュースは表情ひとつを変えない。すまし顔で話を続ける。
「先ずは星の刻印の付いた薬のことですが、ご想像を裏切らず、裏にいたのはコリックス男爵でした」
「……そうか」
小さく息をつくと、セドリックは言った。
「それで、何の薬か判ったのか」
「あれは、いわゆる精神安定剤、のようです」
「精神安定剤? それだけか」
「はい。サタナイル家は代々、製薬を生業にしてきた家系です。痕跡を残さない暗殺用の毒薬でも密かに開発し、それが王妃さまの手に渡って城内部にも流れてきているのかと勘繰りましたが、どうも的が外れたようです」
「毒薬ではないのか」
「はい。グレイシア王妃のお部屋にあの薬があったのは、おそらく王妃自らがご愛飲されているからではないでしょうか。王妃の亡くなられたご母堂は精神を病んでおられたと聞いております。グレイシア王妃にもお心に弱い部分があり、そこを薬に頼っているのかもしれません」
「あの女の心が弱い、だと」
鼻で笑うセドリックをたしなめるように、テリュースは小さく首を振った。
「強がっているだけかもしれませんよ。女性の心の内は複雑ですから」
「……まあ、いい。とにかく、例の薬はコリックス男爵が作ったもので、それに毒性はないのだな?」
「そのようです」
「毒ではないとお前が判断した理由は何だ?」
「実はあの薬、コリックス男爵が精神に不安を抱えている貧しい者たちに無償で配布しているのです。
貧しいが故に治療を受けられず、ひどい扱いを受けている者たちがおります。精神が安定しないせいで、日常生活もまともに送れず、学校に行けない子供や職に就けない大人もたくさんいます。そういった人々を救いたいというのが男爵の真意であるようです。薬を貰った者たちはありがたいと感謝の言葉を口をそろえて申しておりました」
「感謝の言葉、か。それを言えるというのなら、確かにその薬、毒ではないな」
「そうなのですが、しかし一方では、嫌な噂も耳にしました」
「噂? どういう噂だ」
「ごく少数のようですが、薬を飲み続けた者が発作を起こして暴れた、寝たきりになってしまった、などという噂です。真偽を知りたかったので、当事者に話を聞こうとしたのですが、残念ながら無理でした」
「何故だ?」
「発作を起こして暴れたという者は、言っていることが支離滅裂で会話が成り立たず、寝たきりになった者は言葉が話せないほど衰弱していました。これはどうやら薬の副作用で起こったことのようです。これについては、どのような薬でも起こりうることなので、星の刻印の付いた薬だけが悪いということではないと思うのですが……判断が難しいところです」
セドリックはひとつ頷くと、そのまま考え込んでしまった。




