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第三話

 子供の頃に撮った家族写真や自分と姉の成人式での写真。

 それらはいかにも幸せな家族の肖像で、今は亡き両親がこちらに優しい笑みを向け続けてくれていた。

 その隣に飾られているのは姉の結婚式の写真だ。国王の隣で微笑んでいるウェディングドレスをまとった姉は眩しいほどに美しい。

 男爵はその美しい姉に問いかけずにはいられなかった。

 あなたは一体、どこに向かおうとしているのか、と。

 小さく息を吐いた時、コツコツと裏戸を叩く音がした。顔を向けると、裏戸のガラス部分に帽子を目深に被った男の横顔がわずかに見えた。

 コリックス男爵は足早に近づくと、裏戸の鍵を外すと用心深くゆっくりと扉を開いた。

「カイルか?」

「……はい。男爵さま」

 すぐに低い声で外の男が答えた。が、それきり黙ってしまう。コリックス男爵は奇妙に思いながらも言葉を継いだ。

「どうした? 何か報告があるんじゃないのか?」

「……それが」

 言い淀む男の顔を見て、うん? と眉を上げる。

「お前、その首の痣はどうした? 怪我をしているのか?」

「……こ、これは、首を絞められまして……そのことを一応、お耳に入れておいた方がよろしいかと伺った次第でして」

「首を絞められた、だと? 誰にだ?」

「それがよく判らない奴でして……」

 カイルは口ごもった。まさか、うら若き乙女に男三人がコテンパンにやられたとは口が裂けても言えない。

「そ、そいつは例の御者のことを聞き回っておりまして」

「御者? 殿下のか? 確か行方が判らなくなったのだったな?」

「はい。金を持って、借金を踏み倒して逃げちまったらしく、どこに行ったのかは判らず仕舞いで」

「放って置いたらいいと言っただろう。いなくなってくれたのならその方が都合がいい」

「ああ、勿論、判っておりますよ。何もしておりませんって。ですが、それを嗅ぎまわる奴は放っておけないでしょう? それで」

「襲ったら、返り討ちにあった、といったところか」

「はい……」

 コリックス男爵は大きく溜息をついた。

「余計なことを。で、お前の首を絞めたのはどんな男だったんだ?」

「……え。ええっと」

「どこの誰かは判らなくても、特徴ぐらいは判るだろう? 一応、情報として知っておきたい。早く言え。ここは私のプライベートな場所だから誰も来ないが、用心に越したことはない。早く報告を済ませて人目に付かないように出て行ってくれ」

「あ、はい。あの、ええとですね……その、判りません」

「は? 判らないだと?」

「暗い場所だったので相手の顔も姿も判別つきませんで」

「……お前、何しにここに来たんだ?」

「いえ、あの、まだお伝えしたい大事なことがありまして」

「何だ、早く言え」

「薬です。例の薬。星の形の付いたあれのことです」

「……それが、どうした?」

「そいつ、その薬を持っていやがって、俺にこの薬に見覚えはないかと聞いたんです」

「何? 薬を持っていただと? 確かか?」

「はい。こう、目の前に差し出されまして、ちゃんと見ました」

「……それでお前は何と答えた?」

「勿論、知らんと突っぱねました。そしたら、意外にあっさりと放してくれて……あ、あの、男爵さま。どうしましょうか?」

「そいつは薬のことを何か知っているようだったか?」

「いえ、そんな感じではなかったです。多分、何も知らないのではないかと」

「そうか」

 しばらく考えた後、男爵はカイルに言った。

「他の連中は無事なのか」

「はい。たいした怪我ではありませんや」

「薬のことはいい。お前たちはこのまま、やるべきことを続けてくれ」

「はい」

 にっと笑うとカイルは言った。

「あのお嬢さんたちを張っていればいいんですね」

「そうだ」

 コリックス男爵は胸の前で腕を組んだ。

「御者からの情報では、樹海から帰ってきた後、殿下が接触したのは軍の関係者を除けば、ウィルローズ家の娘とそれから、ガーランド家の娘のみだ」

 憂鬱そうに男爵は続けた。

「殿下は『虹のかかる泉』の水を持って帰っているはずだ。しかし、殿下自身がそれを所持している気配はない。それならば、外部の者が受け取っている可能性が高い。それを突きとめなくてはならないのだ」

「はあ。あの、俺は頭が悪いんでよく判らんのですが……その水っていうのを殿下は国王のために黒の樹海に入って取ってきたんですよね? それを持って帰って来ているのに、何だって国王にお渡ししないんですか? 殿下が持っていても仕方ないでしょうに」

「さてな」

 軽く肩を竦めるとコリックス男爵は言った。

「いざとなったら何かの切り札に使うつもりなのかもしれない。あるいは」

「あるいは?」

「本当に持って帰って来ていないか、だ」

「はあ?」

 不思議そうにこちらを見るカイルに、男爵は軽く微笑みかけた。

「お前たちは何も考えなくていい。言われたことだけをしていろ。深入りすると何かあった時、逃げられなくなるぞ」

「……はい」

 真剣な表情になると、カイルは一礼して音もなくその場を立ち去って行った。

 コリックス男爵は外の様子を伺った後、裏戸を閉めるとますます憂鬱そうな顔になった。

 姉の強みは国王を手中に収めていることだ。

 国王と殿下が和解するようなことがあれば、たちまちその強みは崩れていくだろう。姉はそれを一番に恐れているはずだ。

 コリックス男爵は、机の上に転がっている一錠の薬に今更ながら手を伸ばした。目の高さに掲げたその薬には星の刻印が押されていた。


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